第弐拾話:辿る神代の記憶
『来たれ朧よ、妾の神使……神友よ』
朧月が浮かぶ夜空の下で、
……その日の彼女は、寂しそうで消えてしまいそうな程に儚げに笑い私の事を撫でてていた。
『妾はもう長くない、幽世の瘴気に触れすぎた』
……薄々、そんな事は分かっていた。
神の中でも夜と月を司り、瘴気を抑えるという役目を担っていた彼女は、他の神よりも荒魂に堕ちやすく、その限界が来たのだろう。
『だから、妾の事を忘れて欲しい。堕ちた神の記憶など持ってても良いことが無いのでな』
『いやでございます……私は、朧は絶対に貴方様の事を忘れたりなど』
『そう言うな。妾が堕ちれば、神使である
彼女が私を思って言っていることは分かる。
だけどそれは嫌だった。私が彼女を忘れることも、彼女が魔性に近づき荒魂になった姿も見たくない。
『それにな、
神友同士のお願い事ではなく、心の底からであろう私へのその頼み。
彼女の事を想うのならば、それは――受け入れなければいけない。
でも、だけど……私は、それでも
『――ッ朧狐が、月詠様の瘴気を飲んだぞ!?』
『――逃げろ逃げろ! ――あれに近づくな!』
『封印は――ッ無理だ、このままでは!』
だから私は神葬の儀で生じた彼女の瘴気を飲み込んだ。
同じ気質の私なら、彼女の穢れも耐えられると思ったから――でも、私の誤算はそれからで、原初の神である
使いである神使から元の災禍の獣に私は戻った。しかもその際、彼女の権能の一部すら奪ってしまい、元とは比べものにならない化け物に変質した。
誰も止められないその私はある神に倒されたのだが、瘴気が体を生かして死ぬことが許されず――とられた手段が、
『――三貴子である月詠尊より命ずる。月喰らい大罪を犯せし、月白朧狐を神として現世に送り土地を与える――これから先禍津日として生きるが良い』
――それからは私は神になり、月蝕という村で祀られた。
それが私の贖罪の始まり、神友から月を奪い彼女の思いを裏切り傷つけた反逆者の末路だった。
――――――
――――
――
誰かの――いや、朧狐のその記憶を俺は何故か夢で見た。
意識が戻れば、柔らかい何かが下にあることに気がつく――何だと思って目を開ければ、あわあわとした表情を浮かべた月白色の髪に狐耳を生やした美女とバッチリと目が合った。
なんか、いっそこっちが心配になりそうなくらいには動揺して、誰かに助けを求めようとする彼女を見て、起き上がれば頭ぶつけそうだなぁと一気に毒気が抜かれた。
「……えっと、大丈夫か?」
「っひゃう――」
顔色を窺ってから声をかけたのだけど、驚いたのか彼女の体が跳ねて下がり、俺はそのまま膝枕から脱出は出来たものの、重力に従ってそのまま地面に頭をぶつけた。
ゴッと……響き渡る鈍い音、あまりにも無様に頭をぶつけ痛みを覚えた俺はというと……。
「ッいっ――痛った!?」
痛みから反射的に起き上がり、そのまま立ち上がり頭を抑えた。
血は出なかったものの角張ったなにかにぶつけたせいで――冗談抜きで痛かった。
「あぅぅ、申し訳ありませぬ申し訳ありませぬ! 殿方の声を聞くなど数百年はなくて、驚いてしまって!」
「……気にするな、それより落ち着いてくれ。こっちが心配になる」
ぶんぶんと頭を下げて謝る正体不明の狐族の美女。
大人びた見た目の銀の着物の彼女は、その身長も相まって出会ったときの真神より長髪で髪色と同じ綺麗な月白色をした九本の尻尾が生えている。
儚げな印象を抱かせるが、少し見ただけでも顔を赤らめその慌て様から他人に慣れていないように感じられた……というより、怖がっているというか? 探ってみても言葉が見つからないが、遠慮しているというなんといか……そんな感じ。
そのまま彼女と話そうにも話題もなくて難しかったので、ひとまず自分がどこにいるかを確認するために周りを見渡した。
まずそれで目に付いたのは古ぼけているもしっかりとした手入れが成された神社の社。かなり大事にされているのが分かるほどに、綺麗に掃除されていてお供え物も真新しい。
「……なんで神社に?」
「私の社でございます――倒れた貴方を真神様と野狐達と共に連れて参りました。遅れましたが、私を浄化していただき心からの感謝を」
「…………待って誰の社だって?」
「あ、えっとぉ私のですよ?」
「……つまりあんたが、朧狐?」
「はい――月蝕村の
……そう言って、彼女は恥ずかしそうに――しかし少し、自嘲気味に笑ってそう言った。
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