帝国海軍の切り札 五十万トン戦艦
竹本田重郎
第1話 ミッドウェーに異常あり
=1942年6月=
ミッドウェー島を巡る戦いは日米決戦の分岐点と言われる。
「敵攻撃隊は依然として接近中!」
「ミッドウェー島の攻撃に零戦の大半を割いたことが痛いですな」
「いいや。直掩機がいた方が面倒であろう。本艦の対空砲火は洒落にならん」
大日本帝国は1941年12月8日に米英など所謂の連合国に宣戦を布告した。既に欧州では独伊を中心とした所謂の枢軸国が暴走を開始している。ここに第二次世界大戦が勃発したが、大日本帝国は大東亜共栄圏という独自陣営を設立し、独自に対英米決戦に舵を切った。
陸軍は中国から退いた兵を転用して南方地帯へ電撃的に進出している。米英仏蘭の連合国軍を次々と撃破した。マレーとシンガポールが陥落してオランダ領東インドも大半を制圧する。フィリピンは頑強な抵抗に遭っているが包囲網を形成済みだ。フィリピン全土の完全制圧は時間の問題だろう。ビルマもイギリス軍の撤退開始から予定通りの完了を見込んだ。
海軍も各地で連戦連勝を重ねている。第一弾作戦こと南方作戦の完遂に貢献した。日本海軍の初戦と言えば真珠湾奇襲である。あいにく、本世では諸事情より真珠湾奇襲は見送られた。ウェーク島など海軍担当の作戦遂行とシンガポールなど陸軍担当の作戦支援に動き回る。1942年に入らねば切り札の投入が間に合わないのだ。それまでは大博打を謹んで堅実を採り続ける。その結果として、連戦連勝を重ねた上に米海軍の反攻抑制に成功した。切り札の投入前に兵力の温存も果たしている。これらに関しては後に語るとしようか。
「副砲は三式弾を斉射! 高角砲は各自に定められた空域に撃ち込め! 勝手な行動は許さん!」
「防空長も気合が入っている。片舷あたり30門の副砲と100門の高角砲を指揮できる。この後には無数の高角機銃まで搭載されるらしい」
「赤城と天城、加賀、土佐の空母4隻を守り切れるか…」
「不安を抱くのは構わない。しかし、それが兵に伝わっては」
「失礼いたしました」
日本海軍は第二弾作戦にハワイに掣肘を加える前線基地とミッドウェー島を欲した。ここを制圧すれば偵察機や潜水艦の拠点と機能してハワイを常時監視できる。米軍にとって目の上のたん瘤と化した。それ故に総力を挙げて迎撃に訪れる。ハワイに立て籠もる選択肢もあれど消極的な姿勢は歓迎されなかった。
「まもなく、高角砲の射程圏内に入ります。艦隊の懐に入り込まれた場合はどうしようもありません」
「そのための軽巡洋艦と駆逐艦である。本艦が多量の副砲に無数の高角砲を以て長距離を担当した。軽巡洋艦と駆逐艦は大小さまざまな高角機銃を以て近距離を担当してもらう」
「長距離と短距離を埋める中距離が欲しいです。いえ、贅沢は言っていられません。ハワイを落とす頃には間に合うと信じます」
「今ある物で知恵を絞って勝利する。50万トン戦艦もその一つだ」
ミッドウェー島を巡る大海戦に現れた新鋭艦は常軌を逸する。日本海軍からの視点では凄みが分かり辛い。ここは敵軍の米海軍からの視点に切り替えてみよう。彼らは空母4隻と条約型戦艦4隻を揃えた。ミッドウェー島の基地航空隊もいる。敵艦隊の襲来を今か今かと待ち構えた。日本海軍はニミッツの目論見通りにまんまと欺瞞情報に引っ掛かる。さらに、土壇場で日本海軍の暗号解読にも成功した。ついに勝利の糸口を掴んだとほくそ笑みが止まらない。
まずは敵艦隊の撃滅に自軍の空母機動部隊から攻撃隊の矢を放った。敵艦隊発見の直前にミッドウェー島が大規模な空襲を受けている旨の急報を受け取る。ミッドウェー島を助けたいが、目の前の敵艦隊を撃滅することが先と判断し、即座に攻撃隊発進を命じた。
そして、空母2隻の艦爆隊と雷撃隊が敵艦隊を発見する。
「敵艦隊を発見した!その位置は…」
エンタープライズを発進したマクラスキー少佐率いるSBDドーントレス艦爆隊(以下SBD艦爆隊)は味方潜水艦が遺した最新の報告を基に敵艦隊捜索を続けた。各機の燃料は母艦に帰投できるギリギリだが今更帰投するわけにもいかない。敵艦隊は北方にいると踏んだ。針路を北に変えて捜索を続ける。どんぴしゃりと発見に成功した。敵艦隊の詳細な位置を通報する時に猛烈な対空砲火に襲われる。SBD艦爆隊30機は一瞬にして灰燼と化した。最期の最期まで通信機を操作した兵士は一言で表現する。
「巨大な要塞が浮いている」
エンタープライズ所属マクラスキーSBD艦爆隊に10分程遅れてヨークタウン所属レズリーSBD艦爆隊も現場に到着した。マクラスキー隊の通信が途絶えたことは急降下爆撃の最中と気に留めない。むしろ、彼らは「獲物を奪われて堪るか」と急行した。
「な、なんだ…」
「し、島が動いている!」
「ジョークにもならん戯言はやめろ! あれは幻想だ! 極限の緊張で視覚が狂っている!」
10分の遅れは不幸中の幸いと変わる。実はマクラスキーとレズリーの間にヨークタウン所属TBDデヴァステイター雷撃隊(以下TBD雷撃隊)が割り込んだ。雷撃機(攻撃機)の航空雷撃は低空飛行を強いられる。したがって、敵艦隊の対空砲火はTBD雷撃隊に集中した。レズリー隊は高空から雲の切れ目を上手く活用して突入を果たす。
「だ、ダメだ! これは幻じゃない!」
「落ち着け! 敵機はいない! あれは幻想で空母と護衛艦だけ!」
「機銃弾が来る!」
レズリー隊は一斉に敵艦隊の空母へ急降下爆撃を敢行した。SBDの操縦手と機銃手はレズリー少佐を除外して未知の敵艦に恐れ戦く。日本海軍の大型正規空母が玩具に見える程の超巨大艦を視認した。誰もが最初に島と誤認しかけたが、無数の大砲を目の当たりにし、島の正体は巨大な戦艦と改めざるを得ない。
それでも敵軍の巨大戦艦は自軍の条約型戦艦を子どもに変えた。レズリー機の機銃手は錯乱して幻と現実の狭間に陥る。7.62mmのブローニングのトリガーを引いた。味方機に当たることは無かろうと危険極まりない行為である。レズリーも声を震わせながら「戦艦らしき島は極度の緊張に伴う幻なんだ」と繰り返した。
直後にSBDドーントレスは火達磨となる。
敵空母に1000ポンド爆弾の火の玉を食らわせることは叶わなかった。
「まさに圧巻である。高角砲が敵雷撃機に集中して急降下爆撃隊が来訪した時は冷や汗を浮かべた」
「三式弾は脅し程度にならない。いったい、誰が言い始めたのでしょうか」
「三式弾も数があれば非常に強力である。本艦の15.5cm三連装副砲は高角砲を兼ねる。しかし、高角機銃が無いと言うのは厳しいも厳しい。一刻も早く毘式で構わないから高角機銃の搭載が急がれた」
「MI作戦に未完成の状態で出撃を強行しています。50万トン戦艦は30年の悠久の時を経て太平洋に進みました」
司令官らしき将官と艦長らしき佐官が話し込んでいる。そこへ防空専門の班長が横入りした。普通は非常識を咎めるべき行いも今だけは許容したい。たった1隻の戦艦が直掩機無しに敵攻撃隊を平らげた。
「ご覧になりましたか! これぞ本艦の対空砲火であります! かのB-17も突破できません!」
「ミッドウェー島にB-17は間違いなく配備されている。こちらの攻撃隊が地上撃破してくれたら嬉しいと同時に悲しいか。本艦が空の要塞ことフライングフォートレスを叩き落とす光景を見られないのだ」
「いやぁ…」
防空部門の班長は年齢不相応に照れている。
これを艦長が引き締めた。
「油断と慢心は己を滅ぼします。今回は敵攻撃隊が数度に分かれていましたが、一度に大挙して来られては捌き切れず、本艦はともかく、空母は被弾していたかもしれません」
「第一艦長の言う通りだが、今度は我々の番じゃないかな」
「はい。対艦装備に切り替え次第に敵艦隊を攻撃します。水偵は消息を絶ちました。しかし、敵艦隊はそう移動していない」
「本艦は対空警戒を続ける。昼間は対空戦闘を続けるが、夜間は夜戦に移行し、ミッドウェー島を砲撃するぞ」
ミッドウェー海戦は災厄の始点に過ぎない。
続く
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