第15話 超大型浮き船渠『満州』
50万トン戦艦はミッドウェー島近海を離脱して浮き船渠と合流した。ミッドウェー島を占領してから数か月が経過する。高速輸送艦による強行輸送作戦が功を奏したこともあり、ミッドウェー島が奪還されることはあり得ず、この空白期間は1秒も無駄にできない。
「バルジの交換だけじゃない。射出機から副砲まで全部を取り換える。1秒も無駄にするな」
「第一番から第十二番まで絶対に離れるな。鮫島司令の恩懐の深さに甘えてはならん」
50万トン戦艦という規格外の超巨大戦艦の整備はどのようにして行うのだろうか。この問いに対する答えは50万トン戦艦以上の超巨大船渠を作るだけだ。日本海軍は全国各地と進出地域に乾ドッグを置いている。しかし、乾ドッグは大地に設ける都合で必然的に制約が生じた。
日本海軍は一計を案じる。それは大地にドッグを置かないで海洋上に置いた。そう浮きドッグである。浮きドッグは海洋上に設けるため制約は生じ辛い。日本は周囲を大海に囲まれた。浮き船渠は最高と評価する。もちろん、50万トン戦艦の浮き船渠を拵えることは常軌を逸した。
これも金田中佐と弟子たちは見事に解決してみせる。
「おそろしく巨大な浮き船渠を一個作っては無茶がある。ならば、超巨大な浮き船渠を分割してしまえばよい。一つ一つを個々に移送して現地で組み立てるだけのことよ」
「これが案外と思いつかない」
「まったく奇才は恐ろしい」
「それが満州と実現した」
なにも浮き船渠は最初から完全体と作る必要性を感じない。浮き船渠の移動可能な利点を活かした。現地で組み立てれば良いのである。超巨大な浮き船渠もブロック工法のように複数個に分け、最終的にどこかで組み立てることで実現は十分に可能にまで至り、それぞれの浮き船渠のブロック単位に軍艦用のディーゼル機関を与えた。必要最低限の自走能力を付与するが、原則として、特務艦による牽引で日本海から太平洋、インド洋まで移動する。
そして50万トン戦艦を建造した浮き船渠こそ『満州』である。浮き船渠に名前を与えることは異例だが、名称の由来はそのままの満州でも撤退済みとされ、陸軍に一定程度の配慮を施した。満州の広大な大地を拝していることは意外と適している。その一方で逆撫でも否めなかった。
満州は12個のブロックまで分割できる。それぞれが現地集合して半日近くをかけて結合する。50万トン戦艦をすっぽりと収めるまでに成長した。一個艦隊に匹敵する超巨大戦艦を収めてしまうのだから想像のしようがない。これを動かす兵士も数千名の規模で民間人の徴用を含めると万に迫った。
「満州に網走、北見、音威子府、登別の給糧艦に鷹野型給油艦まで目白押しも目白押しです」
「この数週間で本艦の機能を全復旧させる。米軍をハワイに釘付けにして南太平洋から意識を削ぐに最高の演者を弱体化させてはならない」
「それにしても丸ごと収まってしまうことが未だに信じられません」
「バルジの交換まで可能な荒業に脱帽を禁じ得ない」
「最後に隅田さんにお礼を言わねばならない。あの方がいなければ成就しなかった」
満州は結合を完了次第に50万トン戦艦の収容に入る。ゆっくりと万全を期して慎重を幾重にも重ねた。収容の作業だけで1日を要したが、本艦が入ってしまえば作業完了に等しく、工作艦『豊橋』『鈴鹿』『島田』『大垣』の力を借りて修理に入る。50万トン戦艦は圧倒的な巨体を以て長期間の戦闘に耐える思想を宿した。各所に損傷を抱えたままで戦闘を強行する。
満州と工作艦が不眠不休の突貫で修理したが、最近は被雷が相次いでいるため、バルジの交換が主たる内容を為した。バルジが単なる緩衝材でも大変な作業である。元より壊れることを前提に置いた。これが薄くて低品質な鋼材を張る中に浮力確保の空間に木材が積められる。交換自体は簡単でもとにかく数が多くて堪らない。こんな重労働に愚痴を漏らしても責められなかった。驚くべきことに、誰一人として愚痴を漏らさない。それどころか汚れた胸に誇りを秘めていた。
俺たちが大日本帝国海軍の切り札を支えている。
「電探も最新の十三号電探に換装するらしく…」
「やっとですか! 二十一号と二十二号は不安定で不安定で…もうお話になりませんよ!」
「まぁまぁ、電探と言う兵器自体が欧米でも真新しい。新しい物は総じて難儀なんだ」
「うちの発電量なら問題なく動かせますがね。電探は本当にです!」
「酔っぱらっているのか?」
「激務から疲れているのでしょう。軍医の名前を借りて休ませます」
満州が作業にあたると言うのにバルジを交換するだけでは勿体ない。工作艦が4隻も集合している。全損した副砲と副砲の換装もバルジ交換と同時並行である。電探も最新型の三式一号電探と三式三号電探に換装した。従来型の二十一号電探と二十二号電探は大柄で大重量にもかかわらず、精度は期待したほどでなく、対艦も対空も不満の結果が相次いでいる。50万トン戦艦の凄まじい発電量のおかげでようやく満足に扱えた。
1943年から生産を開始予定の三式電探は小型化と軽量化に成功した上に精度も向上が見られる。あくまでも、電探は精密機械のため、振動に弱い点は変わりない。駆逐艦でも円滑に運用可能な小型と軽量だけで満足した。50万トン戦艦は前部艦橋(第一艦橋)と後部艦橋(第二艦橋)に複数個を積載しており、電探特有の不安定さは数で補いつつ、アナログ式コンピュータが正確な数値を導出する。
「今日の献立が気になろう。食事は兵士の士気に直結した。修理は間に合わせなくても構わないが食事だけは譲れない」
「ここで釣れる魚も上手い(美味い)こと加工しました。食料は砲弾よりも重要です」
大規模修理は補給作業も兼ねた。艦隊型の高速給糧艦が4隻も揃って食糧を積み込んでは1万2千名の兵士の腹を満たす。給糧艦4隻が揃っても短期間の量しか用意できず、食料の積み込み作業は交代制を敷いており、1隻が離脱すると1隻が入ることで絶え間ない供給を実現した。
自給自足と言わんばかりに短艇を出して漁を試みる。兵士の中には田舎の漁師町の出身がいるようだ。艦内工場で本格的な道具を用意してもらうとマグロを釣り上げる。マグロなどの魚は給糧艦も有する大型の冷蔵庫・冷凍庫で保存できた。兵士の士気を維持するために魚介類は腕利きの調理師が海軍飯に昇華している。
「我々がミッドウェーからハワイに睨みを利かせることを何と言われているかご存知でしょうか」
「いや、知らない」
「旅館またはホテルだそうです。太平洋にジッと居座るだけで動かないから」
「そうか、やむを得ない。旅館かホテルと言われても仕方ない。本艦は居座るだけで威力を発揮するが理解され辛いことだ」
「ソロモン諸島に突撃する者に申し訳なく思います」
50万トン戦艦は太平洋に座すだけで米海軍(主にハワイ)の行動を縛った。これこそ本艦の真価を発揮する。しかし、一部からは米軍と戦わないことに心無い言葉が送られた。太平洋の豪華な旅館やホテルと揶揄されても一切反論せずに全て受容する。なぜなら、海軍は陸軍と協調の上でソロモン諸島の制圧作戦を展開中なのだ。米豪遮断作戦が行われる中で悠長に食事できることに感謝しなければならない。
「そのソロモン諸島に米海軍の戦艦が登場する可能性を高く見積もっている」
「すると?」
「太平洋の海流に流されるかもしれない。この大砲は錆びていない」
続く
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