魔法少女に憧憬して④

「クラシー、松谷さんの怪我のこと、心配しなくていい、どういうこと?」


「すぐに分かるさ」と言いながら、クラシーは松谷さんに近づく。


 そして、怪我の具合を確認した。


「これぐらいの怪我なら結界を解除した時の修復作用で元通りだね」


 クラシーは言い終えると結界を解いた。


 その瞬間、滅茶苦茶になっていたテニスコートが元に戻っていく。


 同時に松谷さんの怪我も治っていった。


 結界、ってこんな効果もあったんだ。


 私が感心している内に松谷さんの怪我は完全に治る。

 立ち上がり、自分の体の状態を確認し、驚いていた。


「凄い。本当に何ともない。ありがとう」


 松谷さんはクラシーにお礼を言う。


「あれ?」と私は声を漏らした。


「どうしたの?」と松谷さんが尋ねる。


「えっと、猫がしゃべることに驚かないのかな、って」


「なんだ、そんなこと。クラシー、って言っていたっけ? この子って、魔法少女になる女の子の前に現れる妖精的な存在でしょ。それなら、しゃべったって驚かないよ」


 松谷さん、魔法少女が絡むと受け入れるの早すぎない?


「えっと、それじゃ、私はそろそろ行きますね」


 あまり長い間、松谷さんと話すとボロが出るかもしれない。


 よくあるアニメの展開みたいに空へ飛んでいこうと浮上する。


「待ってよ」


 松谷さんに呼び止められた。


「ど、どうしましたか?」


「えっと、昨日のことを謝りたくって……。バットで打ってごめんなさい。それから君の放った魔法の弾みたいなやつを打ち返したことも……」


 トラウマを思い出し、浮遊魔法の制御を忘れて、身体が地面へ落ちそうになった。


「だ、大丈夫ですよ」と言いながら、無理矢理に笑顔を作る。


「ほ、本当?」


 松谷さんは心配そうに言う。


 私の声が震えていたからだろう。


「正直、とても痛かったですけど、あなたのせいじゃありませんから。気にしないでください。悪いのは悪の組織ですから」


 まぁ、これが模範解答じゃないかな。


「なんて立派なんだ……」


 松谷さんは感激し、泣きそうになっていた。

 彼女の理想の魔法少女像を崩さない為にも私はそろそろ立ち去ろう。


「えっと、今度こそ、この辺で…………」


「あの、もう一つ、君の名前を聞かせてくれないかい?」


「え?」


「駄目かな?」と上辺遣いで松谷さんは言う。


 わざとやっているのかな。


 いや、多分、天然だ。


 普段は格好良いのに、そんな女の子らしい表情を見せられたら、ギャップでドキッとする子がいるんじゃないかな?


 何だか、断りづらい。


 でも、名前はまだ考えてない。


 やっぱり「名前は秘密」とか言って、逃げようかな。


 でも、今後のことも考えると名前はあった方が良いのかも。


 特に魔法少女の状態で、クラシーから本名で呼ばれたくない。


 名前……。


 こういうのって、見た目とか武器から付けるものなのかな?


 見た目の色、って全体的に白っぽいからホワイト?


 それだと安直かな。


 じゃあ、武器からピストル?


 いやいや、直球過ぎる。


 少しぐらい捻りたいなぁ……


「――コルト……」


「コルト?」


 昔、お父さんと一緒に見たアニメの主人公が持っていた銃から名前を拝借する。


 これならアニメのキャラクター名みたいだし、変じゃない、よね?


「はい、私の名前は魔法少女コルト、です」


「コルトちゃんだね。覚えたよ。ありがとう。もしもまた会うことがあったら、僕は君の力になるよ」


 松谷さんは魔法少女の協力者になる件を諦めていないようだった。


「その気持ちだけ、受け取っておきます。それじゃまた」


 私はそう言い残し、空に飛び立った。





「いつまでそうしている気だい?」


 クラシーが言う。


 一度、空を飛んで学校を離れ、私は戻ってきた。


 今は駐輪場の隅で座り込んでいる。


「私のせいだ……」


 再び自分の判断の甘さを反省する。


「松谷さんを危険な目に遭わせちゃった……」


「反省しているなら良し。それにあの子は結果的に無事だった。今はそれで良いんじゃないか?」


 クラシーはそう言うが、気持ちは晴れない。


「それよりも早くあの子と合流したらどうだい? さっきから何度もスマホが鳴っている。これ以上、あの子を心配させない方が良いじゃないか?」


 クラシーの言う通りだ。


「もしもし……」


 私は松谷さんからの電話に出る。


「やっと繋がった! 大丈夫だった!?」


「ちょっと声が大きいよ。……うん、こっちは大丈夫」


「それにしては元気が無いけど? 今どこにいるの?」


 私が「駐輪場」と答えると松谷さんは全力疾走でやって来た。

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