第7話 50万トン戦艦の火力と砲数の暴力

=50万トン戦艦・第一艦橋=


 鮫島中将はピカッと照らされた敵艦隊を睨んだ。


「弾着観測機は配置につきました!」


「一番から五番まで砲撃準備完了。いつでも、どうぞ」


「46cm砲は最後列の戦艦を叩き、41cm砲は中央列の戦艦を叩き、36cm砲は命があるまで待機せよ」


 本艦の主砲は46c砲と41cm砲と36cm砲で18インチから16インチを経て14インチを並べた。世界最大の主砲から一般的な主砲を有する故に射程距離の差を活用する。敵艦隊は大きく見て三列に並んだ。最後列に46cm砲を充てて中央列に41cm砲を充てる。


「敵艦隊は撃ちませんね。さすがに遠すぎますか」


「どうだろうな。幻影と目を擦っているかもしれない」


 敵艦隊を肉眼で発見したことは逆も然りだ。敵艦隊は50万トン戦艦を目の当たりにして何を思ったのか気になる。16インチ砲の射程距離に入っても撃たなかった。この距離は射程距離の圏内でも命中は期待できない。戦艦同士の撃ち合いは射程距離で決まらなかった。


「弾着観測機を信用するが、電探を使っても面白く、双方を上手く使うよう。特に第一砲術長は初弾から命中させよ。砲弾はミッドウェー島に取っておきたい」


「はい!」


 本艦の主砲に対応した砲術長が3名も設置されている。司令官を除いて各部門長は複数名が当たり前に存在した。一人に集中させては過労で倒れかねないが、司令官は不断の努力と不屈の精神から耐え抜き、人望をより一層に高めることになった。


「敵艦の識別はできているか」


「ダメです。敵戦艦が多すぎて識別のしようがありません。しかし、46cmの徹甲弾を直撃させればです。なに、一発で沈みましょうぞ」


「そうだな。第一主砲群は彼我の距離が30を切り次第に砲撃を開始する。第二主砲群は25を切り次第に開始する。第三主砲群は肉迫を試みる敵艦を迎撃する」


「もっと遠くからでも良いのでは? 本艦に近づかせないでアウトレンジで仕留めても…」


「彼らにも50万トン戦艦を教えてやろう。空母航空隊には教えるが戦艦隊には教えない。これでは不公平だな?」


 46cm砲も41cm砲も既に敵艦隊を射程距離に収めている。両軍共に砲撃の口火は切らない。彼我の距離は30kmを超えていた。この遠距離で砲撃し合うことは原則として起こり得ない。どれほど遠距離の砲撃戦も20km台に突入してからが占めた。


「敵戦艦が発砲!」


「なにぃ?」


「50万トン戦艦が大きすぎるのだ。夜で目が利かないこともある。目測を誤った」


「先走った戦艦隊は特定できました。最前列の戦艦3隻です。あの砲撃時の閃光から14インチ級と」


「最前列はいつでも叩けるから捨て置くが、最後列と中央列を撃滅して退路を塞ぎ、木村少将の水雷戦隊は敵水雷戦隊の突入に備えよ」


 鮫島中将は非常に冷静である。日本海軍における砲術の権威は偉大なりと言わんばかりに淡々と命じた。46cm三連装前部5基は敵艦隊最後列に照準を付け、41cm連装砲前部5基は敵艦隊中央列に照準を付け、36cm連装砲は挟撃の対策に一時待機する。


 敵艦隊最前列が一斉に発砲した。弾着観測機が投下した照明弾を用いずとも闇夜の閃光は良く見える。まだ30kmを切っていないのだ。それにもかかわらず発砲したことは測距を誤った可能性を呈する。50万トン戦艦が巨大過ぎる故に正確に測れなかったと予想した。なんと稚拙だろう。


「敵艦隊は左右に分かれます!」


「敵将の決断が早いな。やむを得ない」


「いつでもお願いしますよ」


 敵艦隊は数の有利を活かさんと左右に分かれて挟撃の構えを見せた。敵艦が単騎と知るや否や戦艦の数で押し潰そうと画策する。それは本艦を知らないからこそ採用できた最悪級の悪手を極めた。


「撃ち方始め!」

(さぁ、46cm砲はどんなものだ)


 鮫島中将の鶴の一声で艦前部の46cm三連装5基15門が火を噴いた。いわゆる斉射も艦後部の5基が黙っている。これは便宜的に半斉射と言おうか。46cm三連装砲の砲撃時は凄まじい爆音と閃光が生じ、第一艦橋に立つ人間は両眼を細めて両耳を塞いだが、歴史的な瞬間は見逃しも聞き逃しもしなかった。


 46cm砲の半斉射をがっしりと受け止める。砲撃時の反動でひっくり返りそうだが、圧倒的な巨体が反動を受け止めており、太平洋の波浪も鋼鉄が揺れを許さない。どれだけ優れた設計の戦艦も自然の影響を受けて砲撃の命中精度は微妙に狂うものだ。


「敵艦隊は本艦を挟み撃ちにしてきます! 敵の水雷戦隊も接近中!」


「重巡らしき艦影あり!」


「電探も包囲を訴えています!」


 46cm砲弾の初弾は塗料を含んだ水柱から弾着を視認できる。敵艦隊上空に二式水爆と二式艦爆が展開した。彼らは弾着観測機を務めている。敵艦からの対空砲火を物ともせずに通信妨害対策として機数で押し通した。


「初弾で挟むことができました。次は外しません」


「第三主砲群は左右の敵戦艦に砲撃を開始せよ。副砲は敵重巡を近づかせるな」


「第二艦橋が第四主砲群と第五主砲群の砲撃許可を求めています」


「許可する。第二艦長の権限を認め、後部の主砲を動員せよ」


 46cm砲弾は敵艦隊最後列を挟み込む。いわゆる「夾叉」は理想的な結果と喜んだ。初弾命中を欲張らずに夾叉だけで良い。このまま砲撃を続ければ必ず直撃するはずだ。もちろん、弾着観測機の修正を受け取ると微細な調整を加える。この間に彼我の距離は縮められた。


「全ての大砲が動き始めると会話もできませんなぁ」


「まったくだが、そろそろ、戦果を見たい」


「ご覧ください。敵艦が一発で沈みます喜劇が幕を開けます」


 50万トン戦艦を左右で挟み撃ちにすることは悪手も悪手と断じる。本艦は両舷に36cm砲を並べた。第二艦長が艦後部の46cm砲と41cm砲に砲撃開始を命じる。敵艦隊は戦艦隊だけでなく重巡隊や水雷戦隊も抱えて包囲を試みた。敵水雷戦隊は木村少将の水雷戦隊が噛み付いて通さない。敵重巡隊は15.5cmと10cmの副砲が長射程と速射を活かして近づかせない。50万トン戦艦を包囲する作戦は通用しないことを教え込んだ。


「敵艦隊後列の戦艦に直撃確実!」


「左舷の敵艦隊にも命中弾多数! 数えきれません!」


「右舷の敵艦隊は回避機動で砲撃を止めています!」


「なるべく早くに旗艦を沈めておきたい。敵将を討たずとも退かせる…」


 全砲門が唸っていると会話は成立しない。お互いに至近距離まで接近した上に耳打ちすることで意思疎通が可能となった。最近は潜水艦からハンドサインを導入している。それも一瞬の出来事で中断を余儀なくされた。46cm砲が狙った先の敵艦隊後列の戦艦2隻が仲良く爆沈したのである。


「敵戦艦2隻とも爆沈! 爆沈した! 爆沈だ!」


「これが46cm砲と41cm砲の九一式徹甲弾か。敵艦の主砲弾薬庫まで貫徹した。14インチ砲の防御力では耐えられまい」


 46cm徹甲弾は敵艦隊後列の戦艦2隻に突撃を敢行した。米戦艦は16インチ砲か14インチ砲の二択であり、概して、自分の主砲弾の直撃に耐える装甲を纏うだろう。敵戦艦の大爆沈は主砲弾薬の誘爆と判断した。仮に16インチ砲に対する重装甲を纏っていると雖も46cm九一式徹甲弾は情け容赦なく貫徹する。


「左舷の敵艦隊はボロボロですな。大炎上しています」


「一世代前の36cm砲も投射量で圧倒した。41cm砲は46cm砲を補っている。この夜戦は完全勝利だ」


「右舷の敵艦隊は早々に退避に入りました。敵水雷戦隊は壊滅して敵重巡隊は煙幕を展開しています」


「敵戦艦だけは逃してはならない。右舷の敵戦艦へ第一主砲群と第二主砲群を向けよ」


「木村少将の水雷戦隊が左舷の敵艦隊に肉迫雷撃を敢行したいと来ています」


「許可する。ミッドウェー島艦砲射撃に魚雷は不要だ」


 敵戦艦2隻を爆沈させたまでに36cm砲は両舷の敵戦艦6隻を迎え撃った。36cm砲は威力と貫徹力に劣れど砲門数で圧倒し、左舷の敵戦艦3隻は12門の斉射を受け、忽ち大炎上して砲撃どころでなくなる。そこへ艦後部の46cm砲と41cm砲が参加してボロボロの満身創痍に陥った。右舷の敵戦艦3隻はあまりの惨状に恐れ戦いたのか回避機動に専念する。50万トン戦艦が見逃すわけもない。艦前部と艦後部の46cm砲と41cm砲は砲塔をゆっくりと旋回させた。木村少将の水雷戦隊は敵水雷戦隊を平らげて直ぐに敵戦艦へ肉迫雷撃を敢行する。


 我が方の損害は皆無に等しい。


 大日本帝国海軍はミッドウェー海戦に完勝を収めた。


 そして、ミッドウェー島は翌日にあっさりと陥落する。


 夜明けの島に何も残っていなかった。


続く

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