かんべんして! 闇に狙われた学校⑦

 屋上から中庭に移動して、松谷さんの状態を確認する。


「これって元に戻っているの? って、うわ!?」


 私が驚いたのはいきなりクラシーが襲い掛かってきたからだ。


「しおおおおおおん!」


 爪を剥き出しにする。


「ちょっと危ないでしょ!」


「うるさい! 妖精を捨て駒にするなんて、魔法少女として失格だ!」


「だから、やりたくて、やっているわけじゃない! 上手くいったから良いでしょ! ……それよりも松谷さんは元に戻るの?」


 私の言葉に対し、クラシーが松谷さんの状態を確認する。


「少しの間、目を醒まさない。でも、もう大丈夫」


「そっか、良かった。…………」


 周囲を警戒する。


 昨日はこのタイミングでフォレストが現われた。


 もう同じ展開は嫌だ。


「心配しなくてもフォレストは現れない」


「本当に?」


「恐らく、私たちを泳がせるつもりだ」


「泳がせる、ってあまりいい気分はしないかな。でも、戦闘がこれ以上、起きないのは良かった。松谷さんは野球部の部室へ運ぶね。それにしても結構、派手に暴れちゃったけど、本当に元に戻るの?」


 中庭から校舎を見渡すとガラスは割れているし、所々、コンクリートが崩れていた。


「心配ない」とクラシーは言い、前足で地面とトントンと二回叩く。


 すると地面が水面の波紋のように揺れ、校舎全体に広がっていった。


 波紋が広がるにつれ、割れた窓ガラスやひび割れたコンクリートが直っていく。


「凄い……。どういうこと?」


「結界を解いただけさ。これで全てが元通りだ」


「なんか、魔法って、何でもありだね」


「何でもは無理だ。魔法にも限界はある。それよりも早くその子を部室へ戻した方が良い。今、目を醒まされたら、色々と面倒だ」


「そうだね」




 松谷さんを野球部の部室へ運ぶ。


「ところで私、どうやって変身を解けばいいの?」


 昨日は魔法少女のまま、気を失ってしまったので戻り方が分からなかった。


「元の自分の姿をイメージすればいい。または昨日みたいに気を失うか、魔力切れを起こした時に変身は強制解除される」とクラシーは言った。


 後者の方法は論外なので、元の自分の姿を思い浮かべる。


 すると、確かに変身は解除できたけど…………


「ねぇ、これはどういうことかな?」


 元に戻った私は部屋着ジャージを着ていた。


「変身を解けば、元の服になるのは当然だ」


「聞いてないよ。じゃあ、もしもお風呂に入っている状態で変身したら、その後に元に戻った時、裸ってこと?」


「そんな状況があるかは知らないが、その通りだ」


 ふざけるな。

 その設定は先に言ってほしかった。


 正直、こんな格好で学校に居たくないけど……


「このまま帰るのはマズいよね」


 結局、私は松谷さんが目を醒ますのを待つことにした。


 しばらくすると松谷さんの身体が動く。


「あれ? 僕……」


「大丈夫、松谷さん?」


「内田さん? どうしてここに? なんでジャージ? それに内田さんちの白猫もいる」


「今日もちょっと忘れもしちゃってね。夜だし、この格好で良いかな、って思ったの。クラシーがいるのは、夜の学校に一人で来るのが怖かったからだよ」


 立て続けに平坦な口調で嘘を吐く。

 多少不自然でもこれで通すしかない。


「それで学校に着いたら、松谷さんがグラウンドで倒れていて、それでここまで運んだわけ」


「グラウンドで倒れていた? でも、僕、しゃべる黒猫に会って、その後、女の子に襲われて……」


「…………」


 フォレストのことは分かるけど、喋る黒猫?


 クラシーへ視線を向けたけど、特に無反応だった。


 気になることはある。


 でも、今は松谷さんを納得させるのが優先だ。


「内田さん、僕、本当に倒れていたの?」


「そうだよ。だから、松谷さんの体験って、全部、夢じゃないかな?」


「夢? それにしてはリアルだった気がする。………………」


 松谷さんの視線がクラシーに向いた。


「僕、内田さんちのその白猫を追いかけて、捕まえたところで気を失った気がするんだ…………! そうだ! 魔法少女! 僕、魔法少女と戦ってた!」


 私は視線を逸らす。


「僕、魔法少女にバットでフルスイングして、校舎まで飛ばしちゃった」


「!」


 私はあの時のことを思い出し、身体を震わせた。


 バットがスローモーションで迫る光景は今日の夢に出てきそう。


「内田さん?」


「ううん、何でもない。だから、全部、夢だって」


「納得できない」と言い、松谷さんは部室を飛び出した。


 恐らく、壊れた校舎でも見に行ったのだろう。


 でも、すでに全て修繕済みで証拠は無いはず。


「ほら、あった!」


 でも、戻ってきた松谷さんは勝ち誇ったような表情になっていた。


 え?

 どういうこと?


「来て!」


 松谷さんは私の腕を引っ張る。


「ちょっとどこに行くつもり!?」


 私が連れて来られたのはグラウンドだった。


「あ……」


 大きな穴があった。


『クラシー?』

『すまない。ここは結界の範囲外だった』

『すまない、で終わらせないでよ!』


 私がクラシーに念話で文句を言っていると、松谷さんが迫ってきた。


「この大きな穴は僕が地面を蹴った時に出来た穴だよ。校舎の方は直っていたけど、ここは直すのを忘れて帰ったみたいだね」


 不正解だよ。

 直したわけじゃないし、魔法少女は帰ってはいない。


「でも、そうするとおかしいことがあるんだ?」


「確かに魔法少女とかおかしいとは思うけど……」


「ううん、そういうことじゃなくて……」


 松谷さんはじっと私を見る。


「さっき、どうして僕に嘘を吐いたの?」


「う、嘘?」


「さっき、僕がグラウンドで倒れていたって言ったよね? もし、そうならこの大穴にも気付くはずだよね? 内田さんは魔法少女の存在を意図的に隠そうとしているよね?」


「…………」


 ヤバイ。


「内田さんって、もしかして……」


 正体がバレた!

 どうしよう!


 そんな心配をしていたら……


「魔法少女の協力者でしょ!?」


「…………へ?」


「隠したって無駄だよ! あの魔法少女をサポートしているんでしょ!」


 そっか、普通に考えて、高校生が魔法少女をしているなんておかしいもんね。


「…………」


 私は今の状況を最少失点で切り抜ける選択を考える。


 もう、この大穴は誤魔化せないし、私の嘘は覆せない。


 だったら、選択肢を決まっている。


「じ、実はそうなんだよね。私も以前、あの魔法少女に助けられてね、それで協力することになったの。でも、内緒にしてくれる。ほら、魔法少女がいるなんてバレたら、世間が大騒ぎになるでしょ?」


 これで納得してもらうしかない。


 駄目だったら、どうしよう。


 記録操作の魔法とかもあるかな。


「うん、当然だよ! 魔法少女の秘密は守るよ!」


 松谷さんは力強く宣言する。


「良かった。じゃあ、私はもう帰……!?」


 松谷さんに腕を掴まれた。


「ねぇ、内田さん、お願い! 僕も魔法少女の協力者にさせて!」


「………………え?」


 話が予想していなかった方向へ進み始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る