第3話

 久しぶりに食べる特性サンドイッチ。

 と言ってもバリエーションはツナと卵の二種類。

 でも久しぶりに食べるマシロの料理は美味しくて、でも何だか切なくて、良くわからないままに全部をたいらげる。


 僕が食べ終わった後、皿を洗い終えたマシロがいつものポジションに戻る。


「ありがとうマシロ。美味しかったよ」


「そう、どうせ最近ろくなもの食べてなかったんでしょう」


 そう言って笑いかける表情に最近よく見せる憂いは見られない。


 一瞬、本当に僕の勘違いなのかと現実から目を逸らしそうになる。


 でも、


「マシロ、この後一緒にいれる?」


 僕の問に、マシロは躊躇うように目を泳がせると。


「ごめんね。この後友達と約束してて……その来週なら大丈夫だから、必ず時間作るからさ」


 必死に取り繕うマシロの姿に、あの時の光景が重なる。

 きっとこの後、あの男と会うのだろう。

 そして明日まで……。

 来週と言ったのはそういうことなのだろう。


 もうマシロに僕の居場所は無い、そう感じた。

 だから、もうケリを着けよう。


「ねえ、マシロ。僕に隠してることない?」


「えっ、なに言ってるの。私がシンタローに隠し事なんて……」


 無いと言い切れないのがマシロの最後の良心なのかもしれない。


「もう知ってるんだ。君が別の男とホテルに入ったこと……どうして、どうして他に好きな人が出来たなら言ってくれなかったんだよ」


 僕の言葉に声を荒げて必死に反論し始めるマシロ。


「違う、あんなヤツ好きなわけない。あいつは、あいつは……」


 突きつけられる強い感情に僕も過敏に反応してしまう。


「じゃあセフレってやつかな? 僕の知らない間にマシロは随分と変わっちゃったんだね」


「ぐぅ。何よ、私のことなんて何も知らないくせに」


 僕のその言葉に対し、さらに感情的に返すマシロ。

 僕もつい煽られるように、強い口調で返してしまう。


「ああ、知らない、知らなかったさ、だって君は何も言わない、聞いてもはぐらかす。ずっとそうだったじゃないか」


 もう最悪だった。

 感情的になれば話し合いになんてならないなんてわかっているのに……。


 あれだけ好きだったのに、愛していたのに、別れる時は呆気ないものだ。

 きっとこのまま喧嘩別れをし、行き場の無い感情は行く宛もなく彷徨うだけ。


 そう思っていた。もうマシロとは終わりだと。


 でも、感情の行き場が無くなったのはマシロも同じだったらしい。


 突然感情を爆発させた彼女が今度は泣き始めた。

 それこそ今まで見たこともない大号泣。

 まるで子供のように泣き喚きながら、彼女は頭を床に付けて、僕に謝り始めた。


「ごめん。ごめんなさいシンタロー。ごめんなさぃ。ごめんなさい、ごめんなざいぃぃ」


 彼女の取り乱した姿に、僕は逆に少しだけ冷静になる。


「……落ち着いて。正直僕も辛いけど、ちゃんと理由があるなら聞くから」


 俺の言葉がちゃんと耳に届いたのか、マシロはしばらくして泣き止むと顔を上げ話し始めた。


「うん。ぐじゅ、グスン。ごめん……ごめんね。私シンタローの言う通り、他の男に抱かれてました」


 実際に現場も見ていたし覚悟もしていたが、想像以上に脳天を揺さぶられるような重い一撃だった。

 物理的な攻撃ではないはずなのに、間違いなく胸の奥が、感じたことのないほどにズキズキと痛む。


「浮気って事でいいのかな。それともその男のほうがやっぱり本命?」


 知らない男と二人で入っていたオシャレなカフェを思い出し、大学生活を謳歌するマシロの姿が思い浮かぶ。


 しかし、マシロは声を荒げて否定した。


「違う。絶対に違うから。さっき言った通りあんな男を好きになったことなんて一度もない」


 そう言い切ったマシロの目は言いしれない濁った感情の炎を灯していて。思わずこちらが気圧される迫力を持っていた。


「その、じゃあ何で好きでもない奴に抱かれたりしたんだ」


 読めないマシロの感情。分からないなら僕は尋ねるしかない、彼女が何を思っていたのかを。


「ごめん……ごめんなさい。切っ掛けはやっぱり私の油断たった思う。同じゼミで、アイツは最初凄く紳士的で優しくて私の友達とも打ち解けて、だから私も仲良くなって……」


「それでついってやつ?」


「違う、こんなの今更の言い訳だけど、最後まで聞いてほしいの……お願い」


 マシロはあふれる涙を拭いながら話を続けようとする。

 僕は黙って頷くとマシロの話を聞いた。


「それでもアイツとはあくまで男友達としてちゃんと距離も置いてた。信じられないかもしれないけど……でも、去年の二年に上った頃、新入生の新歓コンパがあって、それで……その……」


 何かを思い出し悔しそうに涙するマシロ。

 僕は黙って彼女の言葉の続きを待つ。


「その、新歓コンパでアイツは本性を現したの、どうやら私の飲み物がお酒に変えられた上に睡眠薬を混ぜられて、意識を失った私を、周りの友達からも信頼されてた彼はタクシーで送るって行って……その……気づいた時にはアイツの部屋で……寝てる間に彼に犯されてた私は、その時に動画も撮られてて……それで、その動画を彼氏にバラすぞって……うっっうう」


 色々と思い出し傷を抉られた形のマシロは悔しげに咽び泣いた。


 僕はただ痛む胸とこみ上げる吐き気とまとまらない感情に振り回され、馬鹿みたいに思考を放棄してしまっていた。




――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。

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