第壱拾捌話:誰かの追憶

 殺し、奪い――血肉を喰らう。

 牙を使い、尾で突き刺し、爪を使って命を削る。


 ……己が作った夜の闇。

 わたくしを閉じ込める檻の中で、守るべき筈の命を狩っていた。

 嫌なのに、そんなことをしたくはないのに、あの方から受け継いだこの土地を守らないといけないのに――本能が、汚染された体が止まってくれない。


 ――大好きなのに、大切なのに、皆を守らないといけないのに。

 嫌だ嫌だと駄々をこねるが、もう止まることは出来ない。


 吐き出した肉片を疾駆する私の躯が踏み潰す。

 口から溢れた血の雫が、跡を残して――私の罪を自覚させられる。

 ……ごめんなさい、こんな神様でごめんなさい。でも……耐えられないのです。


 醜悪で害悪で――私の全てが、あまりにも気持ちが悪い。褒めてくれた月白の毛並みは血に濡れて、瘴気のせいか黒い神威を放っている。

 もう楽になりたいのに、死ぬということだけは許されず。


 躯が痛い、誰かの責める声が聞こえ――それと同時に、もっと喰らえとそんな声が囁いて。もっと本能に従えと、全部壊せと甘く誘惑してくる。


 怖い助けて。

 誰か。


 ――誰かわたくしを、殺してください。


 誰も助けてくれないと分かってるのに、死にたいのに……と。

 私は紅い月の下、今日も虚空に吠えていた。

 

――――――

――――

――


「ッ――う――なんだ、今の――夢か?」

 

 飛び起きて目を覚まし、相変わらずの紅い月明かりを目にする。

 悪夢……というより誰かの記憶、助けを求めるその記録に頭の中が混乱する。

 ……何時間寝たか分からないが、汗をびっしょりと俺はかいていて、何より自分が体験したかのようだ妖怪を殺す感覚に気持ちが悪くなる。


 漠然とした嫌な予感がするも、布団から出て真神に声をかけようとした所で気がついた。


「……真神?」


 どこを見ても、彼女がいないのだ。

 布団の中には勿論おらず、部屋を見渡すも気配が無い。

 心配だった俺は一回の受付に戻って宿屋の主に真神の所在を聞いた。


「……真神というと、黒髪の獣人の方ですよね?」


「はい、起きたらいなくて――どこ行ったか分かりますか?」


「あの方でしたら……三十分ほど前に何やら山の方へ向かうと行っていました。あるじが起きたら心配しないでと伝えておいて、という伝言も預かっています。今の山は危険なので止めはしたんですが……」


「――助かります」


「探すのならば山は暗いので、この提灯をお使いください」


 そういった話を聞いた俺は、宿屋を出て村の反対側から山を登ることにした。

 村からどんどん遠ざかり、家が減ったところで反対側の柵がある場所に出る――それを俺は飛び越えて、参道に出たのだが――少し歩けば瘴気を感じた。


 御業のおかげか瘴気の耐性を持っている俺ですら毒と感じるようなそれ、何かと思って先に進めば、少し遠くに横たわる大蛇を見つけた。


「――この傷、真神じゃないよな?」


 恐る恐る近づいて、俺はその死体の異様さに気づく。

 瘴気を発するそれの体には幾つもの穴が空いていた。まるで何か鋭いものに串刺しにされたように大きな穴が沢山。


 あまりに惨い殺し方、どう考えても真神ではないやり方にやばい奴がいると悟る。そしてその殺し方に感じる既視感に、やはり朧狐がいるということを理解した。


 だとしたら時間が無い。

 真神が強いのは知っているが、相手はエンドコンテンツの厄災だ。

 だから怖いが行くしかない、真神に何かあったら神楽が悲しむし俺も家族である彼女が傷つくのは嫌だから。


「血の跡はあっちか……」


 点々と続く血の跡、それを道しるべに家族を探す。

 辿るたびに目に付く死体の数々、どれもが雑に殺されていて……理性を一切感じられない。何よりその全ての死体が異常なまでの瘴気を放っており、そこから新たな何かが生まれる可能性があった。


 だから俺は、それを霊術で浄化しながらも進むことになっていた。

 少し疲れながらも耳を澄ませば、水音が聞こえる。

 川でもあるのだろうかと……そこまで進めば、何かの気配を複数感じた。そして探していた相手である真神の気配も。


「……あるじ?」


「探したぞ真神――ってなんだその子達」


「野狐達……呼ばれたから」


 そこにいたのは川で水浴びをする真神と、そんな彼女を囲う野狐の群れ。

 白い月白色の狐達が集まり、急に現れた俺を見て警戒している。


「だれだー?」


「にんげん?」


「かえれー」


「いま水浴び中だぞー!」


 そして俺を見るなり、真神を守るように立ちはだかり俺の視界を遮った。

 心配で慌て駆け寄ったから気にしてなかったが確かに真神の裸を見るのは不味い、だから俺は目を逸らして、着替えるように頼んだ。


「……気にしないのに」


「俺が気にするんだよ……とりあえず言ってくれてありがとうな、野狐の皆?」

 

 そうして礼を伝えれば、顔を逸らした方に集まる野狐達。

 彼らはすぐに人に化けて、俺の顔を覗いてきた。


「……いいやつ?」


「なんか冴えない」


「ほんとにまかみのあるじ?」


「あそんで、あそんで!」


 そういって狐耳の子供達が一斉に集まり、俺へと話しかけてくる。

 布きれのような服装の八から九歳程の子供達、それらは無邪気に笑いながらも――そんな中一人の少女が俺の手を引っ張ってきて、


「ねぇにんげんつよい?」


「一応? 自信ないけど、ある程度は戦えるぞ?」


「なら、おぼろさまたすけて」


「おぼろって、月白朧狐のことか?」


 朧という名前で心当たりのあるのはそれのみ。

 どういうことかを聞くためにその子の話に耳を傾ける。


「おぼろさま、くるしんでる。ひとりでわたしたちまもって、だからたすけて」

 

 そしてその言葉を伝えられた瞬間の事だった。

 ……何か莫大な力を持つ気配を感じ、この場に突風をまき散らしながらもそれは現れる。


「ッ――なんだ?」


 真神と俺の間に入るように現れたそいつは、あまりにも美しい毛並みを持つ月白の九尾の狐だ。血濡れたそいつは、明らかにまともじゃない銀色の輝く瞳で俺を睨み……目が合ったその瞬間に、俺の視界は暗闇に閉ざされた。 

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