第2話 連合艦隊の震撼

 日本は言わずと知れた貧乏国家である。


 列強に名を連ねているが国力は欧米に遠く及ばない。それに伴い軍事力も貧弱では堪らず、特に日本海軍はアメリカを仮想敵国に定めて新鋭艦による八八艦隊を計画したが、同時期に鬼才の奇才は「八八艦隊は国費を圧迫する。大艦隊を作れないなら超大型の戦艦を1隻浮かべておけばよい」と持論を展開した。彼は独自に仮称50万トン戦艦を打ち出す。


 その奇才の名は金田秀太朗中佐(当時)だ。長門型戦艦の艦橋の強度問題にそれとなくアイディアを提示したことで注目を集める。彼に完敗を喫した平賀譲は「金田さんは突飛な事を言う。しかし、大いに参考になる時もある」と認めざるを得なかった。彼の私案は八八艦隊を嫌う者に掬い上げられ、あれよあれよ、八八艦隊と並ぶ大計画に担ぎ上げられる。


 どこかで歪みが生じた。


 金田中佐の50万トン戦艦計画が採択される。


 あれから30年の月日を経て実現に至った。


 50万トン戦艦の建造には紆余曲折が不適応な程の大波を乗り越えている。


 日本海軍は苦渋の尊き犠牲を払った。


「あろうことか、あろうことか」


「まさか空母を主とした航空艦隊に50万トン戦艦を組み込むとは…」


「金田中将はここまで予期していたというのか」


 大日本帝国海軍は仮想敵国のアメリカを主眼に置き、昨今の発展が著しい航空戦力の拡充に努め、対米決戦には航空兵力を主力に設定する。連合艦隊司令長官の山本五十六大将も航空主兵を推進して例の超戦艦を渋った。しかし、30年前から計画の始まった50万トン戦艦と八八艦隊の残滓が意外と適合している。さらに、政府が大不況とクーデター未遂を乗り越えたことで日本の歩む道は大きくカーブした。


「扶桑型と伊勢型の処分と戦艦建造計画の一切を凍結して天城型と加賀型の空母改造を確保しました。補助艦は主力戦艦の削減から十分な割合を入手しています。50万トン戦艦は妄想の類と見られたことが功を奏した」


「その扶桑型と伊勢型、八八艦隊から生じた物は50万トン戦艦に転用されて賄っている」


「金田中将の持論は大艦隊を拵えるよりも超巨大な戦艦を拵えた方が安く済む。こうも上手くいくとは、本人も考えていなかった」


「当初の計画から大幅に変更を余儀なくされました。紙面上では何でも言えます。実際に建造となれば無茶苦茶が過ぎる」


「まだ未完成と言うが無茶苦茶には変わりない」


「長官が航空戦艦を頑なに譲らなかったせいでもあります」


「あれだけの巨艦である。航空機の運用能力を与えずして、君たちは、どうすると言うのだ」


 50万トン戦艦は八八艦隊を打ち破ったと思われたが、八八艦隊は限定的な承認を手繰り寄せ、天城型巡洋戦艦と加賀型戦艦に限って建造を推進した。この時に50万トン戦艦の建造は10%にも満たない。1922年のワシントン海軍軍縮条約が嵐と吹き荒れる。ワシントン海軍軍縮条約を契機と再逆転を果たした。天城型と加賀型は空母改造が決まる。扶桑型戦艦と伊勢型戦艦は金剛型と陸奥の死守の代償に廃艦処分が下った。


 扶桑型と伊勢型の処分に抗議の声は上がれど、50万トン戦艦に懸ける声の方が圧倒的であり、失敗艦や欠陥艦の辛辣が与えられた両姉妹を体よく処分する。もちろん、タダで手放すわけもない。八八艦隊の残滓と合わせて50万トン戦艦に有効活用した。表向きは金剛型と長門型二番艦『陸奥』の死守と言われるが、実際は欧米から譲歩を引き出し、かつ50万トン戦艦の建造期間を短縮している。両姉妹の献身は未来永劫に語り継がれるべきだ。


 50万トン戦艦がワシントン海軍軍縮条約に引っ掛からない理由は「徹底的な情報統制」と「噂話が荒唐無稽と嘲笑されたこと」に依る。あまりに規格外の計画は秘匿も秘匿されたが、全貌が明らかになるに数十年を要しており、初期段階は未知の公共事業と聞こえた。これが噂話と漏れた場合も欧米は荒唐無稽と嘲笑に付す。特段の気に留めるまでもない。海軍軍縮条約における妙な動きも外交官の巧みな話術でうやむやに落とし込まれた。


「ロンドン海軍軍縮条約も無力化に成功しました。国連は事実上の瓦解から効力を失い、補助艦の制限も時すでに遅しと言え、重巡洋艦から軽巡洋艦、駆逐艦まで潤沢です」


「50万トン戦艦を支援する補助艦は十分に揃いました」


「単艦決戦思想はいつしか艦隊決戦思想に移り、大艦巨砲主義は航空主兵主義に変わり、50万トン戦艦はいずれの思想に跨っている。この世に最適な艦と生まれた」


「長官の驚きは理解できますが、ハワイを痛撃する作戦は認められず、50万トン戦艦の登場を待つべき」


「ダメか」


「ダメです」


 50万トン戦艦は八八艦隊の艦隊決戦思想を否定する。真反対の単艦決戦思想を宿した。海軍情勢は本艦の構想から建造に入ると一変する。先述の航空主兵の台頭や軍縮条約など複雑に絡み合う。大小さまざまな変更が相次いだ。最初期の主砲200門と副砲200門、魚雷発射管200門、最速42ノットは夢物語どころでない。これを実現することは到底不可能と切り捨てたが、単に縮小しては面白みに欠けてしまい、金田中将(晩年)は予備案を大量に用意した。金田中将の後継者は予備案の数々を吟味したが、一つに絞ることはなく、それぞれの良い所を抽出して融合する。


「46cm三連装砲が10基の30門と41cm連装砲が10基の20門、36cm連装砲が24基の48門、15.5cm三連装砲が20基の60門、10cm連装高角砲が100基の200門だけで卒倒しかけます」


「二式艦爆が30機と二式水爆が30機です。戦艦は大きければ大きいほど良い。正鵠を射ている」


「航空艦隊に組み入れることで帰投不可能な致命的な弱点を埋めている」


「長官の先見の明に脱帽です」


「私は金田中将の先見の明に驚いている」


 50万トン戦艦は自慢の巨体を遺憾なく発揮した。これだけの巨体があれば多種多様に詰め込んでも毛ほどの影響を受けない。むしろ、巨体を持て余して仕方がなく、色々と詰め込む方が効果的で効率的と判断した。戦艦の廃艦処分から生じた余剰品の流用と新造した世界最強の艦砲も搭載する。航空兵力の台頭に対応するべく副砲兼高角砲と高角砲を積んだ。最後に山本大将の意向から航空機も軽空母1隻分と水上機母艦2隻分を抱える。


「あれだけの戦艦を連合艦隊に含めなかったことが悔やまれます」


「馬鹿を言うな。あれを連合艦隊に含めては上手く動かせない。高度に独立した権限を与えることで存分に暴れ回るんだ。複数の海域で行動できないことに留意して艦隊の拡充は急務であるがな」


「戦艦は作れませんが空母と巡洋艦、駆逐艦、潜水艦は作れます。欧州情勢に中立を宣言して中華から手を引いたことは苦し紛れの時間稼ぎです。海軍も陸軍も長期的に維持するために南方の資源地帯の確保は必須と言えます」


「やはり、ハワイを痛撃する」


「いけません」


 日本政府は対米戦回避(という時間稼ぎ)に努めたが、もはや、対米関係は不可逆的な所まで来ている。政府と陸海軍、シンクタンクの総力戦研究所等々が協議の末に帝国国策遂行要領を纏めた。これを御前会議で議論してから正式な手続きを経て決定される。


「切り札はここぞの時に切りましょう。切り札の出し惜しみはいけませんが、時機を見定めることも必要であり、ハワイへの奇襲攻撃は無駄でしかありません。私は主席参謀として反対させていただきます」


「わかった。また練り直すとしようか」


 50万トン戦艦の登場は連合艦隊をも震撼させた。


 かの兵器の全貌を明かすとしよう。


続く

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