第弐拾壱話:幽世の狐神

「あのぉ――やはり痛みますでしょうか?」

 

 チラチラと此方を心配そうに見ながらも顔を合わせてくれない狐の神様。

 なんて呼べば良いのか分からないが……そこは無難に呼べば良いだろう。


「えっと朧様……こそ大丈夫なのか?」


わたくしが……ですか? ――はい、貴方様のおかげで今は久方ぶりに気分がよく、瘴気も溜まっておりませぬので」


「……浄化できたんだな」


 戦っていた上の最後の俺の選択。彼女が苦しんでいるように見えたから、救うということを選びああやって無理矢理解呪したけど、あれでよかったのなら安心だ。


「――あーほんっとよかった」


 それを聞いてほっと一息。

 彼女が狂気に飲まれながらも野狐を守っていたのは見たし、本心じゃないかと思ってこその賭けだったが、助けられて本当によかった。


「――あの貴方様、どうして私を救おうとしたのですか?」


 安心して力が抜ける俺に向かって、彼女はそう聞いた。

 恐る恐るというか、心底びくついたそんな様子で俺の顔色を窺って……記憶を見た限り、優しい彼女がそうやって怯えるのが少し嫌だなと思うも、答えないといけないと思ったから俺は真っ直ぐと彼女を見つめて答えることにした。


「……なんていうかな、あの戦闘の中で野狐達を守ったのを見たし……それに自然を傷つけないようにしてたのみてさ、なんかおかしいなって――」


「それで――命を賭けたのですか? 敵対した私を救うために?」


「まぁ……うん、そうだな」


 改めてそう聞かれると我ながらよくやったと思う。

 でも……こうやって話せるし、何より何かを守ろうとした奴を傷つけるのは嫌だったからこうなってくれて嬉しい。


「……まだ少ししか話しておりませんが、貴方様はお馬鹿様なのですね」


「まってくれ? なんで今の流れで俺が馬鹿になるんだ?」


「ふふ、そういう所かと――ですが野狐達が、真神様が慕う理由も分かります」


 解せない、たまに神楽の奴にすら馬鹿にされるし……何がいけないのだろうか?

 いや……馬鹿は酷くないか? 俺結構命はったと思うんだけど。


「というかここって空気薄いが山頂か?」


「――はい、私の社である月蝕神社は朧山の山頂に座しておりますので」


「へぇ……それと気になったんだが、真神達はどこにいるんだ?」


「真神様達でしたら、森の果実を集めている所かと――私も手伝おうとはしたのですが、野狐達に止められまして……それで、貴方様の事を見ておりました」


 思い出すように顔に向かって指を立て、俺にそんな事を伝えてくる朧様。

 こうしてみると戦ったときの姿が嘘のようであり――それほどまでに、瘴気の影響がやばいということを理解した。

 

 あの夢が実際に起こったことなら、彼女は神の穢れを飲み込んだ存在。

 どれほどのものかは分からないが、あれだけ暴れたのを考えると相当なものなのが分かる。


 神を救うために穢れを飲み込んだという、彼女の想いからの行動。あまりに優しく友達思いだった彼女のことを考えると、自然と胸が痛くなった。


「あの私が待っていたのは、決して果物を集められないからではないのですよ? ただ野狐達が危ないと止めてくれたのと――あぅ」


 そして何を勘違いしたのか、彼女はそんな事を口走り……恥ずかしくなったのか顔を紅くして俯いてしまった。

 そんな彼女が少し可笑しくて、戦ったときのイメージとは全く違って、俺は自然と笑ってしまう。


「うぅ、笑わないでくださいませ――私だって、出来ることはあるのですよ? 料理は野狐達に任せてますし、基本は見守るだけですが……そうですお茶くらいは淹れられる筈なのです」


「……いや、大丈夫だって。というか墓穴掘ってるから落ち着こうぜ」


「む、その顔は信じておりませぬね? 分かりました。今すぐに淹れてくるので待っててくださいませ!」


「だから――って行っちゃったんだが……」


 良いって……と言おうとしたのだが、それより先に彼女は神社の中に入ってしまい俺がこの場に一人残された。

 ぽつんと残されて……なんか結構時間がかかりそうと思ってしまった俺は、ちょっとだけこの神社の境内を探索することにした。


「……悪い気がするけど、元々山頂は調査したかったしな」


 そんなこんなで軽く境内を見渡しながら何かないかと探すことにする。

 右側神木であろう大きい木、鳥居付近には狛犬の代わりに狐が置かれ……社の奥には、鏡がある。


 流石に本殿に勝手に入るのは無礼だから入らないが、一通り周りを見て普通の神社とあまり変わらないことに気がついた――これ以上は何もないと思い、元の場所に戻ったんだが……。


「……野狐?」


 戻った場所にいたのは……なんか満月の様な色の毛並みをしたかなり気品のある狐だった。月を象った装飾を頭に着けたそいつは、俺を見たかと思えばこっちに来いと言いたげに歩き始めた。


「……着いてこいで、いいのか?」


「そうじゃ、はようせい。全く、これだから人間は」


「喋っ……た?」


「言葉ぐらい喋るだろうに、それより朧が来るまでに話をしたいから急げ」

 

 というか、実際に着いて来いって言われた。

 確かに野狐が喋ってたのはさっき見たけどさ、急に喋りかけられたら驚く。


 急に現れたそいつ。 

 不審だし、警戒した方が良いがこいつは神威を少量だが持っており……なんというか敵ではなさそう。それに朧様のこともしてるっぽいし、今はとりあえずついて行くことに決めた。


「……よし、ここまでくれば大丈夫だろうな」


 そして案内されたのは神社の階段から降りた死角になるような場所。

 そこには小さな祠があり、そこの前に座ったかと思えば……その狐の姿が変わる。

 

 変わった姿は白髪の幼女。

 どこか神楽をちっちゃくしたような印象を浮かべさせるその幼女は、俺を見ながらもふんぞり返り……唖然とする俺に向かってこう言い放った。


「妾は月詠……その分霊だ――さて人間よ、妾と話をしようではないか」

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