第67話 小リスの変調

もはや慣れた様子でギルドに集合するシロウ達。

これからダンジョンに向かおうとした時、ナツキが不意に声を上げた。


「あ、ちょっとコペ。結局その腕輪、着けてきちゃったんだ」


細い腕に嵌まる、無骨なデザインのブレスレット。少女はそれを持ち上げて見せてから答えた。


「ふふ、何だか思いのほか気に入っちゃって。見てると吸い込まれるような気がするっていうか、夢中になるっていうか……」


「そんなゴツいだけの腕輪が? コペ、あんた知らない間に趣味悪くなったんじゃない?」


ナツキが呆れたように言うが、コペに気にした様子はない。聞いているのかいないのか、今も熱心な視線をブレスレットに向けている。


「まあ、気に入ったっていうならいいけどさ……。私は似合わないと思うけどなあ、それ」


そうして、一向は今回もダンジョン攻略に向かった。

目指すは第四層。セレスの言葉によれば、次の第五層が最奥だという話である。

彼らのひと夏のダンジョン体験も、いよいよ終盤に差し掛かっていた。



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第四層に降りたシロウ達は、それまでとの雰囲気の違いに目を剥いた。

何しろ、大部分が岩と苔で構成されていたそれまでの階層と異なり、第四層はとても人工的な造りとなっていたのだ。

整理された区画、粘土のような材質の壁には幾重にも複雑な魔法陣が張り巡らされ、不気味に点滅を繰り返している。とてもではないが、先ほどまでと同じダンジョンの光景とは思えない。


「な、何だかさっきまでとは違った雰囲気ありますね……」

「シロウ君。皆も、ここからはあまり余計なものは触らないでね。何かあるといけないから」


脅すようなセレスの言葉に、一向はごくりと息を呑む。

どうやらここに来て初めて、気を引き締めてかからないといけないようだ。


しばらく通路を進むと、前方に見える大広間の奥から岩で出来た巨大な人形が現れた。


「ガーディアンね。どうやらここから先は、これまでみたいに簡単じゃないみたい」

「お、俺たちはどうしたらいいですか」


これまでと違って真剣な表情を浮かべるセレスに、シロウは怖じ気づきながらも尋ねる。せっかくここまで来たのだ、何もせずに帰るというわけにもいかない。


「大丈夫、戦闘は私に任せて。貴方たちはシロウ君を守って壁際に固まっていてちょうだい」


セレスの指示に、皆は大人しく従う。敵を前にしてぐだぐだと言い合っている暇はない。第一、ここに至るまでに魔物をことごとく排除せしめた彼女の実力は、疑う余地もなく本物だ。これまでに培った経験が、セレスとシロウ達の間に確かな信頼関係を構築させていた。


一息にガーディアンたちの足元まで駆け寄ると、セレスは大声を張り上げた。


「ほら、あなた達の相手は私よ! こちらにいらっしゃい!」


耳は無くとも声に込められた魔力に反応しているのか、ガーディアン達はセレスの方を向くと地響きを鳴らしながら進路を変更する。


セレスとガーディアン達の戦いはこれまでのように一瞬では終わらず、実力者である彼女をもってしても数分の時を要した。

彼女は最後に残ったガーディアンの足を蹴り飛ばすと、体勢が崩れたところにトドメの踵による一撃を叩き込んだ。


「……ふう。もうこっちに来ていいよ、皆」


戦闘終了の合図を聞いて、シロウたちは大広間に入るとセレスに歩み寄っていく。

激しい戦闘だったが、ガーディアンが鈍重だった事も手伝って、彼女は大した傷を負っていない。シロウは安堵にほっと胸を撫で下ろした。


「流石に第四層ともなると、低難易度ダンジョンとはいえ強い魔物が出てくるんですね。でも、やっぱりセレスさんは凄いです」


「ふふ、ありがとう。……でも、あのガーディアン達はこのダンジョン本来の魔物じゃないわ」


「え?」


シロウは首を傾げる。ダンジョンで出現したのにダンジョンの魔物ではないとは、どういう意味だろうか。シロウの疑問に答えるべく、セレスは言葉を続けた。


「以前、このダンジョンには管理している人がいたと言ったでしょ。あのガーディアン達は、その人物が設置したものよ。目的は恐らく、最下層への侵入者の撃退」


確かにこの第四層は人工的な構造をしている。とすれば、その管理者という人物は何らかの目的を持って、このダンジョンに手を加えていたという事だろう。


その成果を守るために、守護者を配置したという事なのだろうか。

シロウは何となく理解したつもりになって首肯した。


「なるほど、つまりこの下に、その人物が見られたくないものがあるって事ですか?」

「あるいは、そこに辿り着けるかどうか試している…とかね。いずれにせよ、何らかの意図、あるいは作為のようなものを感じるわ」


シロウはうーんと思い悩む。考えていても仕方がないのだが、ここに来るまでの各階層に設置してあった小部屋の仕掛けといい、このダンジョンはどうやら普通とは言い難いらしい。


となると、このまま先に進んでいいものか、ここまで流されるがままにセレスに付き合ってダンジョンに潜っていたシロウも、今一度考え直すべきなのかもしれない。


「あ、ちょっと。コペ? ……コペ? どうしたの!? 」


シロウが思案に首を捻っている時、ふと背後からナツキの慌てたような叫び声が響いた。振り返ると、彼女はコペに向けて何かを叫んでいる。


「ナツキ、どうした?」

「ちょ、ちょっとシーたん! さっきから、コペの様子が変なの!」


見ると、コペはこうして自分について騒がれているにも関わらず、自分のブレスレットを一心不乱に見つめ続けている。よく見ると目は虚ろで、口許は半開きになっている。明らかに異常だ。


「お、おーい。コペ……? だ、大丈夫?」


シロウが恐る恐る声をかけると、コペは彼の声にだけは反応して顔を上げた。


「あ……クサカ君だ。一体どうしたの? 私に何か用事?」

「あ、いや。えーっと……」


何かがおかしい。明らかに平常ではないその様子に、次第に場の緊張感が高まっていく。原因不明の焦燥に、シロウの喉がごくりと鳴った。


「それより、これ見てよ。ブレスレット。私が見つけたんだよ。綺麗でしょ?」

「え? あ、えっと、その……」


彼女が自慢するように見せびらかしてきたのは、何の変哲もない、それどころか無骨過ぎて少女には似合わない大きな腕輪だ。彼女が後生大事にそれを着けていたのはシロウも先ほど確認した。しかし、それがどうしたというのだろう。


「私……このブレスレットを眺めていると、何だか心が解放されたような気がするの。日頃の鬱憤が晴れて、精神が洗われるような……。そんな気分になるんだ」


その言葉に、シロウは少女の変調した原因がブレスレットにある事を悟る。何とかあれを彼女の腕から外す事が出来たなら、元のコペに戻るだろうか。


「あ、あのさ。コペ。俺も気になるから、ちょっとその腕輪、一旦外してよく見せてくれないか?」


シロウがそう言うと、コペはしばらく無言で考え込む。やがて口から出てきた言葉は、拒絶の言葉だった。


「ごめんね、この腕輪は外したくないかな。外すな、外しちゃ駄目だって声が頭に響くの。だからずっと着けておくの。ずっと、ずっと――」


「ちょっとごめんね、シロウ君」


明らかに様子のおかしいコペを前に困惑するシロウを押しのけて、セレスが少女の前に出た。


「ねえ、そのブレスレット、私にもよく見せてくれるかな。もしかすると、何か危険な効果が――」


「私に触らないでっ!!」

「きゃっ!」


バチッ! と、静電気が鳴るような音が響いてセレスが真後ろに吹き飛ぶ。

どうやら、コペが彼女を押し飛ばしたようだが……。

少女自身も、自分のした事に驚いたのか手のひらをぼんやりと見つめている。


「あのセレスさんを吹き飛ばすなんて……。コペってあんなに力強かったのか」

「そ、そんなわけないでしょシーたん! ちょっとコペ、一体どうしちゃったの!?」


ナツキが驚いて詰め寄るが、コペは腕を一振りして彼女も突き飛ばした。


「あうっ……」

「ごめんね、ナっちゃん。――今は少しどいていて」


尻もちをつくナツキを尻目に、コペはシロウに向かって歩いてくる。

何か、尋常ではない雰囲気だ。


「ちょっとコペさん! シロウ様に何かなさるというのなら、わたくしがお相手しますわよ!!」

「わ、私も……。あ……シロウ、さん……?」


前に出ようとする少女たちの腕をそっと引いて、シロウは自分の背後に引っ張る。

今のコペは何をしでかすか分からない。万が一にもスツーカやフィーナを傷付けられるわけにはいかなかった。

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