第壱拾肆話:九頭龍大神


 『九頭竜大神くずりゅうおおかみ』とは、俺達が今暮らしている信濃町から離れた戸隠という場所に住んでいる善神。


 雨と水を司るとされる信濃国を現時点で治めている原作のネームドキャラ。

 原作でも主人公がこの信濃国に立ち寄ったときに関わったキャラであり、優しく民思いだが唯我独尊を行く龍神だ。


 ……そんな神様が、人の世で名乗ってる名前は、龍水りゅうすいであり……どんな見た目かと言えば、完璧にロリ。


「む、よく来たな神楽に夜見……それと、新顔か?」


 やってきたのは戸隠神社という場所。

 その本殿に通された俺達を出迎えたのは桃色の髪を濡らし、風呂から出たばっかりなのか水を滴らせる着物だけを羽織った角の生えた少女。

 暖まったばっかりなのか、火照った素肌とそこの体に刻まれた赤い紋様が見える。


「……夜見、見ちゃ駄目」


「くくなに、よいではないか神楽。吾の完璧な体は万人を引き寄せるのでな、仕方ないだろう? それにやはり夜見も吾の方が好みということだ」


「冗談は良いから早く今日の本題に入って」


「世間話くらい許せ、余裕のない女は嫌われるぞ?」


「そんなことあり得ないから」


「……相変わらず重いな。さて神楽で遊んだことだし、早速茶でも飲もうではないか。でだ今日の土産は何だ?」


 そう聞かれたので俺は今回用意した花林糖饅頭と龍鬚糖、そして新鮮な梨を彼女に渡す。龍水様は特に砂糖菓子が好きなのだが、一番の好物は梨でありお茶会……というか会う時は必ず渡している。

 

 渡せば、彼女が真っ先に手に取るのはやはり梨。

 そして彼女はそのまま齧り付いた。


「む、これ安房あわ国の梨だな。しかも上物だ!」


 見て分かるくらいに上機嫌になった彼女は、そのまま俺達を湖が見える場所に案内してくれた。山に囲まれた巨大なその湖、鏡池という名を持っておりその池からは神威が溢れている。


 そんな場所で彼女の使用人によって出されるのは目眩がするほどに高いお茶。 

 使用人が去ってからそれを嗜む龍水と神楽がいて、そして慣れないお茶の味に首を傾げる真神の姿が微笑ましかった。


「そういえばだが――貴様、黒曜か?」


「そう、だね――久しぶり、九頭竜様」


 お茶を飲んでいると龍水様がそう言って真神の方を見た。

 真神は名前を呼ばれた途端にビクッと震えながらもちゃんと目を合わせて


「まさか生きていたとはな。しかし、どうして夜見といるのだ?」


「あるじが、助けてくれたから」


「夜見、今更遅いかもしれないが縁結びの神でもある吾の忠告だ。とてつもなく濃い女難が出てるぞ」


 そう言われるが心当たりはない。

 女難らしい女難というのはないし、神楽も真神も少し重いが境遇を考えると納得できるし。


「……それは無いと思うぞ?」


「くくくそうか、それならいい」


「それより、急だったけど今日は何?」


「む、そうだったな。万屋である夜見に頼みたいことがあるのだ」

 

 神楽がそう聞けば、龍水様が思い出したかのようにそう答えた。

 

「龍水様が依頼って珍しいな。眷属には頼まないのか?」


「吾の眷属達は今は別件で忙しくてな。頼めるのが貴様ぐらいしかいないのだ」


 俺なんかに依頼してくれるのはありがたいが、龍水様依頼の規模を考えるとかなりきつそうなのが分かる。家を貸してくれた恩もあるし受けるのは良いだろう。


「……龍水の規模なら他の子いるでしょ」


「なんだ神楽……吾への恩を忘れたか?」


「覚えてるよ。だけど夜見は私のだから」


「くははは、あの神楽が嫉妬とはいつ見ても面白いな! だが安心しろ? 流石の吾でもあの神楽から奪おうとは思わぬ――まぁ、夜見が吾に降るというのなら別だが」


「――絶対に渡さないから」


 一触即発――両者は睨みあい、互いに神威を放出する。

 龍水の後ろには九つの首を持った龍が浮かび、対する神楽の後ろには六つの勾玉が浮かんだ。人里とも社とも離れた場所だったからいいが、ここまでの圧に常人は耐えられない。そんな中、俺を守ろうとしてか真神がぎゅっと袖を掴んできた。


「神楽、俺は絶対に離れないから安心しろ――それと龍水様はあまり神楽をからかわないでください」


「いやぁあまりに面白くてな……許せ神楽、吾と貴様の仲だろう?」


「やっぱり貴方嫌い」


「くはっ吾は好きだぞ、貴様等のことは」


「……だから喧嘩しない。龍水様も本題に入ってくれ」


「そうであったな……っと本題だが、貴様には陽糖黍の調査を頼みたいのだ」


 詳しい依頼内容が伝えられる前に、陽糖黍の現在の状況が語られる。

 やはりさっき菓子屋で聞いたとおりにそれを育ててる村付近に朝が訪れないようになってるらしく、それで不作になっていうらしい。

 

 それで今回の依頼内容だが、それの調査と原因を突き止めた場合の対処というものだそう。


「俺なんかでいいんですか?」


「――むしろ貴様だから頼むのだ。この国、いや日の本自体への甘味の危機なのだが、受けてくれるか?」


「いいですよ、俺も甘味が高いのは死活問題ですし……何より神楽のおやつがなくなりますから」


「……私そんなに食いしん坊じゃない」


「でもいつも美味しそうに食べるだろ? 俺はそれが見たいんだよ」


「…………夜見の馬鹿」


 いつも……とまではいかないが、たまにあるおやつの時間ではいつも笑顔の神楽が見える。推しであり、大切な神様でもある彼女には笑っていてほしいので、お菓子は必須なのだ。


「というわけでよろしくお願いします龍水様、調査の依頼受けさせて貰いますね」


「そうか! ならよろしく頼むぞ? ――場所は武蔵国のとある村でな、そこで陽糖黍は栽培されているはずだ。そこまでの旅費や依頼料は吾の眷属から後で受け取ってくれ――それでは頼んだぞ、夜見」


 そうして――依頼を受け調査が決まった俺は、今日一日はこの戸隠神社に泊まることにして、明日から聞き込みを開始することにした。


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