第5話 50万トン戦艦から放たれた矢
あのスプルーアンスが珍しく動揺した。
「第一次攻撃隊が全滅だと! それも要塞が浮いている!」
ミッドウェー島の防衛に急遽充てられた司令官がレイモンド・A・スプルーアンスである。彼とタッグを組むフランク・J・フレッチャーは渋面を示した。スプルーアンスに判断を仰いでいる。第17任務部隊と第16任務部隊は第一次攻撃隊の全滅を受け入れられなかった。
「どういうことだ。敵はミッドウェー島を叩いているはず」
「おっしゃる通りです。現にミッドウェー島は猛烈な空襲を受けています。さらに、カタリナが別働隊と思われる新手の敵艦隊を発見しました。日本軍は徹底的に島の機能喪失を図っていると思われ」
「せめて、帰還機が1機でもあれば詳細を聞けたな」
「フレッチャー少将は第二次攻撃を悩んでおります。スプルーアンス艦隊司令官の言う事に従う」
米海軍はミッドウェー島防衛に搦め手を採用した。日本軍を釣り出して罠に誘い込んで敵よりも早く発見に成功する。海戦は敵を発見してすぐに攻撃する先手必勝だ。スプルーアンスとフレッチャーの両名は勝利を確信したところで冷や水を浴びせられる。まさか、ドーントレス隊とデヴァステイター隊、ワイルドキャット隊が全滅するとは予想だにしていない。
通信員が最後に遺した「要塞が浮いている」や「超巨大戦艦の姿あり」の文言に眉を顰めた。日本海軍が巨大戦艦を建造中の噂は10年以上も前から存在する。16インチ級の主砲と30ノットの快速を両立した新鋭戦艦が現実的な予想に据えたが、18インチ砲の大戦艦やドイツ海軍のポケット戦艦、廃艦にしたフソウクラスとイセクラスの復活など多岐にわたる。
どうであれ、東洋のちっぽけな島国が大戦艦を建造できるとは考えないのだ。
「ニミッツ長官はミッドウェーを捨てても良いと仰った。我々は何よりも空母を保全せねばならない。ヨークタウンとエンタープライズ、ホーネット、レキシントンを何としてでもハワイまで守り抜かねば。サラトガとワスプが合流するまで耐える」
「ミッドウェーの海兵隊を見捨てると」
「やむを得ない」
「まだ勝機はありましょう! 敵別動隊はキンメル大将の戦艦が迎え撃ちます!」
「そうです! それこそ敵空母を沈めることができれば、次期主力空母の大量投入により、あっという間にすり潰すことができる!」
スプルーアンスは元より消極的な姿勢を抱いた。米海軍の中では慎重派と知られて前任のハルゼーと真逆である。しかし、ハルゼーは「レイ以外に任せられる奴はいない」と断言と推挙を欠かさなかった。スプルーアンスは砲術の出身で懐疑的な声は未だに聞かれたが、ハルゼーから丸々と受け継いだ参謀達は絶対の信頼を置いており、ハルゼー仕込みの攻撃精神を昂らせる。
「ワイルドキャットを出せるだけ出して艦隊を固めよ。じきに反撃が訪れる」
「我が方は既に発見されています。今は攻撃よりも防御に徹し…」
「敵機大編隊が襲来中! 敵機大編隊が襲来中!」
「急げ! 1機でも多く出すんだ!」
第一次攻撃隊全滅に迷った故に生じた一寸の隙はお互い様だ。彼らはミッドウェー島に敵空母艦隊を釘付けにした際の虚を突いたが、今度は逆に体勢を立て直す際の虚を突かれる格好と変わり、超特急でワイルドキャットの追加を吐き出す。一応は艦隊上空にワイルドキャット16機を出している。第一次攻撃隊の収容が不要になったことが不幸中の幸いと機能した。次々とワイルドキャットが現れる。
スプルーアンスはミッドウェー島を見捨てる方向で思案を纏めた。ハワイを出撃する直前にニミッツ司令から「ミッドウェー島は取り返せばいい」と耳打ちされている。太平洋のトップからそれとなくミッドウェー島を見捨てることを認められた。しかし、ここには海軍の海兵隊数千名が展開している。海軍の仲間を見捨てる行為は士気低下を招きかねない。
ともかく、今は空襲を凌ぎ切ることに集中した。
~艦隊上空~
反撃の狼煙はとっくに上がっている。
「ミッドウェー島攻撃に大分割かれたのが痛い。空母4隻の攻撃隊は九九式艦爆と零戦だけ。九七式艦攻の帰投を待ちたいが、俺たちを忘れてもらっちゃ、困るんだなぁ」
「敵機は土佐と天城の攻撃隊に集中しています。こっちはがら空きです」
「いっちょ50番をぶち込んでやろうか」
日本海軍の空母艦隊はミッドウェー島攻撃に大部分を割いた。ミッドウェー島攻撃隊の帰投を待ち、機体整備と搭乗員交代を挟んで、敵空母艦隊攻撃に向かう。その前に予備機を放出した。ミッドウェー島第二次攻撃に用いる予定を変更して対地装備から対艦装備に換装する。非常に危険な賭けも50万トン戦艦が全てを解決した。
九九式艦爆が250kg徹甲爆弾を抱えて発信する。これを零戦隊が護衛しても総数は30にも満たなかった。ミッドウェー島攻撃から帰投した機体と搭乗員を待ちたい。空母2隻から絞り出した攻撃隊はワイルドキャットが待ち構えている中に突入した。彼らと別に雲の切れ目から鋭い機首の艦爆が敵艦隊を覗きこむ。
「俺たちはレキシントン級をやる。残りのヨークタウン級は任せた。彗星の一撃を食らいやがれ」
「敵機なし! 行ってくださいね!」
「おうよ」
日本機としては異例の鋭い機首が特徴の機体は二式艦上爆撃機こと通称『彗星艦爆』だ。本機は高速艦上偵察機の側面も有して最新鋭の艦上爆撃機に期待され、九九式艦上爆撃機を置き換えるが、事実上の50万トン戦艦専用として運用されている。正規の量産型は堅実に纏めた。その詳細はまたの機会に回すが、500kg徹甲爆弾を抱えており、日本海軍の機動部隊が誇る高精度の急降下爆撃を敢行する。
彗星艦爆隊は50万トン戦艦からカタパルトの補助を受けて発進した。飛行甲板は1cmも持たない都合よりカタパルトを用いる。彗星は母艦の50万トン戦艦へ帰投できないため、母艦が同伴する航空母艦か近場の地上基地に降り立ち、再出撃の場合は居候先から発進した。非常に効率の悪い攻撃法も山本長官がゴリ押した。どうにか解決しようと大小さまざまな改装計画が存在する。簡易的な飛行甲板を設ける案を確認できた。
彗星艦爆隊の搭乗員はさぞかし面倒くさく感じていると思いきやである。皆が闘志に満ち溢れていた。世界最高にして世界最強の戦艦で唯一の航空兵と参加でき、彗星艦爆初期型という問題機を自由に扱え、特異が過ぎる運用法に文句を吐く者は誰一人いない。
「今更気づいたってなぁ。遅いんだよ!」
「二番機と三番機がピッタリついています! 他二個小隊も追従!」
「対空砲火に怯むなよぉ!」
敵艦隊は九九式艦爆隊の急降下爆撃に気を取られた。彗星艦爆隊の接近に気付くことが遅れる。ワイルドキャットも上空の零戦と九九式艦爆に食い付くばかりだ。空母護衛の巡洋艦と駆逐艦が対空射撃を開始する。彗星艦爆は高速機の矜持と突っ込みの良さで旧式機を圧倒した。もちろん、ダイブブレーキで十分に減速するが、お腹の500kg徹甲爆弾を黒光りさせて威圧を怠らない。
九九式艦爆は25番こと250kg徹甲爆弾という打撃力の頭打ちが否めなかった。米海軍の艦上爆撃機は1000ポンド爆弾を運搬できる。彗星艦爆を1日でも早く展開して打撃力の差を埋めなければならない。まずは50万トン戦艦に所属する精鋭部隊がお手本を披露した。
「投下ぁ!」
急降下爆撃の操作は身体に染み付いている。頭で思い出すまでもなかった。むしろ、個人勝手な勘でタイミングを変える。敵艦をレキシントン級と読んでいるが、見事な回避機動を採られ、セオリー通りでは必中を期すことができなかった。急降下爆撃の投下直前の土壇場で切り替える。
「加賀か土佐に徹甲爆弾があるはずだ。陸用爆弾でも構わない」
「夜になれば水爆隊が動き出しますが、その前に飛行甲板は破壊しておきたく、ミッドウェー島の航空隊と連携されては堪りません」
「夜戦も上等だ。夜間爆撃もやってやるぞ」
後方から聞こえてくる爆発音とビリビリという衝撃波に震えた。
続く
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