かんべんして! 闇に狙われた学校④

※今回は三人称視点になります。


「やっと、終わった~~」


 部員の一人が言う。


 現在の時刻は十八時を過ぎたところ。

 女子野球部は練習を終え、グラウンド整備と用具の片付けをする。


 そして、大半の部員が帰宅の準備を始めた。


「ねぇ、僕、自主練をしていくんだけど、誰か一緒にどう?」


 一巴が言うと部室は静かになった。


「ごめん、疲れたし、みんなは帰りたがっているの」


 主将を務める深田優美が代表して言う。


「そっか……それならしょうがないね。また今度、誘うよ!」


 一巴は笑いながら返答した。


「松谷さん、私たちを自主練に誘わないでくれる?」


「え?」


 この日の深田優美の口調はいつもより強かった。


「みんな、練習中は一生懸命やってる。手は抜いてない。休む時は休む。メリハリは必要。あなたの体力に合わせたら、絶対に怪我人が出る。それとも怪我人が出るのはしょうがない、とか思っているわけ?」


 深田優美は敵意を剥き出しにする。


「ちょっと、そんなこと、言わないでよ」


 キャッチャーを務める下崎小春は一巴を庇った。


 深田優美と下崎小春の間で一触即発の雰囲気が流れる。


 誰も止めることが出来ずにいたら、


「あはは、みんな、ごめんね。僕が練習に誘ったから、変な空気にさせちゃった!」


 一巴は無理と大きな声で言った。


 すると部室の空気が少しだけ変わる。


「じゃあ、みんなは気を付けて帰ってね! 僕、学校外周を走って来るよ!」


 一巴は部室を飛び出した。


 短距離をダッシュし、立ち止まる。


「全然、上手く行かないや」


 一巴は人前で見せない表情をする。


「一巴!」と叫び声、そして、走って来る音がした。


「小春、どうしたの? もう帰りなよ」


「わ、私も一緒に走るから!」


「でも、小春の家って門限が厳しいんでしょ? 前に僕に付き合って、遅くまで練習をしていたら、怒られたって聞いた」


「少しなら大丈夫。……優美のこと、あまり怒らないであげて。あいつにはあいつなりに考えがある、と思う」


「小春…………ありがとう。じゃあ、全力で行こうか!」


「ちょっと、あんたの全力に私が付いていけるわけないでしょ! 待って! 夜の学校怖い!」


 小春は必死に一巴を追いかける。


 そして、二人は少しの間だけ自主練をした。


 しかし、門限のある小春は十八時半過ぎには帰ってしまう。


 一巴は一人で素振りをすることにした。


「僕が相手のバッターを全員抑えて、僕がホームランを打てば、試合には勝てる……それをずっと繰り返せば、全国制覇……僕が頑張ればいい……僕が……」


 ぶつぶつ言いながら、素振りを続ける。


「ん?」


 ふと、闇の中で何かが動いたのに気が付いた。


「何かいる? …………猫?」


 真っ黒な猫は一巴に近づく。


「どこから来たのかな?」


 一巴は腰を下ろして、黒猫に触れようとした。


「君には不満があるだろう?」


「え!?」


 黒猫がしゃべったので、一巴は驚いた。


 周りを見渡すが、人の気配はない。


「猫がしゃべった? 夢?」


「夢じゃない。私はね、君を救いに来たんだ」


「別に僕は救われることなんてないよ」


「それはどうかな? 君は常日頃から思っているはずだ。なんで周りの人たちは全力で生きようとしないのか、と」


「…………」


「孤独に思っているはずだ。現に君は今も一人」


(この猫は一体、なに? 僕の心に入り込もうとする言葉が気持ち悪い)


「どうだい、私と一緒にこんな世界、壊さないか?」


「君は一体何者? ただの猫じゃないよね?」


「私は平等で、競争の無い世界を創ろうとする者、名はソーシャと言う」


「ソーシャ……さん、ごめん、僕は世界を壊すとか、嫌だ。不満はあるよ。でも、この世界には大切なものもあるから」


「なるほど、それは残念だ」


 一巴はバットを強く握った。


 今の状況が異常なことは分かる。


 襲われるかもしれない、と思い、一巴は身構えた。


「それじゃ、失礼するよ。練習、頑張ってね」


「え? うん……」


 でも、驚くほど話がすんなり終わって、一巴は脱力した。


 ソーシャは反転し、去って行く。


「君は幹部候補だったのに残念だよ。フォレスト、後は頼む」


「え?」


 気配がして振り向くとフォレストが立っていた。


「魔法少女のコスプレ? 君は一体……!?」


 一巴の言葉は途中で途切れる。

 フォレストに首を掴まれた。


(この子、力が強い! 僕でも振り解けないなんて……! それにどうして、この身長差で僕の首を掴めるの?)


 一巴が何とか首を動かし、視点を下へ向けるとフォレストが浮遊していることに気付く。


「き、君は一体……」


「驚きました。声が出せるんですね。心配しないでください。殺しはしませんよ。私の操り人形にするだけです」


 一巴は自分の体の中に何か良くないものが入っていく感覚に襲われた。


 しかし、抵抗は出来ず、やがて、意識が混濁する。



 


 

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