かんべんして! 闇に狙われた学校⑤

「……紫音。紫音。紫音!」


 クラシーの声が聞こえた。


 でも、眠い。


「起きて! あの魔法少女が現われた!」


 魔法少女?


 眠いから動きたくない。

 それに魔法少女なんて現実的じゃない。

 そうだ、今までのこと、全部、夢だったんだ。


「おやすみ……」


 私がまた眠ろうとした時だった。


「起きろ」(サクッ)

「いったぁぁぁ!」


 クラシーの爪がおでこに突き刺さり、私は覚醒する。


「なんてことするかな!?」


「無視するのが悪い」


 私は本気で怒っていたのに、クラシーに反省の色は無かった。


「そんなことより、フォレストが現われたんだ。場所は君の学校」


「そっちの事情だけ言わないでくれるかな!」


 文句を口にしながら、鏡で額を確認する。


 爪の痕がしっかり残っていた。


 明日まで残っていたら、どうしよう…………。


「とにかく、急いで!」


「あんた、女子高生の顔に傷を付けておいて、謝罪も無し!?」


「そんなのその内、消える。このままだと、まずいことになるよ」


 クラシーは私の持っていた鏡に触れた。


 すると鏡に学校のグラウンドが映る。


 なにこれ?


 魔法って、こんなことも出来るの?


 って、松谷さん!?


 グラウンドには松谷さんが立っている。

 今日も自主練をしていたんだ。


「もしかして、巻き込まれたの!?」


 鏡の中の松谷さんが全く動かない。


「詳しい事情は分からない。とにかく、急ぐんだ!」


「急ぐって、学校までは三十分以上かかるんだけど」


「空を飛べばいい」


「……え?」


 クラシーの言葉をすぐには理解できなかった。




 子供の頃見たアニメでは翼も箒もないのに、魔法少女が空を飛んでいた。


「まさか、自分が同じことをするなんて……」


 眼下に広がる街を見ながら呟く。


「浮遊魔法は基本だよ。とはいっても、初めから使えるなんて、やっぱり君は魔法の才能がある」


「こんな才能、要らなかった。……で、なんでクラシーは私の頭の上に乗っているの? 飛べないの?」


「飛べるけど、私は君のように膨大な魔力があるわけじゃないから、節約して相乗りしているんだ」


 相乗りって……


「ほら、見えてきたよ」


 私たちは学校へ到着し、すぐにグラウンドへ向かった。


 人影を確認する。


 松谷さんはホームベース付近に立っていた。


 少し距離が離れた場所に着地し、ビームライフルを具現化させる。


 松谷さんに近づいたら、「君は誰だい?」と話しかけられた。


「え? あ!」


 そうか、魔法少女の姿だから、松谷さんは私のことを認識できないんだ。


「えっと、正義の味方……です。この学校から、闇の気配がしたので駆けつけました」


 咄嗟とはいえ、私、何を言っちゃているのかな!?

 言っていて、顔が熱くなってきた。


「正義の味方? もしかして、魔法少女?」


 松谷さんの理解は早かった。


「えっと、はい、魔法少女です。えっと、あなたは大丈夫ですか? 黒い人型に襲われたりしていませんか?」


「黒い人型? そんなのは見ていないや」


「そうですか……」


 周囲を確認した。


 物が壊れた様子は無いし、松谷さんも普段通りだ。


 クラシーの言う通り、松谷さんには魔力があるようでそれは感じる。


 でも、他には何も探知できない。

 フォレストが現われる気配もない。


「ねぇ、クラシー、あなたの勘違いだった、ってことは………」


「紫音、危ない!」


「え?」


 クラシーの声は遅すぎた。


 目の前に迫る金属バット。


 次の瞬間には気絶しそうな衝撃と嫌な浮遊感に襲われる。


「…………」


 痛すぎて、声が出なかった。


 失いそうになる意識をどうにか繋いで、現状を確認する。


「野球部のグラウンドがあんな遠くに…………!?」


 私の身体は校舎の壁に叩きつけられて、止まったらしい。


「推定170メートルの特大ホームランだね」


 私を追ってきたクラシーがそんなことを言う。


「私、野球ボールじゃないんだけど!? いたた……」


 大声を出したら、頭が痛かった。


 魔法少女の力で強化されているけど、限度がある。


「来るよ!」


「噓でしょ!?」


 松谷さんが空中を蹴って、こちらへやって来る。


「この!」


 私は銃の引き金を三度引き、魔弾を放った。


 でも、すぐに後悔する。


 カキン、と三度、乾いた音がしたと思ったら、私の腹部に激痛が走った。


 私の放った弾丸は全て撃ち返されたのだ。


「そんなのアリなの……!? このままじゃ、まずいって!」


 学校の窓ガラスを割って、校内へ入る。


 広い場所だと分が悪い。


 一度、松谷さんを撒いて、態勢を立て直そう。


 そう思ったのに……!


「全然振り切れないんだけど!?」


 魔法少女の力で私は通常時なありえない程早く走っている。


 それなのに松谷さんは私に付いて来る。


「ねぇ、松谷さんの様子が明らかにおかしいけど、魔法少女になっちゃったの!?」


「いいや、魔法少女ほどの魔力は感じない。恐らく、操られている。それでも君を追いかけられるのは突出した身体能力がなせる業だろう。」


 クラシーは私の頭に乗って、呑気なことを言う。


「身体能力が関係あるの!?」


「ある。魔法で身体能力が強化されるのは掛け算のようなものだからね。君の魔力が十だとして、身体能力が一だったら、合計は十。後ろから追いかけて来るあの子の魔力が半分の五だとしても、身体能力が三なら、合計は十五……みたいなイメージを持ってもらうと分かりやすい」


「本当に分かりやすいね、ありがとう! くそったれ!!」


 私は夜の学校の廊下を疾走しながら、悪態をついた。


 直線はマズい!


 どうせ、後で直るなら……!


 私はまた窓ガラスを割って、中庭に出る。


 そして、また別の窓ガラスを割って、校内へ入った。


 何度も繰り返し、やっと松谷さんを撒いた。


 撒いたと言っても…………


「内田さ~~ん、どこかな~~」


「!?」


 松谷さんは私の隠れる掃除用具ロッカーの側に居た。

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