第8話 山本長官の渋い顔
=北マリアナ=
50万トン戦艦はミッドウェー島攻略作戦を完遂次第に連合艦隊と交代している。50万トン戦艦は単艦ながら連合艦隊に匹敵したが、先の海戦で無傷と言うこともなく、数発を被弾して副砲や高角砲を失った。主砲や機関など重要区画は無傷である。戦闘に支障は来さないと雖も一時の休息と北マリアナで工作艦を携えた。
「山本長官から直に激賞が届いておりますが」
「兵士たちに伝えよ。私は撃ち方始めとしか命じていない。それよりも工作艦の兵士も労ってやれ」
「はい」
「副砲と高角砲が依然として弱点になります。せめて、副砲は重装甲にしても」
「その時間があれば困らないが、いつ米軍がミッドウェーを奪還に来るかわからず、連合艦隊に任せ切りもいけない。山本長官に現場の苦労を知ってもらうことも必要かな」
「ははは…」
先の海戦では米海軍太平洋艦隊の撃滅に成功した。敵艦隊はあろうことか挟撃の構えを採ったことが不可逆的な転換点と言える。本艦が無数の主砲を備えているとつゆ知らず、46cm砲は旧式戦艦の対14インチ砲防御を嘲笑い、41cm砲と36cm砲が準副砲と数を活かし、敵戦艦はあっという間に痛々しい姿へ変貌を遂げた。全力で退避しようにも最速21ノットは鈍足である。戦艦以外の重巡洋艦や軽巡洋艦、駆逐艦は50万トン戦艦護衛艦隊である木村少将の水雷戦隊が平らげると、敵戦艦に止めの肉迫雷撃を敢行した。
この後はミッドウェー島近辺に移動して翌日の上陸作戦を円滑化する艦砲射撃を実施する。敵艦隊との戦闘では徹甲弾を消耗したが榴弾と三式弾は余剰が多い。不運な事故を防止する観点から対空砲弾も贅沢に吐き出した。18インチと16インチ、14インチの砲弾に小口径砲弾も降り注ぎ、ミッドウェー島の飛行場と沿岸砲台などは一夜で崩壊し、食糧や弾薬の備蓄も焼き払われている。一夜にしてミッドウェー島守備隊の士気は低下した。
「敵守備隊がすんなりと降伏を受け入れてくれたことは幸いだ。我が方の上陸部隊は少なすぎ、本艦がいなければどうなっていたことか」
「本当ですよ。米軍の情報戦略に翻弄されました」
「勝って兜の緒を締めよ」
「その通り」
もちろん、上陸作戦実行日の早朝から第一航空艦隊が空襲を再び実施した。空母の搭乗員と艦載機は減らしているが、50万トン戦艦が防空戦闘に奮戦したおかげで最小限に収まり、攻撃隊を練り直して連日の空襲を敢行する。艦砲射撃が破壊し切れなかった施設をピンポイントで破壊して回った。ミッドウェー島は難攻不落を誇れど、皮肉にも、自軍と同じく圧倒的な物量の前に砕け散る。
時を同じくして、ミッドウェー島は連合艦隊が包囲した。
米海軍の即時奪還に備える。
=長門=
山本長官は長門からミッドウェー島の復旧工事を眺めた。
「50万トン戦艦こと『富士』の活躍は目を見張ります。米海軍の旧式戦艦を一挙に沈めてしまった」
「今は敵潜水艦と敵重爆撃機に意識を割け。先日の海戦は終わったことだ。鮫島が直々に『勝って兜の緒を締めよ』の文を送っている」
「輸送船団は二等駆逐艦が護衛しています。高速輸送艦は強行突破しており…」
「島を包囲しているのは我々か? 潜水艦が包囲しているとも考えられる」
ミッドウェー島守備隊が早々に降伏したおかげで上陸部隊の損耗は微少だが、炎の嵐と呼ばれた艦砲射撃と機動空襲により復旧は難航を予想する。上陸部隊は工兵か問わず皆で復旧工事に入った。まさに超特急で戦闘機用の小飛行場を復旧させる。軽空母(改造空母)が零戦隊を直接に輸送した。日本海軍の軽空母は対潜よりも航空機輸送に活躍している。同時にウェーク島など各拠点に待機した輸送船団と高速輸送艦が雪崩れ込んだ。
50万トン戦艦の鮫島中将は山本長官への報告に一言を付け加える。その一言から潜水艦の脅威を汲み取って対潜警戒を厳にした。輸送船団は戦時量産型の二等駆逐艦が護衛する。高速輸送艦は名前通りの高速を活かして強行突破した。さらに、水上機母艦が水偵を飛ばして上空から睨みを利かせる。実際に敵潜水艦を確認の際は空中から対潜爆弾を海上から対潜爆雷を投下した。
「二式飛行艇も到着しました。ハワイは米本土連絡航路まで筒抜けです。潜水艦が到着すれば空中と海中から監視できて、米海軍がどう動こうと、もう面白いようにわかる」
「富士を補助する名目で潜水艦を作り過ぎ、米本土爆撃の特型潜水艦は廃案に追い込まれ、なんなら戦闘空母案も大艦巨砲主義に呑み込まれた。あれだけの巨体は空母に最適だと言うのに」
「何か?」
「独り言だ。気にしないでくれ」
山本長官自身は忸怩たる思いが否めない。50万トン戦艦は航空主兵と真反対の大艦巨砲を極めた。これが通されては堪らず、猛反対も敢無く封殺されたが、辛うじて、航空機運用能力を妥協の末に確保する。新式艦爆(初期案)と新式水偵兼水爆を積ませた。
本来は圧巻の巨体を存分に活かして空母にしたいのである。特に双発爆撃機の陸攻を運用することで敵機の航続距離を超えたアウトレンジ攻撃を計画した。彼は50万トン戦艦が完成した時に敗北を覚悟したが、ミッドウェー作戦の大勝利を目の前で知り、兵器は運用次第で化けることを思い知らされている。
しかし、敗北感は拭えない。
「ミッドウェー島完全復旧まで連合艦隊が張り付く予定ですが…」
「長官?」
「すまない。考え事で耳が動いていなかった」
ミッドウェー島はハワイに対する前哨基地と機能した。太平洋の地図を見ると近距離でも約2000kmは隔てられる。航空偵察は爆撃機が届きそうで届かないが、日本海軍の二式飛行艇は余裕で往復できた。航空機の強硬偵察だけでない。潜水艦の潜入による隠密偵察も行われた。イ号潜水艦を通商破壊作戦に集中させる代替の戦時量産型潜水艦ことロ号とハ号が到着する。彼らは一定数の集団で各艦が相互に連携した。偵察から通商破壊、敵艦隊雷撃など多方面に活躍する。
「ミッドウェー島に重爆撃機が飛来する可能性は高いどころか確実に至ります。海軍が動けない以上は空軍の爆撃機が頼りです。米陸軍航空隊のB-17またはB-24が遠征する」
「局地戦闘機は間に合わんのか。鳳翔を動員しても構わない」
「本土から順次配送する予定です。ウェーク島から飛ばしては」
「無茶を言うな。局地戦闘機の航続距離が足りるか。増槽を積んでも搭乗員の負担は減らないどころか増えるばかり」
米軍がミッドウェー島の復旧を邪魔しない訳があろうか。ハワイの米陸軍航空隊がB-17かB-24の重爆撃機を飛ばす可能性は非常に高い。一日より一時間も早くだ。爆撃機の迎撃に特化した局地戦闘機を欲する。局地戦闘機は高速・上昇力・重武装の三拍子が揃い、陸軍の二式単座戦闘機『鍾馗』がビルマ方面で獅子奮迅の活躍を見せ、海軍も負けじと十四試局地戦闘機から『雷電』を送り出した。雷電を優先的に送るためなら軽空母の鳳翔を貸し出すもとも厭わない。
「閃電は軽空母で送れませんが」
「やむを得ない。航空機運送艦を用いる」
「ウェーク島経由で月光を送りましょう。小園が発案した斜め機銃を装備した月光一二型があります」
ミッドウェー島の機能が復旧するまで連合艦隊が張り付いた。米海軍の戦艦部隊が一層されたと言うが、あいにく、条約型戦艦のノースカロライナ級とサウスダコタ級が残る。空母機動部隊も敵空母3隻を推定大破に止まった。完全な撃滅には遠く至らない。先の空母機動部隊決戦において、南雲機動部隊は50万トン戦艦に助けられており、海軍上層部は山本長官も含めて南雲の処遇を考えた。そして、独断ながら敵空母に痛撃を与えた山口を評価する。最終的にミッドウェー海戦は辛勝の判定を下した。
「米軍もミッドウェーを取られ、戦艦8隻を喪失し、空母3隻が動けなくては、すぐに奪還することはできません。最低でも半年は大規模な作戦を行えないことを踏まえ、新鋭機の配備を陸上機か艦載機かを問わず強行すべきではありませんか」
「二式艦爆『彗星改』と新式艦攻『天山』を優先供給するよう働きかけている。零戦も後継機が間に合わんことを考え、発動機を栄から金星に換装した三二型又は五二型に生産を移行し、来年に入る頃には行き渡るようにしたい」
「陸攻も『銀河』が試験を終えて生産を前倒しを」
「それまでミッドウェー島を死守せねばなりません」
山本長官と参謀達が「わあわあ」と言い合っていると、若手の見習士官が息を切らして駆け込み、片手につまむ電文の紙を震わせる。これに山本長官以下も苦笑いで無礼を許してしまった。
「潜水艦がミッドウェーから退避中と思われる敵艦隊を雷撃! 敵空母1隻に直撃多数と大炎上の後にこれを撃沈しました!」
太平洋から米空母1隻が失われた。
続く
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