魔法少女に憧憬して⑤

「いた!」と松谷さんは言う。


「そんなに走ったら、パンツが見えちゃうと思うけど?」


「大丈夫、短パンを穿いているから」


 松谷さんはスカートを捲り、短パンを見せる。


「穿いていたとしても、あんまりそういうことはしない方が良いんじゃないかな。怪我は大丈夫?」


「え? もうコルトちゃんに聞いたの?」


「コルトちゃん?」と私は惚ける。


 すると松谷さんは得意気な表情になった。


「僕、あの魔法少女から名前を聞いたんだ! 名前はコルトちゃん!」


「へ、へぇ、そうなんだ」


「それからね。僕の怪我、あっという間に治っちゃった! こんな体験できるなんて、ラッキーだよ!」


 松谷さんはとても興奮していた。


「ラッキー? コミュクスに襲われて、怖くはなかったの?」


「怖かったよ。でも、魔法少女に助けられたから満足! それからね。コルトちゃんから『それじゃまた』って言ってもらえたんだ! もしかしたら、また会えるかも。というか、もしかして、すぐそばにいたりして!」


 うん、それは正解。

 だって、目の前にいる。


「でも、松谷さん、今後は何か異変があっても近づいちゃ駄目だよ。すぐに逃げること。今回はコルト……ちゃんが間に合ったけど、次も大丈夫、って保障はないからね」


「了解!」と松谷さんは元気に返事をしたけど、表情を見る限り、ちょっと怪しい。


「本当に分かっている?」


 私は念を押すが松谷さんは「分かってるって」と軽く返事をするだけだった。


「あっ、そうだ。週末の試合、私も見に行くから頑張ってね」


「え、そうなの? ありがとう! 僕たち、絶対に勝つよ!」」


「楽しみにしている。それじゃ、私は帰るね。松谷さんはどうするの?」


「僕はちょっと体を動かそうかな。試合が近いから、そこまで追い込むつもりは無いけどね」


「分かった。でも、無茶はしないでね。魔法で治ったかもしれないけど、今日は疲れたでしょ」


「うん、あっ、君もまたね」


 松谷さんはクラシーに視線を移した。


「ああ、君とは長い付き合いになりそうだよ」


 その言葉に対し、松谷さんは嬉しそうだったが、私は嫌な気持ちになる。

 彼女は野球の天才。

 進むべき本道がある。


 だから、魔法少女にはあまり関わらないでほしい。


「内田さん、どうしたの? 暗い表情になっているよ?」


「う、ううん、何でもないよ。じゃあ、また明日、学校でね」


 松谷さんに挨拶を返し、クラシーを自転車の前籠に乗せる。

 そして、学校を後にした。


 帰り道、私はまた反省する。

 結界のおかげで松谷さんの怪我は治ったけど、それが無かったら……あれ?


「前の信号、赤だよ」


「え? やば……」


 慌てて自転車のブレーキをかける。


「危ないじゃないか」


 クラシーは文句を言う。


『……ねぇ、ちょっと聞いても良い?』


 猫と話す変な人にならないように念話に切り替えた。


『なんだい?』


 クラシーも念話で返す。


『結界を解除した時、怪我が治るなら、私の時も一緒じゃなかったの?」


『…………』


 初めての戦闘の時も学校に結界が張られていた。


『私の怪我が治ったのはペンダントがダメージを肩代わりしたわけじゃなくて、単に結界の作用じゃないの?』


『…………勘のいい魔法少女は嫌いだよ』


 やっぱり!


『私を騙したんだね!? 騙して魔法少女にしたんだね!』


 クラシーの首根っこを持ち上げて、詰めた。


 私は怒っているのに、クラシーは悪いと思っていないようだった。


『騙すとは人聞きが悪いな。ああでも言わないと君は魔法少女を引き受けてくれなかったからね。だから、そうしただけさ』


『それを騙すっていうの! ……分かった。それなら魔法少女、辞める』


 死なないなら、魔法少女になる必要は無い。


 私は平穏な日常に戻りたい。


『それは構わないよ』


 クラシーは引き留めなかった。


 でも、凄く既視感がある。


 案の定、クラシーは『でもね』と続けた。


『君はフォレストからマークされているかもしれないよ?』


『え?』


『校舎内にフォレストの魔力を感じたんだ。君が魔法少女だって、バレたかもしれないよ? その場合、君が魔法少女を辞めたところで、平穏な日々は戻ってこない。それどころか、今、魔法少女を辞めたら、君は抵抗手段を失う。膨大な魔力を持った君を彼女たちは拉致し、利用するかもしれないね』


『つまり、先に銃を降ろすな、ってこと?』


『理解が早くて助かるよ。こうなったら、ミゼルローンと戦うしかないね』


『あんたが仕向けたんでしょ!?』


『そうだね。でも、過程は重要じゃない。結果的に君は二択を迫られている。魔法少女としてミゼルローンと戦うか、魔法少女を辞めてミゼルローンに拉致られるか。どっちが良いかい?」


 今回も酷い二択を提示された。


 やっぱりこいつは悪魔の使いじゃないのかな!?


「あんた、絶対に碌な死に方しないよ?」


 私は負けを悟り、悪態をつく。


 でも、クラシーは澄ました様子で「戦いに勝てればいいさ」と言うだけだった。




 

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