第10話 圧倒的な弾幕を

 50万トン戦艦を囲む工作艦4隻の発する音に怒声が混じる。


「ゆっくり下ろせよ! 40mm高角機銃は多連装式で重たい! 1基でも壊してみろ!」


「慎重にな! 25mmだって貴重なんだぞ!」


「20mmもだ! 航空機用の固定機銃だからって甘く見るな!」


「うちが13mm(12.7mm)で良かったな」


 本艦は未完成の状態でミッドウェー作戦の出撃を強行した。明石型工作艦2隻と用宗型工作艦2隻の計4隻が修理と残りの工事を行う。50万トン戦艦の乗組員が数千名規模のお手伝いを買って出た。大規模な交代制を組んで不休の突貫修理である。そもそも無傷の区画や修理を完了した区画は別作業に移った。特設運送艦が運んでくれた高角機銃の設置作業に移行する。


「これが噂のポンポン砲ですかい。昔の奴に比べて大型化したなぁ」


「タケちゃんは毘式を使ったことがあるのか」


「使い物にならないと思ったが、ここまで改良されて、どうなっているのか」


「なんせ中央に4連装と左右に2連装で8連装なら。凄まじい弾幕を張れそうだが…」


「25mmと13mmもある。こいつはとにかく撃ちまくって空を埋め尽くす。次発に25mmが埋めて、次々発に20mmが埋めて、最後に13mmが出迎えた。敵機に当てようなんて考えるなよ」


「敵機に当てない。斬新な対空戦闘ですな」


「これだけの高角機銃があるからこその荒業って」


 日本海軍の高角砲は八九式12.7cm連装高角砲と九八式10cm連装高角砲を主力に据えた。しかし、最新の九八式は50万トン戦艦に優先供給されてしまう。主力級の艦艇は八九式の改良型を装備した。二線級以下の艦艇は三年式12.7cm砲(各種)の中古品を受け取る。


 高角砲と並んで対空戦闘に用いる高角機銃は本艦に限って大口径・中口径・小口径の三兄弟が揃った。日本海軍の高角機銃は(前提として)九六式25mm高角機銃だろう。オチキス社製のライセンス生産を経て独自に改良した。どうしても限界が存在して評価は芳しくない。最近は航空機銃を流用した20mm高角機銃に帰ることが相次いでいた。


 50万トン戦艦では中口径に該当して40mm高角機銃の穴を埋める。40mm高角機銃の多連装が場所を取る都合で25mm高角機銃は連装と単装が並んだ。色々と不足がちな対空火器は無いよりかはマシという気休めに過ぎない。各自が指定された空域に撃ち込む弾幕形成には間に合った。仮に対空戦闘に不十分でも魚雷艇や潜水艦には有効と評価できる。本艦は鈍重なために魚雷艇や潜水艦が最たる脅威に挙げられた。


「この長いベルトが懐かしい。頻繁に壊れて苦労したが、果たして、信頼できるのかねぇ」


「呉の海軍工廠が血の滲む努力で改良を重ねた。低弾速のヘロヘロ弾から高初速の軽量砲弾に切り替わっている。初期型に比べて飛躍的に扱い易くなったことを保証しよう」


「ポンポン砲の可愛らしい名前が凶暴に変貌を遂げた」


「それでも信用なりません。ワシがどれだけ苦しめられたのか知らんでしょう」


「まぁまぁ、タケちゃん、落ち着いてよ。沼田班長の自信を買ってあげなさい」


 この班は40mm高角機銃の多連装仕様を授けられる。今までの雑用係から本来の仕事に戻れるところ、忌々しい欠陥兵器を押し付けられたに等しく、タケちゃんの愛称で親しまれる装填手は昔の苦労を思い出した。まさに、苦虫を噛み潰したようである。


 40mm高角機銃と聞いてボフォースを思い浮かべた場合は即座に不正解を与えた。これはヴィッカース・QF・2ポンド砲ことポンポン砲を素体に有する。日本海軍は毘式40mm機銃と国産化した。装填手の記憶を証拠に掲げて、欠陥だらけで使い物にならず、オチキス社から25mm高角機銃を採用するに至る。しかし、50万トン戦艦に必要な高角機銃は25mmはおろか20mmと13mm(12.7mm)でも足りない。25mm高角機銃に威力不足が判明して大口径を求めた。そこで、抜本的な改良を前提に毘式40mm機銃が復権する。


 呉海軍工廠が抜本的な改良に着手した。まずは小型化と軽量化に始まって操作性を改善する。航空機が高速化している中で鈍重は堪らない。とにかく砲弾を撃ちまくることで数を稼ぐ方法に切り替わった。多連装に束ねて投射量を増やすことで濃密な弾幕を志向する。


「実際に持ってみればわかる。かなり軽くなったぞ」


「ほう、こりゃ随分と思い切りましたな。確かに、軽くなっています」


「本家本元の英海軍も改良型を運用していた。マレー沖で陸攻隊が確認している」


「その陸攻隊を通しちゃならんでしょうに」


「それだから数を撃ち込むと言っているんだ。いい加減にわからんか」


 ポンポン砲の致命的な弱点である低初速は砲弾の変更で解決を試みた。英軍も低弾速のヘロヘロ弾に嫌気が差している。どれだけ撃ってもヘロヘロでションベンの弾道はいただけず、ポンポン砲に見切りをつけて40mmでもボフォースに鞍替えしたが、ボフォースの40mmは大柄で大重量が数少ない欠点と理解した。ポンポン砲は簡単に取り付けられる強みから意地悪く残り続ける。英軍も高初速砲弾の開発と多連装と自動射撃の改良を以て続投させざるを得ない。


 マレー海戦においてポンポン砲は敢え無く突破を許している。日本海軍基地航空隊の陸攻隊が英海軍東洋艦隊を壊滅させた。この時はポンポン砲を装備したにもかかわらず陸攻隊の航空雷撃を許してしまい、栄光のプリンス・オブ・ウェールズとレパルスは撃沈されており、ポンポン砲に対して懸念を抱いて当然のことだろう。


 50万トン戦艦の対空戦闘は「敵機に当てない」が原則だった。先から述べている通りで濃密な弾幕の形成に重きを置いている。敵機に当たるかどうかを考慮することは放棄したこともない。高角砲も含めた圧倒的な弾の投射量を以て対空砲弾の防壁を構築した。敵機が勝手に絡め取られて自然に撃墜する。この思想にポンポン砲は見事に合致するわけだ。


「これが当たらなくても真っ当に照準を付けられない。本艦に近づけば近づく程に対空砲火は激しくなる。20mmと13mmが加わったら投弾は許しても退避は許さない」


「末永って奴が射撃の名手という噂です。13mmをエンジンにバンバンとビシビシと当ててくる。あいつの所へ行ってくれたら世話ありませんな」


「20mmを忘れてはいかん。どの射手も名手である」


「電気信号の指示に従って撃つだけの仕事なんですがね」


 40mmと25mmの防空の盾を突破した先に20mmと13mm(12.7mm)の高角機銃が待ち構える。20mmは零戦も採用したエリコン社製の国産化であり、艦載型は余裕があるため、いち早くベルト式給弾への改良が図られた。13mm高角機銃は12.7mmのM2ブローニングを国産化している。本当は12.7mmだがサバを読んで13mmと呼んだ。76.2mm口径の副砲(高角砲)を8cm副砲(高角砲)と呼ぶことに共通する。20mmと13mmの高角機銃は最終も最終の迎撃手段に据え、敵機の爆弾または魚雷の投下阻止に期待せず、敵機が投弾を終えて全力で退避するところを撃った。1機たりとも返さないと言わんばかり。


 これだけの高角機銃を備えると故障や破損の恐れをした。本艦は艦内に小規模な工場を有する。現場で修理どころか砲弾も生産できた。工作艦の到着を待たずとも一定の作業が可能である。全ての軍艦を超越した海上移動要塞であるが故に自信に満ち溢れた。


「今度の戦いは高角砲だけに任せられない。この中で一番多くの敵機を撃墜した班は鮫島司令の許可の下で麦酒が振る舞われるんだ」


「よっしゃ来た」


 これで士気が上がるなら安いもの。

 

続く

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