第壱拾陸話:月蝕の村

 信濃国から出発して四日目、やっと辿り着いたのは月蝕村があるとされる山の麓だった。御者の話によれば、この山は武蔵国の中でも一番大きなものであり、千五百メートルはあるとか。

 一応、火山とかではないもののかなり妖怪が多くて危険らしくこれ以上は馬車で進めないということらしい。


「ありがとうございます――えっと、また一週間後にですよね?」


「――そうですね夜見殿、どうか気をつけてくだされ」


 俺と真神は馬車を降り、ここまで付き添ってくれた御者に礼を告げて、彼と別れて山の中に入っていった。


 山に入って少し経ち、無邪気に探索する真神と一緒に山中を歩いていた。

 村があるのは山の中腹であり俺達の体力とかを考えると、多分目的地には一時間ぐらいあれば着く……調べることが色々あるのだが、その前に気になっていることがあった。


「……完全に、今昼だよな」


 空を見上げれば驚くほどの快晴。

 日は燦々と輝いて、今の時期が夏ということもあってかかなり暑い。正確な気温など分からないが、二十三度はあると思う。

 

「日は、のぼらないって聞いた」


「だよなぁ……龍水様がそこを間違えるわけないだろうし」


 今の時間は正午を少し過ぎたぐらいだ。

 山に入って結構経ったが、このまま進んでいれば夜になる前に着くだろうし、何よりやっぱり日が出てるのは情報と違うので違和感がある。


 元気に鳴くホトトギスだろう声も聞こえるし、完全に平和な山だ。いるとされる強い妖怪も見当たらないので、二人して変だなと思いながらも歩き続けてまた少し経ち――月蝕村の看板が見えたその瞬間の事、空間が歪んだ。


 空気が変わりまず感じるのは肌寒――夏の気温を感じられなくなり、先程まで聞こえていた鳥のさえずりの一切が消える。

 わかりやすい異常に辺りを見渡し警戒する。

 心配になり、少し前を歩いてい真神を見れば――彼女は空を見上げて立ち止まっていた。


 俺もそれに釣られて空を見上げれば、そこには――。


「――皆既月食?」


 暗い夜の中で空に輝くのは薄ら赤い満月。

 ……ほんの少し前まで朝の日差しに満ちていた山中には夜の帳が降りており、どこからどう見ても夜となっていた。


「あるじ、これ……結界」


「……視てみるか」


 真神が何かに気づいたようなので、俺はさっきの境を軽く視る。

 するとそこには俺では看破できない高度な結界? のようなものが張られていた。

 看破不明、詳細不明。試しに少し戻ればそこは相変わらずの昼の景色……つまりは出入り自由の結界だが、それだけではないように感じる。


「……これが夜の正体なのか?」


「…………あるじ、嫌な予感する」


 二人して飲み込めない状況の中、理解できない結界の主がいることだけは分かった――そして、夜になったということはここから先は妖魔の時間だ。


 俺等の事を試すようにそれは現れる。


「ふごっぐが――ぎゃぁ!」

 

 現れたのは二足歩行の猪面の妖怪。

 牙で作られただろう雑な作りの武器を持っていて、見るからに正気を感じない。野生に近いということもあるだろうが、体からは普通の妖怪以上の瘴気を放ち、目が血走っている。


「あるじ……任せて」


「いや、俺も戦うぞ」


「だいじょうぶ、真神は強いから、見てて」


 ――彼女が言った瞬間に姿がぶれる。

 そして、次に妖怪を見た時そいつの頭部が消えて地面に転がっていた――音すらなく、それは成されたのだが……転がった頭部には五本の爪痕が刻まれていて、強引に頭をはね飛ばしたようにも見える。


 ……その光景に、なんで俺は彼女に勝てたんだろうと心底疑問に思う。

 こんなことされていたら俺即死していただろうし、あの森であった真神が理性で抑えていた部分に感謝した。


「――終わった」


 彼女はそう言ってすぐに俺の元にまで戻ってきて、頭を下げて撫でろと伝えてくる。その姿は可愛らしいが、先程所業を見ると少し頬が引き攣ってしまった。


「真神、強い?」


「強いな、うん……強い、この先も頼っていいか?」


「うん、任せてあるじ!」


 尻尾を振りながら元気よく答える真神。

 それから先の村までの道中、結構強そうな妖怪も出たけど全てが彼女に瞬殺されて……これ俺いらなくないか? と自分の存在理由が不安になった。

 

 一応それのおかげで問題なく村まで着いたのだが……なんというか、任せっきりで罪悪感すら覚えてきた。


「……俺必要かなぁ」


「あるじいないとやる気でないからいる」


「そっかぁ……なら必要かぁ」


 俺がいる理由はあんまり分からないが、真神のおかげで苦労なく進めるのは確かだ。だからそこは良い方に考えて後で真神にお礼すればいい。


「村が見えてきたな」


「警備の人いる」


「流石にいるよな、ちょっと話してくる」


 やっと辿り着いた月蝕つきばみ村。

 やはり妖怪が多いということもあってか、警備の人がいて村を守っているようだ。


「……なんだあんたら、この村になんか用か?」


「俺達は龍水様の遣いで来たんだが、何か聞いてないか?」


「つまりあんたらが調査に来てくれた万屋か、待ってたぞ村長の所に案内しよう」

 

 さすがは龍水様だ。

 事前に話を通してくれてたのかすぐに村に入れるようになっていた。 

 そのまま少し案内されて村を歩いていたが、ふと何かを思い出したかのように彼は言う。


「まぁ、なんだその前に……ようこそ月蝕村へ、何もない村だがくつろいでくれると嬉しい――あんた達に月蝕の、狐様の加護あらんことを」

 

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