第9話 50万トン戦艦の航空隊
50万トン戦艦は工作艦『明石』『三原』『用宗』『男鹿』から修理を受ける。修理と同時並行して高角機銃を新設した。50万トン戦艦は航空艦隊決戦に備えて対空火器を満載する予定を組んだが、来る対米決戦に間に合わないことが判明し、未完成のままでミッドウェー作戦に出撃を強行する。
先のミッドウェー作戦で大活躍した航空隊を紹介しよう。山本五十六連合艦隊司令長官が航空機運用能力を押し通したが故に誕生した歪な特別攻撃隊を組織した。彼らは広義の特殊攻撃機を運用し多方面に活躍する。
肝心の機体は日本軍の中でも異端を極めた。
「俺たちは休んでいるのに真鍋たちは働いている。それも液冷の熱田が大量に並べられた。いかに艦内に小工場があろうと大変で同情する」
「良いってもんです。自分は敵と戦えません。美濃部さんたちの彗星と暁雲を不調なく整備することが仕事です」
「世話をかける」
特別攻撃隊(航空隊)は美濃部正少佐が率いる。彼は水上機部隊上がりの柔軟な発想の持ち主だ。山本長官が50万トン戦艦を航空戦艦にする計画に賛意を示すと水上機部隊の運用を提案する。山本長官の目に留まると鮫島中将と同じく「あれよあれよ」と担ぎ上げられた。二式艦爆『彗星(初期案)』と二式水爆『暁雲』の混成という60機と約150名を牽引する。
「液冷エンジンは高性能を得るに背に腹は代えられなかった。本艦だけの高品質を抜粋した少数生産を土台に艦内小工場があって成立する。皆が不眠不休だな?」
「まぁ…はい」
「もっと優れた空冷エンジンを開発できれば…金星か木星あたりを積んだらどうだ」
「それは彗星改と強風ですね。どちらも量産が始まっているようで」
「そうだな」
美濃部隊長は同郷で気心の知れた整備員と砕けた会話で休息を埋める。変に部下の所へ顔を見せると委縮させかねない。北マリアナの風を感じるよりも50万トン戦艦航空機格納庫の空気を好んだ。彼が見つめる先には鋭い機首を有した彗星が座している。
彗星は二式艦爆として九九式艦爆を置き換える予定だ。敵戦闘機を振り切る高速性能と500kg爆弾の打撃力が求められる。ドイツから導入した液冷エンジンDB601(国産品)と胴体内爆弾槽を以て空気抵抗を減らした。零戦前期型に匹敵する最高速を得たが相応の代償を払う。日本軍に液冷エンジンは総じて不慣れだ。海軍は液冷エンジンを早々に諦め、最高速の低下を承知して空冷エンジンで堅実な金星に変更し、彗星の空冷エンジン仕様は正規量産型として彗星改と呼ばれる。
和製DB601の液冷エンジンを積んだ初期型は少数精鋭の50万トン戦艦の航空隊に充当された。そもそもの機数が絞られる。エンジンは高品質を選抜すればよい。無理して大量生産させずに高品質を確実に少数生産して対応させた。愛知航空機は一世代前のDB600を研究した経験があり、逸品を少数だけ用意することは十分に可能である。
かくして、エンジンは液冷V型12気筒の熱田三二型を積んだ。前述の少数生産と製造されている。通常時は約1500馬力を発揮すると言われた。航空隊の稼働率に直結する信頼性の向上に様々な工夫を凝らしている。せめての効率化の一環として後述の暁雲も採用した傑作エンジンを自称した。
「真鍋みたいな熟練がいれば怖いものなし」
「美濃部さん。本当に勘弁してください。自分は水メタノール噴射装置を弄って書類を書いたことが」
「それだから気に入っている」
「水メタノール噴射装置の手入れも大変なんです。でも、楽しくって仕方がない」
「天職だな。ここなら鮫島司令が何でも許してくれる」
彗星の肝である熱田三二型は水メタノール噴射装置を装備した。一定時間のみの時限式で推定約1700馬力を発揮できる。敵艦隊突入時や敵艦隊離脱時に使用し、敵機の追従から逃れたり、敵艦の対空砲火から逃れたり、各員の発想次第で可能性は無限に広がった。
本機の爆装は500kg爆弾に変わりないが、戦闘爆撃機の思想を宿しているため、機首機銃は二式12.7mm固定機銃2門に変える。後部座席の機銃は7.7mm旋回機銃は続投された。爆弾を装備しない場合は即席の戦闘機に変わる。特異なフラップを用いて格闘戦もこなした。
「暁雲の折り畳みは素晴らしい。あれが彗星にあれば45機まで増えそうだ」
「ありゃバケモンです。」
「そうでしょう? 美濃部隊長も水上機乗りに戻ったらどうです?」
「これでも最初は艦載機乗りを目指した。一生涯を水上機に費やすことのできる者は藤田信雄大尉以外にいない」
「例のロサンゼルス爆撃成功ですか。数日前の出来事ですがドゥーリットルの意趣返し」
この場に乱入した兵士は美濃部が水上機部隊を率いた時の副官である。彼を全面的に信頼して自身が彗星隊に移った際は彼に暁雲隊を任せた。暁雲は彗星ほどの打撃力は持たずとも究極的な汎用性が強みである。彗星の発進後は友軍の航空母艦か地上基地に降りなければならない。彗星が非常に不都合で非効率的な運用を強いられることの対照的に暁雲は水上機のため、着水すれば母艦や巡洋艦のクレーンで回収されて戻り、彗星と暁雲を適材適所の上手に使い分けて勝利を手繰り寄せた。
「今度こそ敵艦隊に対する夜間爆撃をやらせてください。夜にこそ勝機があります」
「歯ごたえのある敵艦でなければ」
「どうせなら敵空母に25番を叩き込みたいんですが」
「幸か不幸か、潜水艦が敵空母2隻を撃沈した。ヨークタウン級とレキシントン級が1隻ずつ」
「まだまだ敵空母は残っているはず。夜が明けた時に暁雲が現れます。その下に燃える敵空母という」
日本海軍は伝統的に水上機を重視しており、零式水上観測機から零式水上偵察機、零式小型水上機など、水上機と一括りにするに忍びない。島嶼部の貴重な航空戦力に据えた。主に飛行場を整備する程も無い小島に配備されるが、ミッドウェー島のような進出直後で整備が追い付かない時の中継ぎも務め、機動力の高さを売りに各地で奮闘と奮戦を見せる。
暁雲は水上偵察機だが、急降下爆撃能力を有し、偵察・観測、迎撃・制空、急降下爆撃の全てを兼ね備えた。これまでの水上機開発を濃縮と凝縮している。暁雲は比類なき高性能と汎用性を確保するため、彗星と同じく液冷エンジンの熱田三二型を採用し、特異なフラップもダイブブレーキと機能する。その他も新技術が詰め込まれた都合で機体は大型化した。
いかに50万トン戦艦が巨大と雖も格納庫を圧迫しかねない。甲板上に露天しても良いが突発的な故障の恐れから好ましくなかった。彗星と共用の格納庫に多数を収める手段に折りたたみ機構を採用する。暁雲は主翼と水平尾翼を折り畳むことで約50%まで縮まった。
「馬鹿野郎! 木精(メタノール)の取り扱いには気を付けろって何度言ったら!」
奥の方から罵声が聞こえた直後にバタバタと男たちが大慌て駆け回る。彗星と暁雲の整備中にしては異様だ。美濃部隊長も心配そうだが、整備員は冷静を極めており、ため息交じりに答えを提示する。
「どうした? 何の騒ぎだ?」
「メタノールの事故ですよ。水メタノール噴射装置は画期的な反面にメタノールの取り扱いに注意しなければなりません。燃えやすくて猛毒の代物なのです」
「諸刃の剣か」
「諸刃が可愛いもんです。火災が起きていなければ対処できます。艦内で火災なんて目も当てられません」
「そらきた。応急修理班の登場だ」
艦内の火災は洒落にならない。
艦内事故の急報を発すると直ぐに応急修理班が登場した。
「あの手際の良さなら被弾しても大丈夫か」
続く
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