第64話 ダンジョンの外でもデート その2

「……今のところ、何事もありませんわね」

「わ、私たちが付いてきてるの、シロウさん達にバレてないかな……?」


 大通りにある看板や建物の陰に隠れながら、少女たちはこそこそと二人を追いかける。目的の二人は未だ、街をぶらぶらと散歩している。


「この炎天下、すぐにお店に入ったりするかと思いましたが……。意外と歩きますわね」

「あっ。でも、カフェに入っていくみたいだよ」


 スツーカが指摘する通り、彼らは大通り沿いにある喫茶店に入っていく。ここはゆったりと落ち着いた雰囲気を味わえることから、地元の住民にも評判の店だ。


「まずはゆっくりトークを楽しもうという訳ですのね……。わたくし達も入りたいところですが、くぅっ。シロウ様の席からだと、入り口が丸見えですわ!」

「うーん……。ざ、残念だけど、外で待っているしかないみたいだね」

「仕方がありませんわね」


 少女たちは日陰に移動して、シロウ達が出てくるのを待つことにした。


「……うう、暑いですわ~。今日は思ったより陽射しが強くてやーですわ……」

「あ。フィ、フィーナちゃん。あそこでアイス売ってるよ」


 ソフトクリームをペロペロと舐めながら、二人は喫茶店の入り口を見張る。

 やがて店からシロウ達が出てくると、彼らは次の目的地に向かい始めた。


「ふう、やっと出てきましたわ。この暑さでじっとしていると溶けてしまいそうになりますの……。あ、あら? スツーカさん? 何処に行きましたの?」


 フィーナが辺りをきょろきょろと見渡すと、スツーカは暗がりからぬっと現れた。


「わ、私はここにいるよ……」

「きゃっ! ……ス、スツーカさん。そんな所に居ましたのね。あなた、隠れるのお上手ですわね……。ずっと一緒に居たはずですのに、完全に見失いましたわ」

「え、えへ。私、存在感無いから……それに、こういう隅っこは何だか落ち着くっていうか……」


 褒められているのかは定かではないが、スツーカは照れ臭そうにもじもじとした。気を取り直して二人はシロウ達を追いかける。


「今度はどこに行くのかしら?」

「さ、さぁ……」


 目的地は決まっているのか、彼らは先ほどまでと違って迷いなく歩いていた。

 その行き先は、映画館だ。彼らはチケットを買うと入場していった。


「スツーカさんっ。シロウ様たちが何のチケットを買ったか見えましたか!?」

「え、えっと……。こ、これかな」


 スツーカが指さしたのは、最近流行りの恋愛小説を映画化したタイトルである。

 男性役を演じる女優の役作りが凄いと、近頃世間で評判になっていた。

 ポスターに写った夕陽をバックに抱き合う二人の姿を見て、フィーナの顔が真っ赤に染まる。


「こ、こ、こ……こんな破廉恥な映画を、あの方はシロウ様と二人っきりで見るおつもりですの!?!?」

「え、ええ……? そ、そんなに過激な内容じゃないと思うけど……。だ、第一、フィーナちゃんは人の事言えないと思うな……」


 何せ、フィーナに関してはちょくちょくシロウに抱き着いている姿が至る所で目撃されているのだ。このポスター程度の事なら、日常的にしてるのではなかろうか。


「わたくしはシロウ様ととっても深ぁ~い仲ですもの! あれくらいスキンシップの一部ですわ!」

「そ、そうなんだ……。あ、それよりも、私たちも入るならチケット買わないと」

「ええ、そうですわね」


 スツーカはそれ以上深く追求せずに話を逸らす。何だかこれ以上言うと自分にもブーメランが飛んでくるような気がしたからだ。

 二人はポップコーンとドリンクもついでに注文すると、シロウ達に見つからないようにこっそりと席に着いた。



 ――そして映画が終わり、少女たちは映画館を後にした。


「…………」

「…………」


 何となく、言葉を発することもなく二人はとぼとぼと歩く。どちらともなく隣をちらりと盗み見ると、少女達は互いに似たような表情を浮かべていた。


「……あの映画、微妙でしたわね」

「……そ、そうだね」


 二人揃って憂鬱そうな溜息を吐く。彼女たちとて年頃の乙女である。偶然観ることになったとはいえ、流行りの恋愛映画と聞いては期待せずにはいられない。しかし、現実は残酷であった。


「何ですの、あの男性役の方は! 突然下らない理由でヒロインを怒鳴りつけて頬をはたいたと思ったら「手が汚れたから綺麗にしろ」だなんて! あんなのが二人のデートシーンだなんて信じられませんわ!」


「そ、それに……。ヒロインの方も何だか嬉しそうにしてたね。私だったら、多分泣いちゃうと思う……」


 こんなものが今流行っている恋愛映画なのだろうか。少女たちはげっそりとポスターを見返した。


「……この抱き合ってる場面。まさか男性役が女性役に格闘技を仕掛けようとしている瞬間だとは思いませんでしたわね……」

「こ、この後、腕を極められるんだよね……。女優さん、痛そうだったね」


 恐ろしい映画だった。二人は精神力がガリガリと削られたような錯覚に陥る。何よりも恐怖を煽られるのは、このようなネガティブな感想を抱いているのが二人だけだと思われる点だ。少女たちと同じように映画館から出てくる人々は、みな感動した様子だ。中には涙ぐんでいる人もいる。


「わたくし達。シロウ様と一緒にいるせいか、世間と感覚がズレてきているのかもしれませんわね……」

「う、うん……」


 少女たちは、シロウと出会えた幸運を改めて神に感謝するのだった。

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