煩悩まみれの夢
この歳になってもまだ、情欲という煩悩は消えないのだろうか。タカ姉から野点の席に呼ばれ、その夢の中でタカ姉の裸になった身体を見てしまった。
一人暮らしになり、もう10年以上も経つ。その更に10年以上も前から、夫婦二人の暮らしになった頃から完全な家庭内別居になり、肌のふれあいはおろか会話さえなくなっていた。いわゆるセックスレスが20年以上も続いていた。顔を見合わせれば義母のパチンコ依存症の事で言い争いになっていた。義母が原因というよりも、次第にレスになっていた苛立ちから二人の仲が険しいモノになっていったのかも知れない。離婚届を3回も書いて渡したのに、けっきょく離婚をすることもなく、最期を見送ることになった。
タカ姉は2歳年上だが、今はこちらが年齢など追い越したようで、タカ子の方が若く見える。年上だが、両家ともに認めた結婚相手だった、と言葉の端々に言うが、そんな話しなど聞いた覚えなどない。
タカ子の家は父の実家からの分家筋で、幕末の頃まで材木問屋だったと聞いた。明治維新後に造り酒屋へとくら替えし、その頃に
夢の中で、寺の庭で紅葉に囲まれての野点を行うので、必ず来るようにと連絡があり、イヤイヤながら出かけた。行動派で強引な性格で、どうもこの人に強く言われると弱い。
会場受付前で待っていて、あの時と同じ
野点と聞いていたのに、一つ紋に着替えるからと少し離れた、露地とは反対側の、中門をくぐった先の物置小屋にみちびかれた。物置小屋とはいえ、茶席の前にここで着替えができるように、畳一枚を立てたような大きな姿見と、幅の狭い縦長の姿見が用意されている。たしか50年前に行われた茶会でも、ここで数人の女性の着付けの手伝いを受けて、羽織袴の和装に着替えさせられた。羽織袴などに着替えたから、先生の後に座らされ、次客の席に着かされた。あの失敗以来、茶道から遠退いてしまった。
姿見の前で長めの道行を脱いだら、もう全身裸になっていた。こちらに向き替えて、笑顔のそれは若い頃のタカ子の顔で、その身体は息が止まるほどキレイだった。ゆっくりとモデルのようなポーズを作りながら回り「どう、きれい」などと、聞いてくる。肌からの生暖かささえ感じ、あまりの美しさで声も出ない。改築したというタカ子の家に呼ばれ、一晩過ごした記憶が蘇り、
若い頃に、何度か春と秋の茶会に呼ばれたことのある、見覚えのある寺の本堂の横を入った茶席の建物を過ぎると、突然開けた庭になっている。広い庭で野点が始まり、とつぜんタカ姉と二人だけになった。
紅葉ではなく、周囲は新緑の美しい柴の、広い広い庭園に変わっていた。柴に敷かれた厚い上敷きのい草の香りがして、その上に敷かれた緋毛氈に正座して、茶箱から道具を出してるタカ姉の横顔は、二十代の若さに戻っていた。緑一色の中、緋毛氈に正座する見覚えのある明るい
緋毛氈に出された茶を飲んで碗を置くと、前にいたネエはいつの間にか大きな寿司湯呑で、風炉で人肌燗にした茶碗酒を飲んでる。僕は飲めないのに、一升瓶から天目茶碗になみなみと注いで、強引に勧めてくる。この光景は昔の若い頃に同じ事があった。当時は全く日本酒が飲めなかったので、酔って絡まれたことがあり、以来なんとなくタカ姉を敬遠するようになった。
目が覚めて何が起きたのか考えたが、長い夢であったのに、そのくらいしか思い出せない。ということを書きながらも、記憶が薄らいでいく。書かなければ、すべて消えてしまうだろう。
ずいぶん長いこと会っていなかったのに、許嫁でもなく、付き合ってもいなかったのに・・・。嫌な夢をみた、というのだろうか。最近になり、タカ子と会う機会が増え、冗談のように結婚しないか、などと言われたので夢に見てしまったのか。タカ子の裸って、艶やかな真っ白な石像のようでもあり、柔らかそうで温かそうでキレイだった。夢の中でも・・・、なんでこんな変な夢などみたのだろうか。
どうしたのだろうか。この歳になっても、まだ煩悩が湧くのだろうか。夢で見たことなど、しだいに薄れた記憶になるものなのに。小屋で見たタカ姉の体だけが、妙にリアルなものとして、時間と共により鮮明なものになり、いつまでも記憶に残りそうだ。
最近になって会う機会が増え、一緒に温泉旅行に、混浴温泉などに行こうよ、などと言われたので、こんな夢をみたのか。茶室用に改築した家を見に行き、一晩を過ごしてしまい、寝物語のように結婚しないか、などと冗談のように言われたことを思いだしたのか。静かに枯れてきたのに、なんとも困ったものだ。夢だけで終わって欲しいと思いながらも、この先ずっと共に暮らし、あの晩のような日々が送れるのならと、希望のような大きな煩悩に包まれそうだ。
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