第9話 マシロ②

 ずっと引きこもっていた私の所に両親が来た。


 そしてそこで初めてシンタローが犯した事件を知った。


 元から高校時代に素行不良だったシンタローとの交際に反対だった両親は、私が何かされてないか心配していたけどお門違いも甚だしい。


 シンタローが私に何かをするわけが無い。

 アイツとは違うのだから。


 だけどその話を聞いて愕然とした。

 一番恐れていた事が、現実になってしまった事に。

 そして予想通り、シンタローが半殺しにしたという被害者はあのクソ野郎だった。


 バカだ。バカだ。バカだ。バカだ。

 本当に私はバカだ。

 だって、だって……。


 こうならないよう必死に耐えてきたのに。

 別れたからってそれで終わったなんて勝手に思い込んで。どうして私と別れてしまえば、シンタローがあの男に何もしないなんて思ってしまったのだろう。


 バカすぎる。アホすぎる。マヌケすぎる。

 どうして私はいつも考えが足りないのだろう。


 あの男に脅され続けた時、なによりこうなる事を一番恐れていたはずなのに。

 折角立ち直ったシンタローの手を汚させたくなかったのに、あんなつまらない男のせいで、シンタローが私の手の届かない場所へと行ってしまうことを何より避けたかったのに。


『ああ、これじゃあ私のした事の意味はなんだったのだろう……』


 ただあのクズに好き勝手に弄ばれ、良いように快楽を与えられ、言われるままにシンタローを裏切った。

 そうしてまで一番守りたかったはずのシンタローの未来は失われた。

 なんて滑稽で間抜けな、脳味噌お花畑で愚かな女なのだろう。


 押し寄せてくる絶望感に、ただ打ち拉がれ項垂れるしかない私。


 こんなことなら最初から話しておけば良かった。

 そしてどんな手を使ってでもシンタローを諌めて……。


 いいや違う。シンタローの事を本当に思っていたのなら、私が自分の手であのクズを始末するべきだったんだ。

 あんな生きている価値も無い男、最初に脅された時に私自身の手で殺しておけば、シンタローは手を汚さなくて済んだのに。


 本当に無能だ。

 なぜ私はあの時、それが思い浮かばなかったのだろう。


 なぜ愚かにも私は、ありもしない希望に縋ってじったのだろう。

 あのクスが飽きれば、シンタローに知られることがなければ、私が我慢していれば一緒に居られると。そんな都合の良い未来を見て、現実を直視しなかった結果がこれだ。


 私はなによりも大切だったものを失った。

 つまり私は何もかもを間違えた。


 間違いだらけの選択の果てに、私はシンタローをただ不幸にしただけの疫病神。


 生きてる価値なんて無い。


 そう私なんて……こんな私なんて消えて無くなれば良い。


 私は心の声に従い、フラフラとキッチンまで行くと包丁を手に取る。

 しかし、すぐに私の異変に気付いた両親が二人がかりで私を押さえ付け止めようとする。


「いや、離して、離してよ。お願いだから死なせて、お願いだから死なせてよ、死んで謝らないと、シンタローに、あやまらないといけないのよぉぉ………うっうっ、うわぁぁんん」


 私は両親に押さえられながら、必死に抵抗し泣き叫んだ。


 両親は必死に私をなだめようと言葉をかけてくるけど耳に入らない。

 終いには騒ぎを聞きつけた隣人が警官を呼び、ようやく事態は落ち着いた。


 そして私は実家に連れ戻されると半ば軟禁状態にされた。

 


 でも実家に戻っても変わらなかった。

 考えるのはシンタローの事ばかり。


 そう本当に……私はどうしようもなく愚鈍だ。


 いつも私は自分のことばかりでシンタローことを何も分かっていなかった。


 あの時の別れは、この未来を示唆していた事なんてシンタローの事を本当に理解していたなら分かっていた筈だ。


 あの人はどこまでも純粋で、誰よりも危険な事ぐらい私が側に居て一番理解していた筈なのに……。


 ただ別れが辛くて泣き続けるだけだった自分自身が本当に嫌になる。


 結局私は自分自身の悲劇に酔っていただけ。


 でも、シンタローは違った。

 私との別れを選んでなお、私の為に動いてくれた。

 何もできなかった私なんかとは違う。


 そう間違いだらけで、シンタローを傷付ける事しか出来なかった私なんかとは……。


「シンタローごめん、ごめんね。私なんかが好きになったせいで」


 そうして負のスパイラルに陥りそうになった時、ふと、シンタローが最後に言った言葉が頭に蘇る。


『誰よりも愛してたよ……だから、これを乗り越えて幸せになって』と。


「シンタロー」


 なんで誰よりも傷付けた筈の私の幸せなんて願うのよ。

 あの時から止むことの無い涙が頬を濡らし溢れてくる。


 そして、やっぱり私はグズでノロマだ。

 まだ、少しはシンタローの役に立てるかもしれない事に今更ながら気付くなんて。 


 だからもう泣いている場合じゃない。

 何もかも遅いけど私も動かなければいけない。


 そう決断した私は、まず事の経緯を両親にも伝えた。

 シンタローが半殺しにしたクズ野郎に犯されたこと、脅されていた事も全て話した。

 そして情状酌量を訴え掛ける為に、彼についた弁護士にも会った。


 場合によっては矢面に立ってでもあのクズのしてきた事を公にして、今度こそシンタローの為に行動したいと願った。


 なのに、なぜかシンタローは全て拒否した。


 あのクズへの制裁は、あくまでも自分があの男を気に入らなかっただけの事で、私は一切関係ないと言い張った。


 でもそんな説明で納得いくわけがない。

 だから、私は何度も説得を続けた。

 合わせて弁護士とも相談して、あのクズを訴えるつもりだった。

 でも証拠が全て消されていた。

 動画もSNS上のやり取りも全て。

 皮肉なことにシンタローに見られないようにと、私自身のSNSでのやり取りも消去していた事も裏目に出た。


 そしてトドメはシンタローからの手紙だった。


 手紙には『僕をこれ以上何もできなかった惨めな男にしないでほしい』と。

 そして『早く僕の事は忘れて、君が誰よりも幸せになれる事を願ってる』とも。


 本当に一方的で勝手な優しい言葉。


 だからこそ悔しかった。

 こんな事を言われたら私のエゴでシンタローな最後の矜持を傷つけるわけには行かなくなるから。

 シンタローの心を散々傷つけた私がそんな事をして良い訳がないから。


 なら私に何ができる?


 泣きそうになりながら、そう自分に問いかけた。

 何度も……。


 そして私のすべきことが決まった。


 そう、シンタローが心からそう願ってくれているのなら。その願い通りに、誰よりも幸せになるだけだと。


 そして今度泣くときは幸せになった時の嬉し涙にしてやる。

 そう心に決め、私はシンタローと会うことを止めた。




 結局、私が法廷に立つことなく、シンタローは全面的に罪を認め、全て自分一人で計画し実行したと証言した。

 あのクズも何かに酷く怯えながら、シンタローに殺されかけたと証言した。

 その後の裁判でもシンタローは殺意すら否定することはなかった。


 結果。シンタローは自首が考慮されたものの終始被害者に対する反省の色が見えない事、殺意を否定しなかったこともあり、殺人未遂で、初犯にしてはかなり重めの懲役七年の実刑判決を言い渡された。

 シンタローは控訴することなく黙って罪を受け入れ刑務所に収容された。

 ただクズは何かに終始怯えているのか民事で訴える事は無かった。

 



 私はというと別の大学に編入しなおした。

 臨床心理士になる為にだ。


 大切な人と心がすれ違ってしまい傷付けてしまった私が、少しでも誰かの心の傷を癒す手伝いが出来るならと、何より私のような辛い経験をした性被害者に、どうにか救いの手を差し伸べる事が出来ればという思いで。


 きっとその先にシンタローが願ってくれた私が幸せになれる未来があると信じて。

  



――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

評価、コメント、誤字報告、感謝しています。


リアル重視な方からは色々と意見が出がちな判決の件ですが、実際の判例を参考にさせて頂いてます。

その事件は殺人未遂で、被害者は半身不随の後遺症を残して懲役八年だそうです。


 結局裁判官の裁量もあるので一概には言えませんが、調べて思ったのは傷害罪だと以外に軽いなという所でした。


 まあ、このお話はあくまでフィクションですし、刑期云々などの法廷ものでもありません。

 警察が無能なのも名探偵コ◯ンと一緒です。

 その当たりを考慮して読み物として楽しんでいただければと思います。


 次でエピローグの予定です。

 色々と思うところはあると思いますが最後まで読んでいただけると嬉しいです。


あと今後の執筆のモチベーションにも繋がりますので面白いと思っていただけたら


☆☆☆評価を頂けると泣いて喜びます。

本当です!


もちろん率直な評価として☆でも☆☆でも構いませんので宜しくお願いします。

 

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