第参拾陸話:状況説明(泣)
滲む冷や汗、渇く喉。
ずっと正座しているせいで足が辛く――でも、そんなことより視線が痛い。
「……というわけではい、俺は何もしていません」
人がいなくなり俺達万屋と早苗さん、そしてこの店の店主だという斗真さんが残った火之巫女亭にて、俺はハイライトの消えた神使二人に睨まれながらも――ただ神楽に己の潔白のみを伝え続けていた。
「聞いたとおりなら出会って三日……うん、確かに怪しい日はないね」
「……朝帰りとかもなかったので、潔白ではあるかと」
「うん、臭いも変じゃなかった」
「なら……そろそろ正座を止めて良いか?」
そんな三人の反応になんでそこまで詰められるのだろうと心底思い、俺は痛くなってきた足を崩したくてそう聞いた。
「うーん、駄目――ねぇ早苗だっけ? なんであんなこと言ったの?」
「――はい、あぁ言えば連れていかれずにすむかなって思いまして」
「……本当? それ以外に他意は無い?」
「ないです龍水様に誓って、それ以外のは特にないです! ――だから、そのそろそろつらいです……本当にごめんなさい」
元凶と言えば彼女が元凶だが、ずっと正座させられたせいか涙目でそう訴える早苗さん。そして漸く事情があったのも分かって少し冷静になったのか、それを聞いた神楽は俺達が椅子に座ることを許してくれた。
「……嘘は本当に良くないですね」
「あ、足が――めっちゃ痺れる」
「一時間は話してたからねぇ、僕も妻を思い出したよ懐かしいなぁ」
どこか遠い目をして語る斗真さんに謎の親近感を覚えながらも、バツの悪そうな顔をする早苗さんに気になっていることを聞くことにした。
「そういや姫って、凪沙って人じゃないのか?」
「……えっと、凪沙は私の妹ですね。多分今頃仕事してるかなーって」
「龍水様にその凪沙様を探すように言われてたんだが、それはなんでだ?」
「…………あの方は人のこと一切覚えませんし、眷属の名前すら間違えるようなので――その、はい。きっと姫としての印象深い方の名前を言ったのかと」
……龍水様えぇ。
初めて……というか確かに原作でもそんな感じだったことを思いだし、確かにと納得したが、それでも酷くないかとちょっと思ってしまった。
元々あのやべぇ姫が行方不明というのには疑問を持っていたが、それが解消したと同時に原作には出てこなかった早苗さんという存在に疑問が残る。
「まあ龍水は人の文化が好きだからね、個人は余程じゃないと覚えないし……」
「そうですね、あと会ったこと自体も少ないですし話を聞く限り凪沙のことはやっぱり覚えてたのかなぁと。とにかく、巻き込んですいません」
「いいよ、驚いたけど納得はしたから……それに夜見らしいけど、今後は止めてね」
「分かった……けど、なんか最近俺の信用無くないか?」
「うーん信用はしてるよ? ……あ、それなら宣言のために私の後に続いて喋って」
「まあそれで信用してくるなら」
何してるんだろうと冷静な部分が俺に伝えてくるが、神楽の信用を取り戻せるならなんでも言おう。
「夜見は一人で無茶しない」
「俺は無茶しません」
「夜見は私達とずっと一緒です」
「神楽達と一緒です」
「夜見はどこにもいなくなりません」
「俺はいなくなりません」
言わされるのは俺にとっての当たり前、無茶しがちであるが確かに心配させるだろうしこれはしょうがない。
「――夜見は女性を引っ掛けません」
「……俺は、女性を引っ掛けません?」
「夜見の命も魂も全部神楽のものです」
「…………俺は、神楽のものです?」
「うん、よろしい。じゃあ、それを守れば良いから本題に入ろっか」
後半何かおかしかった気がするけど、神楽が満足そうだしいっかと現実逃避。
本題というのはこれからのことだろうが、巻き込まれたのと城兵にあんなことを言った手前、割と後戻りが出来ない。
「場を納めるためとはいえ、明日は凪沙ちゃんと謁見だ。夜見君と早苗ちゃんが恋人関係というのは伝わってるだろうし、あの子は嘘が嫌いだから隠し通さないと不味いだろうね」
「……あの、もしバレたら?」
「良くて打ち首かなぁ」
「最低限がそれなの笑えないんだが?」
「まあ……うん、あの子は過激だから」
擁護するようにそういう斗真さんだが、全然笑えない。
乗りかかった船が泥船過ぎると心の中で笑いながらも、俺はどうするかと考える。ずっと恋人関係というのは無茶だし、何より早苗さんにはまだ理由を聞けてない。
正直答えてくれるかは分からないが、最低限は教えてくれるだろう。
「早苗はどうしてこの店に匿って貰ってたの? ……多分豊穣祭関連なんでしょ?」
「その、皆様は信濃の豊穣祭のことはどれだけ知っていますか?」
「確か龍水様が力を使える日だろ? それで雨を降らして豊作を祈願するっていう」
他に覚えている事と言えば、主人公がその祭りの試練に関わることになってやべぇ姫である凪沙共に祭りの試練に挑むぐらい何だが……それは極秘事項だし、言えなかったが、それを覚えていた俺はそこにたどり着けた。
「それが一般に知れ渡ってることですね――ですが、神である龍水様が力を使うのには条件があります。そのために祭事があるのですが――私それから逃げたんです」
「……あの祭事。いや試練と行ってもいいアレは簡単に言えば龍水様の力と戦わないといけないんだ」
俺の記憶通りのことを言われ――思い出すのは九頭竜の理不尽加減。
シナリオ的に三つ目に辿り着く信濃の国、そこのボスを務めた龍水様の力の具現。
「不思議に思ってたけど、祭りの正体はそうだったんだ。元が元な龍水が力を許されてるのは不思議だったけど、人に降ろしてたんだね」
「はい、それを打倒することで力を取り込み、龍水様の権能を行使する――それが豊穣祭の詳細です」
どんな力を持つ精霊も神も、人の世界で力を使うには制約がかかる。
それはあまりにも神の力が大きいからで、それを使うには人を眷属として恩恵を与えるのがこの世の摂理。
神楽に教えて貰ったが、神の力を宿せる人間など極少数らしいのだ。俺がそこに特化してたというだけで、神の力を宿すには基本的には縛りを結び対価を払いそれで漸く宿せるもの。
だからこの世界の多くの眷属達は、自分の器にあった精霊と契約して妖怪と戦っている訳なのだそう。
「……私はこの国の姫としてずっと龍水様の力を取り込むために鍛えてきました。ですが、あれと対峙した瞬間、死ぬのが怖くなって逃げ出して――今に至ります」
最後にそう自嘲気味――いや、完全に自分を貶めるようにそう言った彼女は、全てを話し終えたようだ。
「本当にこんな事に巻き込んでしまってすいません。本来なら私が役目を果たせば終わったことなのに」
「なぁ早苗さん、なんでそう責めるんだよ」
「だって、私の役目はそれですし……果たせてたらこんなことに夜見さん達を巻き込まずに済みましたし」
「いやそこじゃない、死ぬのが怖いなんて当たり前だろ」
俺はこの世界に気づけば転生していたから死ぬの恐怖なんて知らない。
それでも――前の自分のことを思い出すたびに思うことがあるからこそ、まだ死ぬのを軽々出来てないからこそそれが怖い。
前世の家族にはもう会えない。大事だった友達にもだ……だけど、今まで今世を生きてきた俺だから、神楽と真神達と出会って生きてきた俺だから、死ぬのが怖いのは理解できる。
「でも――」
「でもじゃない――それに、もう俺等を巻き込んだんだ。それなら最後まで巻き込んでくれ。謁見上等、最後まで嘘をつき通してやるよ」
「……なんで貴方は、出会ったばかりの私を助けようとしてくるんですか?」
「出会った縁があるからだ――それだけで十分だろ?」
「……夜見さんって、本当に馬鹿な方なんですね」
「え、酷くないか?」
結構良いこと言ったつもりなんだけど、なんか駄目だっただろうか? もしかして恥ずかしいこと言ったか? と不安になったが、悪い印象は感じなかった。
「でも、凄く優しい方です――夜見さんお願いします、どうか私と一緒に凪沙にあってください」
そして最後に早苗さんの依頼に、やることを決めた俺は頷いて――明日に備えてこの店で休むことになった。
[あとがき]
今回も読了ありがとうございます! これで中盤くらいかな? 本章はあと九~十話くらいで終わる予定です。
そして軽いご報告、本作の週間ランキングがジャンル別八位、総合十一位を達成しました! 目標であるジャンル別五位、総合十位はまだ遠いですが皆様のおかげで見えてきました。フォロワー様も六千を超え、☆も二千超えた本作ですが、これからも毎日更新を続けていくのでここまでの話が「面白い!」「続きが気になる!」と言う方は、★★★とフォローで応援してくれると嬉しいです!
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