第4話 野生のちっこい先輩が現れた!
「行ってきます」
俺は家を出た。今日から高校に通うのだ。
共学とは名ばかりの学校だろうけど、それでも俺の目的は変わらない。
高校デビューして、いずれ出会う素敵な女性を堕とすために、良い男になる。
「視線が凄いな……」
道を歩いているだけなのに、ほぼ全ての女性がこちらを見ている。
やはり、珍しいのだろう。
俺が魅力的だからではない。ただ、性別が珍しいから。それだけ。
「好奇心みたいな視線じゃ、意味ないよな」
俺は最寄りの駅から電車に乗り、窓から外を眺めている。
景色は見覚えがあるのに、この世界は俺の知る場所じゃない。それが不思議な気分だった。
通勤ラッシュなのか、人が凄まじい。
体に密着してくるのが、オッサンではなく綺麗なお姉さんばかりなので、ある意味天国みたいな時間である。
「はぁはぁ」
「ちょっ」
俺に密着しているOLのお姉さんの、息が荒い。
背中にくっついている別の女性も、何故か抱きついてきた。
いや、混んでるし、揺れるから咄嗟に抱きついたのだろが、ドキドキする。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ふぇっ!」
「す、す、すみましゅん!」
俺に密着している二人の顔が、真っ青になっていく。
体調でも悪いんだろうか?
一応、大丈夫なのか聞いたけど、目すら合わせてくれない。
「揺れが凄いし、人も多いですからね。女性は大変だと思うので、よければ俺につかまってください」
「ぇ…………」
「い、良いの!?」
なるべく紳士な対応をしたつもりなのだが、気持ち悪かっただろうか?
容姿とか、臭いとか、前と違って気にしてるから、大丈夫なはず。
とはいえ、中身が陰キャなのは変わってないから、ドン引きされてないか心配になってしまう。けど、ここで俺まで慌てたら気持ち悪いだろう。
堂々とするしかない。我慢だ俺!
「あれ……?」
どうしてだろうか、車内の女性達が俺の付近に来ようと動き出した。
みんな押したりして、無理やり位置を変えようとする人ばかりだ。そこまでしてつかまりたいのか?
むしろ動かない方が安全だと思うんだが……。
「あ、降りる駅なので、すみません」
「そんな……」
「私は何を楽しみに生きればいいの?」
「まだ前戯もしてないのにぃ!」
俺が目的の駅に着いたので、降りるために声を出すと、女性達が嫌そうな顔をしてきた。
マナーとして、道をあけるくらい普通だと思うけど……。
やはり、男は差別されてたりするのだろうか?
「ありがとうございます!」
俺はできるだけ自然な笑顔で、道をあけてくれた女性達にお礼を言った。
「こ、こちらこそお」
「ごちそうさまでした!」
「……?」
なんか降りる直前に、お姉さん達が変なことを言っていたような?
この世界だと、お礼にはあの返答なのか?
常識が微妙に違うから、この世界ってそのあたり面倒なんだよなぁ。
「お、制服の子が多いな」
同じ学校であろう女子生徒の歩く姿が、目につくようになった。
ぶっちゃけ道が分からないので、助かる。
あの集団の後ろを歩いて行けば、間違いないだろう。
「んぉ? お前、男子の生徒か?」
「え」
なんか後ろから、女子生徒に話しかけられた。
小柄で茶髪のツインテール。口元にはチュッパチャプスの棒が見えている。
首元にはヘッドホンがある。
スカートの下にはニーソックスを履いているようだが、左右で色が違う。黄色と赤で、中々ぶっとんだファッションセンスのようだった。
「俺は一年の百里蓮太郎だ。君も今日入学?」
「あぁん? アタシがちっこいからかっ! 二年だっつうのぉ!」
「えぇ……。すみません」
俺の胸ぐらを掴み、ブチギレてらっしゃる……。
というか、この世界に来てから、初めて女性にこんな普通の扱いをされたような気がした。少しだけ安心する。
「れんたろーは、後輩なんだからなっ! アタシを敬うんだぞ!」
「え、あ、はい」
「んー? れんたろー、容姿は陽キャなのにダセぇなー」
「それは困る」
このちっこい先輩は、サバサバした性格のようだ。
結構ハッキリと言葉をぶつけてくる。
やはり中身が陰キャのままだから、違和感を覚えてしまうらしい。
「アタシは色気のある大人のお姉さんだからなー。緊張しちゃうのは、しょうがねぇよなー。れんたろーは可愛いなっ!」
「はぁ……? ところで、先輩の名前は何ですか?」
「んー? アタシの名前か? マリナってんだ、よろしくな後輩っ!」
「あ、はい」
テンションたっか! この先輩についていけねぇ。
俺が陰キャだからだろうか?
いや、前の世界の陽キャでもちょっと見たことないレベルで、元気だ。
「れんたろーは、男だからなっ! 気をつけるんだぞ」
「何にですか?」
「メイドを連れてる女子と、関わったら――」
「関わったら?」
「らめぇ! だぞっ!」
このちっこい先輩、滑舌が悪いのか、わざとなのか判断に困る。
というか、メイド?
「そんな生徒がいるんですか? ここ、お嬢様系の学校じゃないですよね?」
「おう! いんぞー」
マリナ? 先輩は両手をバンザイして、返事をしてくる。
本当に元気な人だ。小学生にしか見えない……。
「金持ちが、結構いんのな? だから、れんたろーを狙うかもな?」
「どういう意味で、狙われると?」
「えっちな意味だなっ!」
「えぇ」
この世界の女性は数が多いだけで、性欲は男の方が強いはず。
流石にマリナ先輩が大げさに言っているのだろう。
「……アタシのこと、信じてねぇなー?」
「いや、そんな飢えてる女性は少数派では? 性欲は男の方が強いわけですし」
「んぉ? れんたろーは童貞なんか? そうなんか?」
「そうですけど」
「女に性欲がねぇと思ってんな? あんぞー? 男には中々会えないからな」
男ほどではないが、女性にも性欲がある。
その上で、異性に遭遇しないので、飢えているということか。
「マリナ先輩は、飢えてたりしないんですか?」
「アタシは……男子には、言い寄らないって、決めてるから」
マリナ先輩は、露骨にテンションが下がった。
嫌なことでも思い出したのだろうか?
「アタシな、お兄ちゃんがいたんだ。すげーカッコイイ人だったんだぞっ!」
「へぇ、お兄さんもこの学校に?」
質問してから気が付いた。『兄がいた』『カッコイイ人だった』どちらも過去形だ。
「死んじゃった。自殺したんだ。女子に言い寄られるのが苦痛で、優しい人だったから文句も言えずに」
「そう、ですか……」
「暗い話してごめんなっ! でもな? れんたろーはお兄ちゃんに似てるから」
「それで声をかけてくれたんですか?」
「おうよっ!」
下心ではなく、本当に心配で声をかけてくれたらしい。
「ありがとうございます。マリナ先輩」
「困ったら、アタシに言えよ? 絶対、一人で抱え込むなよっ!」
「はい」
思っていた以上に、この世界での男は大変らしかった。
俺はまだ、この世界に詳しくない。だから、よく分からないけど。
この人は信用できる気がする。
「良かったら、俺と友達になりませんか?」
「マブダチなー!」
また両手でバンザイしながら、マリナ先輩は笑顔で言った。
どうやら、俺はこの世界で初めて、友人を作ることができたらしい――
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