第5話 マシロ①

 シンタローに別れを告げられ、頭の中が真っ白になった。


 みっともなく泣いて縋ることも出来ないまま、気が付くと自分の部屋まで戻っていた。


 電気を付けることもなく薄暗い部屋で、何もする気が起きないまま時間だけが過ぎて行く。

 完全に私の頭は真っ白のままで、あらゆる思考を放棄していた。


 だって考えれば思い浮かぶのはシンタローの事ばかりだから。



「シンタロー」


 静まり返った部屋の中、勝手に口からこぼれた名前に、考えることを止めていたはずの頭が反応し、勝手に涙があふれてくる。

 昨日でとっくに泣き尽くしていたと思っていた私の涙は止まることなく流れ落ちる。


 このまま涙を流し続けて干からびる事が出来たのならどんなに良かっただろう。


 でも、そんな事出来るわけがない。

 なら、もっと手堅く手首を切ればいいのかな?

 あっ、けれども、あんなことでは人は死ねないと聞いたことがある。

 なら首を吊って……それなら凄惨だと何かで読んだことがある。

 きっとシンタローを裏切った私に相応しい惨めな最後。


 穢れきった私には相応しいのだろう。

 そう結局シンタローが私を許してくれなかったのだって、私がどこかでやましい気持ちを抱いていた事を感じ取っていたからだろう。


 もちろんあの男なんかを好きなったなんて、天地がひっくり返っても有り得ない話しの事では無い。

 これだけはシンタローに言った通り、一分一秒一ミリも隙間なく断言出来る。


 でも……。



 あんな男の要求を飲んでしまったばかりに、あの男の手で開発された私の体は、間違いなく快楽を感じる卑しい肉体に変わっていて。


 心でいくら否定していても、体は快楽にうち震え喜んでいた。

 シンタローにもしてあげた事も、させた事も無い行為を仕込まれもした。

 あれだけ心で嫌悪して心底あの男を憎んでいるのに、それ以上にシンタローに知られる事の方が、何よりも怖かったから。


 シンタローに穢れた自分を何よりも知られたくないのに、自ら進んで穢れていく矛盾。

 誰よりも離れたくなくて、そのために一番危険な橋を渡る愚かな私。

 シンタローを心から愛している筈なのに、信じきれない自分自身の心の弱さ。


 それが本当に情けなく、浅ましい。



 だからあんな動画だって……。


 快楽によがり狂う私の痴態はどう見ても嫌がっているようには見えなかった。

 何度、あの私自身とあの男を殺してやりたいと思った。同時に改めてシンタローには絶対に見せられないとも。


 たがら、自分を誤魔化すように全てシンタローと一緒に居るためだと自分に言い聞かせて耐えた。私が我慢すれば、そんな独りよがりの思考に陥って。

 そう結局私はシンタローの気持ちなんて考えていなかった。勝手にシンタローと一緒にいる未来を夢見て、勝手に自滅の道を突き進んでいただけ。

 どんなに大義名分を掲げても、私がシンタローを裏切った事実は変えようが無いのだから。


 本当にバカだったんだ。


 バレればこうなる事は分かりきっていたのに。

 浅ましい努力なんて、報われるはずが無かったのに。

 私はどうしてあの時シンタローを信じて話さなかったのだろう。恐怖を乗り越えることが出来なかったのだろう。

 

 こんな簡単に想像できていた結末。

 そこにたどり着いた自分の愚かさに後悔しかない。


 考えれば分かる事だったに。

 大切なものを守るために、その守るべき大切なものを踏み躙ってしまえば意味はないと。


 そう私にとってのシンタロー、何よりも大切で私の全てだったのに、私自身が彼の心を踏み躙っている正に本末転倒な事実。

 自らの愚行で傷付ける必要の無かった人を傷付けただけ。

 傷付くのなら自分だけで良かったのに。

 穢れた私が身を引けば良かっただけなんだ。


 そうすればシンタローに、『私は悪くない』なんて言葉を言わせる事もなかった。

 きっとシンタローは目一杯傷付きながらも、精一杯私を許そうとしてくれたのだろう。

 頭で私に罪は無いと言い聞かせて。


 そう私が悪くないなんてこと……。


『……無いんだよシンタロー』


 たとえ誰が何と言おうとも私が悪いんだ。

 貴方の側に居続けたいってエゴを押し通そうとした私が、私達の問題だったのに、私だけの問題にすり替えてしまった。

 あの男はただの切っ掛けにすぎなくて。

 誰よりもシンタローの心を傷付けたのは、間違いなく私なんだよ。


 だからシンタローは、頭で原因はあの男だと理解してして、私は悪くないと言ってくれていても。


『心は誰が傷付けたのか理解しているんだよ』


 だから無意識的に私を拒絶してしまう。


 きっとシンタローの心の傷が癒えない限り、私はシンタローの隣に立つことは出来ない。

 本当なら私が側にいて償いたいのに、私が側にいれば傷口を余計に開くことになる。

 もうどんなに側にいたくても、シンタローに拒絶されてしまったのだから。


 深く深く傷付けてしまったシンタローの心に寄り添えない事が、今はなによりも辛い。

 そんなシンタローの心の傷に比べれば私の傷なんて、最初以外は自業自得だ。

 

 そもそも最初の傷だって、シンタローを信じて側に居れば乗り越えられたかもしれないのに……。

 私は恐れてしまったシンタローの未来を閉ざしてしまう可能性に、あの頃のシンタローに戻ってしまう事を。


『なんで一緒に乗り越える選択が出来なかったのかな』


 取り戻すことのできない過去。

 最善を選べなかった弱い自分。

 

 絶望と取り留めのない後悔だけが頭を覆い。

 また勝手に涙がこぼれてくる。


 気がつけば、脈絡無く同じ様な思考を繰り返すばかりになって、その都度また泣いていた。

 涙は枯れること無く、ふと正気に戻っても、大切な人を失った現実だけが目の前に突きつけられるだけ。



 結局私は、それっきり大学にも行けず、無気力に引き篭もり続ける生活をするようになっていった。


 シンタローから最後に「幸せになって」と言われていたのに。




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