それは不思議な出会い? ②
「どうしたの?」と松谷さんは言う。
「それは私の台詞でもあるよ。見たところ、部活はとっくに終わっていそうだけど?」
グラウンドの照明は消えているし、松谷さん以外の部員はもういないみたい。
松谷さんは「自主練だよ」と言って、手に持っていたバットを見せる。
「松谷さんが自主練をする必要なんてあるの?」
皮肉とかではなく、素朴な疑問として、そんなことを言ってしまった。
松谷世代、なんてマスコミで言われるほどの松谷さんは野球選手としての才能がある。
「あるよ。僕、プロ野球選手になりたいから」
松谷さんは躊躇いなく、宣言した。
「プロ野球選手? 松谷さんなら今のままでも成れるんじゃないの?」
詳しくは分からないけど、松谷さんが世代ナンバーワンならプロ野球選手にだって成れる。
しかし、松谷さんは首を横に振った。
「生徒会長さんが言っているプロ野球って女子プロ野球のことでしょ?」
私は頷いた。
「違うんだよ。僕が成りたいのは女子としてのプロ野球選手じゃないんだ。野球をやっている男の子たちが憧れるあの世界に僕は立ちたい。そして、エースになりたい。あっ、四番もやりたいなぁ。いや、一番バッターも格好良いなぁ」
松谷さんは軽くバットは振る。
「…………」
「生徒会長、僕のこと、馬鹿だと思った?」
「ううん。凄いことを考えているんだな、って思ってた」
私が本心から言うと松谷さんは笑った。
「ありがとう。ほとんどの人は否定するんだよね。その度に燃えてるんだ。絶対になってやろう、って思う」
松谷さんは力強く宣言する。
「そして、プロ野球選手になって、僕の夢を笑ったり、否定した人たちに心の中で、ざまーみろ! って、叫ぶんだ。爽快だと思わない?」
松谷さんは無邪気に笑った。
やっぱり天才は目指しているところが違う。
私が野球をやっていたとしても、松谷さんみたいなことは言えないし、考えられない。
「ごめん、話が逸れちゃったね。話は戻るけど、生徒会長さんはどうして学校に戻ってきたの?」
「今更だけど、生徒会長さんじゃなくて、内田って呼んでもらえればいいよ。同級生なんだしさ。私が戻ってきたのはスマホを探す為」
松谷さんにスマホを落としてしまったことを説明する。
「それじゃ僕のせいでもあるね。ちょっと待ってて」
部室の方へ走っていき、戻ってきた松谷さんは手にライトを持っていた。
「僕はスマホの明かりで探すから生徒会長……じゃなくて、内田さんはこれを使って」
そう言いながら、松谷さんは私にライトを差し出す。
「ありがとう」と言いながら、私はライトを受け取った。
そして、二人でスマホを探し始める。
でも、中々、見つからない。
もしかして、誰かが拾って、職員室に届けてくれたのかな。
「あ!」と松谷さんが声を上げた。
「ど、どうしたの? 見つかった?」
「いやさ、よく考えたら、僕が内田さんのスマホに電話をすればいいんじゃないの?」
「あ…………」
なんで、こんなことに気付かなかったのだろうか?
私の電話番号を松谷さんに伝えて、鳴らしてもらう。
すると近くの茂みから着信音が聞こえた。
「あった! 良かった。ありがとう」
私がお礼を言うと松谷さんは驚いているようだった。
「どうしたの?」
「いやさ、内田さんって普段、落ち着いているから、そんな顔をするなんて意外だな、って」
言いながら、松谷さんは顔を近づける。
何だか、少しだけドキッとしてしまった。
松谷さんは長身だし、中性的な美形だから、男子に迫られたと錯覚したのかもしれない。
「と、とにかく、ありがとう。もう、遅いから、松谷さんも気を付けてね」
「お互いにね。そうだ、折角だし、僕の電話番号、登録しておいてね」
松谷さんは私のスマホを指差した。
「僕の方はもう登録したよ。生徒会長と仲良くなったら、色々と都合が良さそう」
松谷さんは自分のスマホの画面を私の方へ向ける。
「私と仲良くなっても得なんてないよ。だけど、電話番号は登録しておいたから」
私も松谷さんにスマホの画面を見せた。
「ありがとう。じゃあ、また明日、学校でね」
「うん、学校で」
私たちはそう言って、別れた。
「あ、まずいかも……」
スマホにはお母さんからの通知が何件も届いていた。
さすがに遅くなりすぎて、心配をさせてしまったらしい。
私はスマホを落としたことを説明した上で、これから帰ることを伝えた。
今日は生徒会長になって、松谷さんと接点が出来て、平凡な日常に珍しくイベントが起きた日。
この時はそう思っていた。
――――しかし私にはまだとんでもないイベントが残されていたらしい。
「え?」
駐輪場へ到着した時、私の自転車の籠に何かが入っていた。
それは暗闇の中で白く光っている。
動いたので生き物だとすぐに分かった。
「猫、だよね?」
見た目は間違いなく、白猫。
でも、何だが変な感じがする。
視線が合ったと思ったら、籠から飛び降り、近づいて来て、私の周りをグルグルと回る。
品定めをされているような気がした。
「えっ?」
白猫は私の肩へ飛び乗る。
「なに? なんなの!?」
振り払おうとしているのに白猫は中々、離れてくれない。
「離れて!」
私が叫ぶと白猫はやっと離れた。
そして、チャリン、という音がする。
「え?」
見ると私の首にはペンダントがかけられていた。
「なにこれ? これ、あなたの飼い主さんのもの?」
白猫に話しかけるが、もちろん、答えは帰ってこない。
当たり前だ。
猫は喋ったりしない。
それは当たり前のはずなのに……
「こっち」と声がした。
「!?」
私は周りを見渡す。
誰もいない。
白猫と目が合う。
暗闇でルビーみたいに赤く光る瞳だった。
「あなた、しゃべったの?」
私は白猫に馬鹿なことを確認する。
すると「こっち」と白猫は再び喋った。
そして、駆け出す。
「え? 一体、何なの? というか、このペンダント、返したいんだけど!?」
私は白猫を追いかけ、走り出した。
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