第6話 米海軍の選手交代
日米海軍によるミッドウェー海戦の前半戦が終了した。
「我々はミッドウェーから離脱してキンメル提督の戦艦部隊に任せる。ミッドウェー島はいつでも取り返せる。ニミッツ司令は何も言わない」
日本海軍はミッドウェー島の霜取りに第一機動部隊こと南雲機動部隊が奇襲の空襲を仕掛けた。空母艦載機はB-17など攻略部隊の天敵を地上撃破する。米海軍が迎撃に空母機動部隊を差し向ける可能性は十分に高かった。第二航空戦隊の山口多聞中将は出撃後も異を唱える。敵軍が待ち伏せていることは悉く排除された。まったく、聞き入れられない。
「例の超巨大戦艦については」
「報告書を作成する。写真が無くても構わない。ジョークで済ませるな」
ミッドウェー島の沖合で米海軍の空母機動部隊が待ち伏せていた。潜水艦に発見されて先手を許す。各空母はミッドウェー島第二次攻撃の準備中と対地装備か対艦装備の切り替えに手間取った。まさに最悪のタイミングで空襲を許している。米機動部隊の攻撃隊が猛然と襲い掛かる。日本海軍の切り札と50万トン戦艦が立ち塞がって新兵器の三式弾と無数の高角砲が空を焼いた。もちろん、少数の零戦(直掩機)も孤軍奮闘を見せている。日本海軍側の目立つ被害は駆逐艦『荒潮』が小破した程度に済んだ。
「レキシントンはハワイで修理できそうか」
「厳しいでしょう。主機関は30%の出力が限界です。ハワイで応急修理を施した後に本土まで回航して本格的な修理を行うしかありません」
「潜水艦が鬼門だな」
敵機動部隊が第二次攻撃を飛ばす前に反撃の狼煙を上げる。山口多聞中将は南雲司令から許可を取らずに独断で攻撃隊を発進させた。これに鮫島中将も独自の権限を振りかざして彗星艦爆隊を発進させた。彼らの反撃自体は小規模であるが戦意に満ち溢れる。ミッドウェー島攻撃と敵艦隊攻撃の板挟みだった。なんとか絞り出した一撃は米機動部隊に痛撃を与える。敵空母1隻を大炎上させてもう一隻を大傾斜させた。その詳細は不明だが一時的に艦載機運用能力を奪い去る。
スプルーアンスはフレッチャーと協議して正式に戦域離脱を決めた。太平洋戦線を司る太平洋艦隊司令官は「ミッドウェー島は見捨てよ」と直々に伝達している。ミッドウェー島守備隊の海兵隊を見捨てることは苦渋の決断であり、ハルゼー仕込みの参謀達も苦虫を噛み潰したようであり、スプルーアンスが平静を装う中身は苦々しかった。
米海軍側の被害は空母『レキシントン』が大破して一時航行不能と陥る。空母『ヨークタウン』が大傾斜した。空母『エンタープライズ』も中破したが航行に支障は来していない。空母4隻の内で3隻が艦載機運用能力を奪われた。第一次攻撃隊が全滅したために回収作業の予定は無いが、反撃に対する反撃の第二次攻撃隊は組織できず、ミッドウェー島救援に戦闘機も爆撃機も雷撃機も出せない。
「敵潜水艦の出現に備えよ。我々は敗北したのではない。キンメル艦隊に託した」
「潜水艦の雷撃らしき航跡を見つけた者は速やかに報告せよ。誤報告は叱責しない」
(なぜか悪寒が止まらない。これがハルゼーだったら…何を言うのだろうか)
「駆逐艦はレキシントンとヨークタウンを常に見張っておけ。絶好の獲物なんだぞ」
米機動部隊(スプルーアンス艦隊)はミッドウェー海戦から降りた。この後の大夜戦とミッドウェー島攻略戦(ミッドウェー島防衛戦)の参加を見送る。しかし、全員が危惧した潜水艦が今か今かとロングランスを構えていた。
さて、ミッドウェー海戦の後半戦は夜戦である。
=深夜=
日本海軍はミッドウェー島の完全な無力化に艦砲射撃を予定した。昼間の機動部隊空襲は不発でこそ無いが、堅牢なトーチカや沿岸砲を破壊するに足りない。航空機の機動力が主役になろうと戦艦の火力は健在なわけだ。
一方の米海軍は艦砲射撃を阻止するべく旧式戦艦を掻き集める。太平洋艦隊前司令長官のハズバンド・キンメル大将が牽引した。ニミッツに椅子を譲れど栄光の米海軍戦艦部隊を率いる。
「スプルーアンス中将の警告はいかがいたしましょうか」
「彼が虚偽の報告をする。とても、あり得ないことだ。しかし、信じられる情報でもない。これだけでは判断できないね」
「敵艦隊は空母機動部隊と別個の別動隊です。おそらく連合艦隊が出張ってくる」
「敵艦がナガトクラスなら勝機は十分にある。コンゴウクラスが加わっても数ですり潰す。そうだろう?」
「Yes, sir!」
ミッドウェー島防衛にスプルーアンス艦隊が降りてもキンメル艦隊が交代したに過ぎない。彼らは古典的な戦艦部隊として条約型戦艦以前の旧式戦艦を連れた。旧式戦艦は鈍足で空母機動部隊と協調が難しい。ハルゼーは「空母機動部隊に鈍足の戦艦は要らん」と一刀両断した。米海軍は空母と戦艦を完全に切り分けて運用したが、この後の条約型戦艦や新鋭戦艦は空母護衛を組み込み、レーダーの搭載に始まりボフォース40mmやエリコン20mmを満載する。
キンメル艦隊は主に三個の戦艦隊から構成された。第一戦艦隊に『アリゾナ』『ネヴァダ』『オクラホマ』を置き、第二戦艦隊に『ペンシルバニア』『カリフォルニア』『テネシー』を並べ、第三戦艦隊に『メリーランド』『ウェストバージニア』が座す。いわゆる米海軍太平洋艦隊の基幹を為した。これを巡洋艦と駆逐艦が護衛する。
キンメル大将は敵艦隊を連合艦隊と予測した。長門型戦艦と金剛型戦艦の出現を予想し、長門型は16インチ砲8門の大火力を有するが25ノットが限界であり、金剛型は14インチ砲8門だが最速30ノットの快速である。自分達も16インチ砲と14インチ砲が混在して最速20ノットか21ノットの鈍足艦がひしめいた。条約型戦艦の到着は間に合っていない。太平洋艦隊は現有の旧式戦艦を投入せざるを得なかったが、日本戦艦を数で圧倒しており、仮に連合艦隊が出張してきた場合は長門型2隻に止まった。金剛型が参加しても2隻が精一杯だろうに。
「カタリナは飛べないのか。夜間飛行が可能な偵察機はカタリナしかない」
「ミッドウェー島航空隊で唯一の健在がカタリナです。B-17を空中退避させられなかったのか」
「これだから陸軍航空隊は信用ならん。海軍が単独で撃滅して威厳を教えてやれ」
キンメルはビッグ5に名を連ねるメリーランドに将旗を掲げた。メリーランドはいち早くバルジの装着や対空機銃の装備など旧式戦艦の中では近代化に富む。彼女の16インチ砲で長門型戦艦を完膚なきまで叩きのめした。長門型をビッグ5に加えてビッグ7とは勘違いが甚だしい。世界の戦艦は米海軍のビッグ5だけで良いのだから沈没の退場を願おうか。
「あぁ? 島が現れた? お前も緊張でおかしくなったか?」
「なんの騒ぎだ。キンメルの親父の思考を邪魔するなと言ったはずだ」
「はい。申し訳ありません。見張りのルーキーが島が動いているなんて妄言を吐き出すものですから」
夜間警戒の見張り員が「島が現れた」や「島が動いている」なんて馬鹿げた報告を上げた。ミッドウェー島の付近ならばともかく、そこそこの遠洋に位置しており、ミッドウェー島以外の島は確認できない。ハワイの島々はどんな視力を以てしても視界に収まらなかった。きっと、極度の緊張から視覚が狂ったのだろう。
「若いなら多少のミスは許そう」
「兵士の質も簡単に上がりませんな」
キンメルと幕僚たちがルーキーの失敗を笑って受け入れた。ルーキーの真っ新で純度の高い感覚は違和感を慣習で拭わない。ここで警戒態勢に入って巡洋艦からSOCシーガル水上偵察兼観測機を飛ばしていたらと悔やまれた。
「航空機のエンジン音が聞こえます!」
「なに! カタリナではないのか!」
「明らかに違う! 」
「これは照明弾っ!?」
今度ばかりは誤らない。
見張り員たちは一様に航空機特有のレシプロエンジンの爆音を耳にした。艦橋へ伝える前に眩い光に包み込まれる。米海軍の太平洋艦隊を満遍なく照らす光の正体は照明弾(吊光弾)と判明した。航空機の爆音と照明弾の組み合わせから導き出される答えは一つだけ。
「狼狽えるな! 直ちに砲撃戦の用意を始めんか!」
米海軍(主にキンメル)にとって最悪の日が幕を開けた。
続く
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