第壱拾伍話:馬車の旅路

前話を少し修正しました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 依頼を受けてから四日、俺は目的地である武蔵の村へ続く馬車に乗り外の景色を楽しんでいた――いや、楽しむしかなかった。


「……快晴だなぁ」

 

 確かに依頼は受けたけど、あまりにも準備が早すぎる。

 なんか朝起きて朝食を出されたかと思ったらあらよこれよのうちに馬車に乗せられ長旅へ……森や山ばっかりの景色を抜けながらも、久しぶりにのる馬車の感触に体が慣れない。

  

 もうちょっと準備がしたかったと思うけど、龍水様のお菓子への執着を考えると当然と言えば当然だった。情報集めたかったのに即日速攻速出発はあまりにも予想してなかったし……何より。


「……おしり、痛いよ、あるじ」


「慣れないもんな仕方ない」


 ……依頼に出発した後で追いついた真神は、最初は初めて見る馬車と自分で走らないという経験に心躍らせ落ち着きがなくなっていたが、四日目となると流石に堪えるようで……なんかもう色々可哀想なくらいにしゅんとしていた。


「……それにしても馬車かぁ」


 最後の馬車の思い出は一年前。

 あの魔瘴の森に送られた人生の中でも最悪の長旅、あれがなければ神楽達に出会えなかったとはいえ、殺されかけて死にかけたという経験は未だに残る俺の傷の一つ。


「……あるじ、大丈夫?」


 嫌な事を想いだした俺に対して、真神が声をかけてくる。

 心配そうに俺に目を合わせてから近づいてきて、俺の膝に座ってきた。そんな彼女は顔を上げて俺を見上げている。


「まあ、大丈夫だ。気にすんな真神」


「……でも、悲しそうだった」


「あーちょっと変なことを思い出しただけだって……」


「そう……なんだ」

 

 咄嗟な言い訳、真神を心配させないようにそう言ったのだ……何故か彼女はより表情に影を落とす。真神にとっては初めての一緒の遠出なのに、悲しませてしまったことを悔やみながらも安心させるために彼女の頭を撫でた。


「そうだ真神、依頼終わったら観光しようぜ?」


「……観光?」


「ああ、御者に聞いたがその村の近くには織物とか美味しい肉料理があるらしいぞ、神楽のお土産を買いつつ色々食べ歩こうぜ?」


「わかった――うん、観光する!」


「よし、じゃあそうと決まったら村に着いたら早速調査だ。頑張るぞー!」


「おー!」


 彼女を元気づけ、依頼後の予定を決める。

 そのままもうすぐ着くらしいので降りる準備を始めつつ、一応渡された情報が記された紙を見ながら頭の中で反芻する。


 一つ目、目的地は月蝕村という場所

 二つ目、その月蝕村付近に朝が訪れないこと。

 三つ目、それは三ヶ月前からの出来事であること。

 四つ目、野狐やこが多く発生しており、周辺の人を襲っていること。

 ――そして、五つ目。上記の出来事のせいか作物が育たず甘味が高くておやつが減る(重要)とのことらしい。


 最後の記述に関しては龍水様らしいが、それに関しては万屋夜見全体の死活問題なので確かに重要なことである。前にも思ったが、甘味が高いとおやつが減る。つまりは神楽の笑顔が見れなくなるということなので、まじで大変。それはもう凄い大変なのだ。


「――依頼頑張ろうな」


「うん! 終わったらあるじとでぇとー!」


――――――

――――

――

 

 戸隠神社の鏡池。

 木が生い茂る大自然のその中、木漏れ日の下で神楽は龍水の眷属が淹れたお茶を嗜みながらも彼女と話して――いや、とても不安そうな面持ちで夜見の無事を祈っていた。


「なにをそんなに不安がる、自分の眷属の力ぐらい信じよ」


「……そうだけど、武蔵には神様が多いから。それに私の気配は感知できないようにしてるからちょっかい――いや、寝取られないか心配」


「……貴様は夜見と寝たのか?」


「――まだ、だけど。夜見から求めて欲しいから我慢してる」


「寝てからいえ、花を咲かすな」


「……酷いと思う」


 妥当だ……そう言って吐き捨てた龍水は、しょんぼりする神楽を見ながらもなおそわそわと眷属を心配する神楽を見て呆れ始めた。


「そういえば、村ってどこ? ――依頼するとき言ってなかったけど」


「月蝕だな、主な陽糖黍の栽培地域はそこだろう?」


「ねぇ、龍水――貴方ふざけてる?」


 月蝕……と、その名前を龍水は唱えたときのこと、翌日の神威を放った時以上の圧が龍水を襲った。それは最早圧と言うより殺意といった方が良いほどのなにか、彼女の足下からは瘴気が溢れ、この神域を侵し始めた。


「何、至って真面目だぞ? 貴様の眷属の力を試したくてな」


「――あの付近に祀られてるのが何か忘れたの?」


「落ち着け、そんなもの貴様と同じ禍津日であろう? ――いや、正確には神に堕とした月喰らいの原初の天災だったか、丁度よかろう?」


 より濃い殺気が神楽から溢れ出す。

 ……それを受け手も素知らぬ顔をして過ごす龍水は、梨を囓りながらも落ち着くように促した。


「違う私が怒っているのは夜見を騙したこと、彼は貴方を信じてるから――そもそも、よく真神の前でそんなことが出来たね」


「ギリギリだったぞ、真神は嘘を看破し喰らうのでな、だから情報を隠したのだ。吾ながら策士であろう? ――しかし、思ったより冷静だな。やはり貴様は神楽だ。貴様の眷属を死地に送ったというのに淡泊、冷酷な部分は変わらぬか」


「――そこに関しては怒るつもりはない、夜見は死なないから」


「ふっ強がりか?」


「違うよ、私と夜見は死んでも離れない――でもそれ以前にね、夜見は私を置いて死なないの――それは絶対だから」


 そう言って神楽は笑った。

 はっきりと一切の疑いのない声音で、琥珀の瞳で龍神を見据えて――何より自分の大切な覡を眷属を想って。


「くはっ、くはははは――まるで生娘のような盲愛だな! 本当に貴様は神楽なのか? 冷酷で無慈悲だったあの! 面白い、面白すぎるぞ! あぁ、変わるのかあの神楽が、機械の如きお前が人に恋して?」


「うるさい――好きなんだからしょうがない」


 心の底から爆笑して、ひーひー息を荒くしながらもなおも笑う龍水。神楽は心底不機嫌そうに彼女を睨むが、ツボっているのか全く笑うのを止める気配が無い。


「こんなに笑えるのは何世紀ぶりだ!? ――笑いすぎて腹がよじれるわ。そうだな、そうだそうだ。貴様に追加の情報をやろう、夜見には女難が出てると言ったが、あれは貴様達のことではないぞ?」


「――待って、流石にそれはないから」


「あの獣は元は雌だったよな?」


「――滅するよ? 黙って」


「……くは、本当に面白い。これ以上は死んでしまう――あー愉しみだなぁ、これだから人の世は――いや世界は面白い、神楽が吾に言い負かされるなど他の神格が見たら卒倒ものだ!」


「……夜見、お願いだから無事帰ってきて。あれ、待って? 真神は?」


 これ以上何を言っても仕方ないと考えたのか、神楽はそう言って眷属の無事を祈ったのだが、それよりも先に真神の所在が気になった。


「黒曜なら夜見を追いかけて二日前には出たぞ?」


「留守番頼んだ筈なのに……本当に夜見が危ない」


「何故だ? 黒曜は夜見に繋属しているのであろう?」


「だから危ない――主に貞操が」


「――くは、まさかと思ったが黒曜までもか!? 待て、もうだめだ腹が痛い、吾死ぬぞ?」


「九頭龍の死因がそれとか笑えないから止めて」


 最後に、それだけを言った神楽。

 もう堪えきれずに恥も外聞も捨てて床で笑い続ける龍水を見て、自分はこんな風になりたくないと心底思ったのだった。

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