第弐拾弐話:月神との対話
「朧に会うわけにはいかないからな、早く用事を済ませよう」
神楽の面影を残すような、月詠と名乗った幼女。
……神話に疎い俺でも流石の俺でも知っている神様だし、そんな有名であり位の高い神の名を騙るなんて事をする者などはいないだろうから、信じてはいいはずだろう。
「月詠様は、俺に何の用なんだ?」
「そうだな、単刀直入に言うのなら妾の友である朧を救ってほしいという事だ」
「……救うって、今は正気の筈だろ」
さっきまで接していた姿を見るに、今は最初会った時と違って正気の筈だ。
……少なくとも、襲いかかってくるような様子でもないし、ちゃんと話すことが出来る。それにどこか抜けたようなあの様子で何か隠せるようには思えないし……。
「確かに朧の自身はな――しかし、それでは駄目なのだ」
「……詳しく聞かせてくれないか?」
「お前が浄化したのは、朧自身に溜まっていた瘴気のみだ。彼奴の魂の根本が穢れている以上、また瘴気は溜まるであろうな」
「月詠様、それはどこにあるんだ? 俺がそれを祓えば……」
咄嗟に俺はそう言った。
一方的に朧様の心情を知ってしまった俺だから、優しい彼女が苦しむのが嫌だ。だから助けるためにもそう聞いたのだが……。
「そうだな、祓えれば……確かになんとかなるであろう。しかし、お前はどうやって魂を浄化するつもりだ?」
「えっと……確かに」
「すぐに他者を救うとするのは美徳だろうが、もう少し考えるがいい。まぁ、そんなお前だから妾と違ってあの瞬間に朧を助けることを選んだろうがな……」
そういった彼女は少し自嘲気味に笑い、そしてそのまま話を続けてくる。
「妾の穢れを喰らった朧は、もう限界なのだ。妾すら蝕んだ穢れを全て一身で受けた彼奴は数千という時間を耐えてきたが、最近は暴れるようになってしまった」
そして語られるのは彼女の状況。
神という器に彼女を縛ることで、人間の信仰を燃料に暴走を抑えるという手法をとったらしいのだが、ここ数年溢れる穢れが信仰を上回り暴れるようになったそう。
「放置すれば、朧は最悪の妖魔になるだろう――元が妾の神使であり、穢れと共に妾の権能を手に入れた彼奴が魔性に落ちれば、どれほどの被害が出るかも分からぬ」
俺は彼女が語った朧の……その末路を知っていた。
原作の時間軸で彼女が突如現れる災害として登場し、数多の被害を出した天災として主人公……つまりはプレイヤー達と対峙した。月詠様が語った事が真実ならば、あれは彼女に限界が来た事によるものだろう。
そして、そこまで彼女の危険性を語った月詠様は神だというのに頭を下げ、真剣な声音で続けた。
「妾にはもう時間が無い、朧を頼めるのはお前だけなのだ。魂を浄化するための術は与えるそれだけの褒美も貴様に贈る――だから、どうか妾の一番の神友を救ってはくれぬか? 受ける義理が無いのも分かる……しかし、どうしても妾は」
語る彼女からは最初の堂々とした態度が完全に消え、弱々しく頼み込んできた。この頼みはあまりにも責任が重い、一歩間違えれば日ノ本を脅かす存在を生み出すことであるし……何より彼女が伝えたとおり、そんな責任を負う必要も義理もない。
「……なぁ頭を上げてくれ月詠様、乗りかかった船だ……それに一度助けた以上さ、俺は朧様に笑ってほしい。まだ本当に短い付き合いだけどさ、あの
でも、だからといって助けない理由はないのだ。
今言ったとおり、俺は彼女を助けたい。記憶を見たってのもあるが、この二人には笑ってほしい。彼女を思った月詠様も、そんな彼女を救うために命を賭した朧様も。
「だから任せてくれ。俺は支援特化だけどさ……少しはそれが得意だしさ」
「本当に、よいのか? 相当な無茶を頼んでいるのだぞ?」
「だから良いって……でも、その代わり条件がある」
「――何でも聞こう、今の妾に出来ることならな」
「よし、ならさ――朧様に会いに行こうぜ? 最初の口振りからして、ずっと会ってないんだろ?」
俺が目指すのは皆が笑顔のハッピーエンド。
俺なんかがと、おこがましいすら思うけど、二人には報われてほしいし……俺が一方的に朧様を助けるってのは駄目だ。何より、そんなことしたら神楽の奴に怒られるかもしれないし……。
「……むぅ、しかし――妾に会わせる顔など」
「駄目だ。何でも良いんだろ? だったら会って貰うぞ」
「きっ貴様不敬だぞ、妾がずっと悩んでいたことを!」
「……だったら受けないからな、月詠様が朧に会うのが条件、それ以外の褒美はいらないぞ俺は」
これだけは絶対に譲らない。
……何が何でも例え何を積まれたって、二人が会わない限り俺が手を貸すつもりはない。成功する自信なんて無いけれど、助ける決めた以上何が何でも助けたいから。
「はぁ――我ながら厄介な馬鹿に頼んだものだ。分かった……朧に会おう」
「よし、依頼成立だ――じゃあ早速会いに行くぞ」
「待て、貴様には心の準備という概念が無いのか? ――神にだって心はあるのだぞ!?」
最初は人間やお前と呼んでいた彼女だったが、完全に動揺してか貴様呼びになってる。心を許してくれたって事か分からないが、少し距離が縮まったように感じた。
「時間ないだろ、朧様はお茶を淹れて待ってるだろうし、多分俺の事探してるだろうから」
「あぁ……それは大丈夫だな、彼奴はお茶すら淹れたことのない箱入りだ。今頃狐火で沸かそうとして火事でも起こしているだろう」
「それ、もっと不味くないか!?」
「……む?」
そう言われ気づいたが、確かに遠くから何かが焼けるような匂いがする。
それを感じた俺は、月詠様の手を取ってそのまま神社の本殿に急いで向かった。
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