第壱拾漆話:月狐の噂

 門番……というより警備の人に案内されながらも村を歩く。

 夜に閉ざされているだろ月蝕の村。どういう暮らしをしているのかと思って周りを見渡しながら歩いているのだが、なんというか村の空気は平和そのものだった。


 村を走り回り遊ぶ子供に、こんな夜中にも関わらず何事もなく働く大人達、もうこの異常な状況になれているのか村人達はこの状況での日常というのを過ごしているように見える。


「着いたぞ、村長の家だ」


 案内されて辿り着いたのは村の中でも目立つ一回りは大きい家。

 言われたとおりここが村長の家らしく、警備の人が扉をノックして中からの返事を待つのを見守った。


「誰ですか?」


 聞こえてくるのは、若い女性の声。

 はっきりとしていて少し澄んだその声に彼は言葉を返す。


「俺です村長、龍水様の遣いを連れてきました」


「もう来たのですね、今開けます」


 扉が開かれ俺達が先に通される。

 中に入って出迎えてくれたのは、紅い瞳の黒髪の女性だった。村長と聞いていたが見た目は若く、二十代ぐらいにしか見えない。

 緊張している……いや、俺達の事を警戒しているのか表情は少し硬い。


「……思ったより若い方が来たのですね。私は月蝕結月つきばみゆづき、一応この村の村長をやらせて貰っております。男性の方が夜見さんであっていますか?」


「そうですね、俺が夜見です。で、こっちが」


「真神だよ」


「よろしくお願いしますす、では茶室に案内しますね」


 そうして、俺達は彼女に茶室に通されて軽いお菓子を出されながらも話をすることにした。


「確認なのですが、貴方達はこの村の異変についてどこまで知っていますか?」


 聞かれたので龍水様から貰っていた情報を話す。

 隠す必要も無かったので覚えていることをしっかりと伝えれば、彼女の表情は少し柔らかくなった。


「――大体あっていますね。挨拶が遅れましたがよく来てくれました」


「こちらこそ……一週間ほどになりますが世話になります」


「はい、それで早速になってしまいますが、何があったかをお話ししましょうか」


 結月さんは一呼吸置いてから何があったかを語り始める。

 思い出すようにして、ゆっくりと……原因だろうその日のことを。


「あれは皆既月食に包まれる寸前のことでした。この村の特産品である陽糖黍の様子を私が皆と確認しに行けば、その瞬間にこの山と村一帯が夜に包まれたのです――そして、私はその瞬間に巨大な狐を見ました」


「……狐?」


「えぇ、はい――月白色の毛並みを持つ九尾の狐を私のみが目撃しました。山頂で吠え、夜を連れてきたあの姿は今も記憶に残っています」


「――それが原因だと?」


 話としては狐が現れ山頂で吠えたというもの。

 偶然……とも思えるかもしれないが、俺の前世の知識がそれを偶然だという可能性を否定する。でも、それは――あり得ない。


「私はそう考えております――しかし、これは村人には伝えておりません。話すのは貴方達が初めてですね」


「なぜ村人には伝えていないのですか?」


「夜見さん……貴方はこの村に祀られる神格をご存じですか?」


 一呼吸を置いて、彼女はそう聞いてきた。

 頭に過る可能性、だけどそれはいてはいけない。完全に忘れていたが、俺はこの村と狐については心当たりがあって、その存在の脅威を誰よりも知っていた。

 でも気のせいかもしれないから、首を横に振り……彼女の言葉を待つ。


「――この村は昔から月白朧狐げっぱくおぼろきつねという九尾の狐を、それに伴って狐達信仰してきました。それに近しい何かが原因で異変が起こったなど言えるわけがなく……こうして外部の者に調査を頼んだのです」


 ……やはり、出されるのはその名前。

 それは――今出された存在は、前世で【かみかぐ】をプレイした俺からすると決して忘れられない、理不尽な最悪の一つだった。


「……あの顔が青いですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫です――それで、俺達はどうすれば?」


「夜を連れて皆既月食の世界を作るなど、かの神にしか出来ない芸当――どうか、朧狐の調査をお願いしたいのです」


「了解……です。依頼を受けますね」


「ありがとございます。宿屋には伝えおりますのでそこに泊まってください」


 そこで話は終わって、俺達は村長の家を出て村の宿屋に向かうことにしたのだが……俺の表情は優れなかった。

 なんで忘れていたのだろうか? ……月蝕村という名前を、そしてそこに住む最悪の存在を。


「あるじ……大丈夫?」


「あぁ、うん大丈夫だ……真神こそ、さっきから何考えてるんだ?」


「ちょっと気になることがあって――気にしなくていい」


「そうか、なんかあったら言えよ?」


 宿屋にそのまま歩いて行き、俺達は部屋に通される。

 疲れていたのか真神はすぐに寝てしまい、それを見守った俺は考えに耽る。


 ――月白朧狐、それは【かみかぐ】に存在する厄災の一柱

 あのゲームにおいてランダムで遭遇する災害で、そいつは夜と共に現れる。

 立ち位置としてはエンドコンテンツの敵であり、推定レベルは拾。それもステータスをカンストさせた上でなお勝てないとされるバグみたいな存在の一匹だ。


 そしてその存在のテキストにはあることが書かれていた。

 ……その厄災は月蝕の滅びと共に解放された、と。ゲームでは意味が分からなかったそのテキストだが、こういして現実になった世界だと分かることがある。


 あの狐のゲーム本編での出現はこの村が関係あると。

 本来なら絶対に受けてはいけないだろうこの依頼。

 だけど――知らなければと思ってしまった。村長である結月さんの言葉が確かなら、朧狐は神の筈だ。それが後の世界で天災になるなど余程のことがあったはずだ。

 

 責任なんてないはずだけど……知っている俺には義務がある。

 だってそれを解決しなければあり得ない量の人が死ぬから――知っているものとしてそれは防がないといけないから。


「死ぬかもな、俺」


 この先に何があるかなんて分からない。

 あの理不尽と対峙したら今の俺では負けが確定しているし、あれは鬼畜そのもので、生き残る未来なんて見えない。

 

「――でも、やらないと」


 もしこの村から出た朧狐が信濃に来たら神楽に危害が行く。

 だからそれだけは防がなきゃいけなくて――失敗なんか許されない。

 そんなことを思い、俺の意識はゆっくりと落ちていった。

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