閑話:朱雀を祀る不知火の姫君

 神歴八八六年夏、丹波の国の朱雀の地――そこでは祭りが行われていた。

 開催理由は単純で、次期頭首とされる不知火家の娘……不知火夏鈴しらぬいかりんが継承の儀を終え、朱雀の加護を持ってこの地に戻ってくるからである。

 そして、その吉報が届いたのはそんな祭りの準備の最中であった。


「――それは真か!?」


 その知らせが届いた瞬間の事、普段は礼節に厳しく表情を変えることのない龍馬は破顔して女中に食い気味にそう聞いた。


「はい、夏鈴様は無事勤めを果たしその身に朱雀様の加護を得たと」


「あぁ――苦節五年、やはり忌み子を捨てて正解だった」


 そんな事を漏らす龍馬の声音からは心の底からの歓喜が滲んでおり、それほどまでに夜見の存在が疎ましたかった事を感じさせていた。

 

「ということは父様、夜見は漸く死んだのですね!」


 届いた吉報よりも先に別のことで喜ぶのは不知火の三男坊、不知火大夏しらぬいたいが

 誰よりも夜見を疎ましく思っていたその少年は、姉が朱雀の加護を得たことよりも、実の兄の命が尽きたことに誰よりも喜んだ。


「あぁ、朱雀様が我等に再び加護を与えたという事はそういうことであろう」


「つまり僕も、加護を受けれると?」


「あぁ、アレが朱雀様に見放されて以降、精霊や霊獣が我等に見向きもしなくなった――だがそれも終わりだ。夏鈴が加護を得たというのならば、きっと我等も再び日の目を見るだろう!」


「本当に長かったですね、父様」


「大夏にも迷惑をかけたな、本来なら十になる頃には加護を得られというに」


「いえ、父様の苦労を考えればそんな事は些細な事です」


「やはりよく出来た息子だ。アレとは違う」


 夜見には一切浮かべることのなかった笑顔を息子に向けて、どこまでも夜見を扱き下ろす。それに一切疑問を持たない大夏は父と同じように喜び、その瞬間に屋敷の門が開かれた。


「――夏鈴様のお帰りです! 朱雀様を連れ帰還いたしました!」


 今日は祭りを開く予定であった事から集まっている本家のものと分家衆。

 そんな彼らが出迎えるのは、どこまでも整った容姿を持つ黒髪の灼眼の少女だ。

 彼女は炎の起源に愛され、誰も成すことが出来なかった朱雀そのものの加護を手に入れた不知火家始まって以来の才女。そんな彼女の肩には五色の輝く羽を持つ紅い鳥がいて、その存在感を放っている。


「おぉ! 帰ったか夏鈴よ!」


 門をくぐり不知火家に足を踏み入れた彼女を龍馬は出迎える。

 少し不機嫌そうな顔で誰かを待つ夏鈴は父親である彼に気づくと、表情を変えて対応した。


「えぇ、一年ぶりね父様。それで夜見兄様はどこ? 会いたいのだけど」


「あぁ、アレなら追放しもう居ないぞ? 今頃どこかでくたばっているだろう」


「――――ふぅんそう、死んだのね」


 告げられたその内容に、少しだけ表情を変えた夏鈴。

 それに微塵も気づく様子のない龍馬は、そのまま同意を求めるようにこう続ける。


「あぁそうだ夏鈴が継承したということはそういうことであろう! お前も嬉しかろう?」


「…………そうね。そうだ父様、帰ったばかりだけど、私ちょっと部屋に籠もるわ、まだ朱雀様が完全に馴染んでないの」


「……あぁ、確かになそれは仕方あるまい。祭りは二日行うのでな――元気になったら参加すると良いぞ」


 そうしてそれだけを告げて別れる二人。

 弟の大夏も姉を労おうと言葉をかけようとしたのだが、朱雀と共に足早に部屋に戻ってしまう彼女を見て疲れてるのだろうと判断し声をかけることはなかった。


――――――

――――

――


「……朱雀、貴方の言った通りね」


 不知火夏鈴に与えらている豪華な和室。

 どこまでも広いその部屋にはそこの主である夏鈴と先程まで鳥の姿をとっていた紅い髪の美女がいた。


「まあ人間なんて愚かなものだからな、まあ実際に追い出すとは笑える――すまん、冗談だから殺気を出すな、オレですら震えるぞ?」


「冗談でも止めて、元はといえば貴方が兄様を恐れたのが悪いんだから」


「恐れるなというのが無理だろ、四神全員すら余裕に受け入れられる器だぞ? 夜見様は絶対に普通の人間じゃねぇよ」


 防音の術がかけられたその部屋で自らの主となった夏鈴を見て弁解する朱雀。

 そんな彼女に呆れながらも睨む夏鈴は改めて状況を思い、溢れてくる激情と霊力を解放する。その瞬間に上がる部屋の温度、灼熱すら生ぬるいと思えるほどに地獄の業火のような炎が解放されて部屋を埋める。


「――私のなのに」


「あ、やば――オレ戻っていいか? 流石に主の癇癪受けたくないぞ?」


「――私の、私だけの夜見兄様だったのに。塵共が……絶対に許さない」


「おい、夏鈴様? あーだめだ、これ絶対に聞いてねぇ」


 自分の世界に入ってしまった夏鈴に対して諦めの極地に達した朱雀は、自分に火の粉が飛ばぬように消えようとしたのだが……。


「元はといえば、貴方が悪いわよね? 兄様に加護与えれば済んだ話でしょう?」


「いや、無理だって――夜見様はあの方のお手つきだし。というか今更だけど、夜見様は流石に死んでないよな? 死んでたらこの国終わるぞ?」


「兄様が私を置いて死ぬわけないじゃない」


「夜見様ほんと女難だよなぁ、言うとオレも好きだし……まあだから夏鈴様とオレ契約できたんだが……」


「利害の一致って素敵な言葉よね。で、この先の計画はあれでいいのよね?」


「あぁ、オレが夏鈴様を頭首にして不知火家を乗っ取るんだろ? で、夏鈴様は夜見様を婿にすると……うん最高に狂ってて面白いな!」


 さらっと会話の中で交わされる計画。

 これをもしも不知火家の者が聞いたら発狂するだろうなと思いながらも、朱雀は楽しそうに笑う。


「夜見様。オレの祠を毎日綺麗にしてくれて心の底から祈ってくれたオレの信者――ほんとはな、加護与えたかったんだぞ? でもさ――毎日縋ってくるあの姿が可愛くて、愛おしくて――本当に今の不知火家は邪魔だな。だから、ちゃんと壊せよ夏鈴様?」


「言われなくても。あぁでも、本当に私達が似てて良かったわ……ちゃんと兄様を取り戻さないとね」

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