第63話 ダンジョンの外でもデート その1

「あれ。コペ、そのブレスレット……どうしたの?」


いつの間にか、すっかり定期的に行われるようになったダンジョン攻略を終えて帰っている途中、ナツキはコペの腕に嵌められたアクセサリーに注目した。無骨な金属の外見は、少女が付けるにしては少々厳ついデザインだ。


「ああ、これ? さっきね、ダンジョンの中で見つけたの。歩いてたら突然、指輪が反応してね。それで、周囲を少し調べてみたら岩陰にこれが転がってて……」


「へ~……。隣に居たのに全然気付かなかった。なに、その指輪ってお宝発見機だったわけ? ……あ、でもさぁ。ちょっとそのデザイン微妙じゃない? なんかゴツゴツしてるっていうか。コペにはあんま合ってないような……」


不似合いを指摘されたコペは、不服そうに頬を膨らませた。


「もう、せっかく見つけたんだからいいじゃない。ずっと付けておくつもりもないし、今だけだもん」


「ふーん。ま、コペって案外そういう子供っぽいとこあるよねぇ。戦利品に夢中になっちゃうところとか。私なら、その辺に転がってた物なんてあんま触りたくないけどなぁ」


ブレスレットを庇うように腕を隠すコペを見て、ナツキは呆れて肩を竦める。

幼い頃からこの少女には、どこからか妙な物を拾ってきては嬉しそうに見せびらかす妙な悪癖があるのだ。


「むぅ。どうせ私は何でも拾っちゃうお子様ですよーだ。でも、このブレスレットは今までとどことなく違う気がするの。指輪が示す先に置いてあって。そう、なんだか、誰かに導かれてるような……」


コペが大事そうに腕輪を撫でる。どことなく浮ついたような雰囲気に、ナツキは若干の違和感を覚えた。


「……? まあ、コペが良いならそれでいいけどね。でも、念のために後でセレスさんに確認してもらったら? もしかしたら呪いのアイテムみたいな物かもしれないし」


「う、うん……分かった。――あ、それはそうと、夕べの話なんだけどね?」

「え、うん。何々?」


そうして、彼女たちは話題を切り替えて楽しそうにお喋りを続ける。

少女の腕に嵌められた腕輪が、夕陽に照らされて一瞬鈍い光を放った。



--------



その日。シロウがセレスに呼び出されて街に出ると、彼女は私服でベンチに腰掛けて本を読んでいた。


彼女の上半身は淡いピンク色のふんわりとしたニットセーターで、肩にフリルがあしらわれ、袖口には小さなリボンがついている。下半身には白いフレアスカートを合わせ、ウエストには細いベルトでアクセントをつけていた。


セレスという極上の美女が着こなすその可愛らしい私服姿に、シロウは思わず見惚れてしまう。


「……はっ。やばいやばい。相手を待たせてるのにゆっくり見惚れてる場合じゃないぞ。おーい、セレスさん。お待たせしてすいません」


正気に返ったシロウが手を振りながら駆け寄ると、文庫本から顔を上げたセレスは穏やかな雰囲気で慈しむように笑った。


「ふふ。そんなに待ってないよ。シロウ君の方こそ、急いで来たみたいだけど大丈夫? 汗、すごいよ?」


彼女はポーチからハンカチを取り出すと、シロウの額から流れ落ちる汗を優しく拭きとった。急激な距離の詰め方に、シロウは思わず頬を紅潮させる。


思えばこれまでのセレスは、ダンジョン攻略用の色気のない装備に身を包んでいた。

こうして私服の彼女と接するのは初めてかもしれない。意識すると何だか急に良い匂いが漂ってくるような気がして、シロウは暑さとは別の意味で頭をくらくらさせた。


「……これでよし。でも、何だか顔も赤いみたい。熱中症とか危ないし、まずは涼しいところに行こっか?」

「は、はい……」


先導するセレスの優しい声色に釣られて、シロウはのこのこと後を付いていく。

もしもこれで彼女が悪徳セールスや美人局のような存在だったなら、シロウはあっさりと金品を巻き上げられていることだろう。だが、それも仕方がない事だ。

何しろ今日の私服姿のセレスは、シロウの理想の女性像そのものだったのだから。


「……ふふ。もう、さっきからそんなに見つめられたら恥ずかしいよ?」

「……ハッ。 す、すいません!」


色々な意味で脳を蕩けさせながら、シロウはセレスの案内で空調の効いた喫茶店に入る。席に着くと、涼しげな空気と微かに漂うコーヒー豆の芳醇な香りがシロウの高ぶる感情をゆっくりと静めていった。


「はあ……生き返るぅ~……。何だか、暑さで頭が茹だってた気がします」

「もう……この季節、陽射しには気を付けてないと駄目だよ? 肌にも健康にも悪いんだから」


シロウの頭が茹だっていたのは必ずしも暑さのせいだけではないのだが、それはさておき。涼しい場所でひとまず落ち着いた事で、シロウは今日の用件について、まだ何も聞いていなかった事を思い出した。


「あの~。それで、今日はいったい何をするんですか? こっちは私服で待ち合わせとしか聞いてないんですけど……」


私服でというからには、ダンジョンとは関係の無い事なのだろうが。

そうシロウが予想する通り、セレスはにんまりと悪戯げに笑ってシロウの顔を覗き込んだ。


「今日はね。お姉さん、シロウ君とデートしたいなって思って」

「デ、デート……ですか?」


デート、甘美な響きである。瞬く間にシロウの脳内で妙な妄想が広がった。

以前にもデートと称して他の少女と街で遊んだ事は何度かある。しかし、今度は話が違う。何せ、相手はあのセレスだ。ただでさえ容姿がシロウの好みど真ん中の女性。しかも、今日の装いは彼のストライクゾーンをばっちり的確に抉ってきている。


最初にベンチで本を読みながら待っていたのも中々に芸術点が高い。きめ細やかなお淑やかさの演出に、シロウのメンタルは始まったばかりで既に限界を訴えていた。


突然のデートの提案に混乱するシロウの表情を見て取ったセレスは、可笑しそうに苦笑しながら言った。


「くすくす……。そんなに緊張しなくてもいいんだよ? デートって言っても、その辺の学生が行きそうな場所を君と一緒に回ってみたいってだけだから」


「そ、それは別に構いませんけど……。どうして突然?」


シロウが尋ねると、セレスは少し考えるような姿勢を取ってから答えた。


「ほら。ダンジョンの例の小部屋があるじゃない。あれって多分、私たち二人の好感度……のようなものを判定して、先に進めるようになる仕組みだと思うの」


「はあ……」


「だからね。外であらかじめ私たちが親密になっておけば、今後も苦労なく先に進めるんじゃないかと思って。……ダメ、かな?」


そう言って、セレスは可愛らしく小首を傾げてみせる。


「うぐっ……」


ニットセーターを着た少し年上で美人なお姉さんの、ことさらあざとく可愛げを強調したポーズに、シロウは思わず唸り声を上げざるを得ない。何だこれは。反則じゃないのか。内心で早々に白旗を掲げながら、彼は仕方なく同意するかの如く、ぎこちなく頷いた。


「べ、別に構いませんよ。今日は暇だし。せ、せっかく来たんだし。なので、デートでも何でも……お付き合いします」


「ふふ。嬉しいな。ありがとう」


こうして年上美女の誘惑にあっさりと引っかかった事により、セレスとシロウによる突然のデートが決まった。


「……や、やっぱり秘密の逢引でしたわ! スツーカさん。わたくしたち、こっそり付いてきて、正解でしたわね!」

「うぅ……シロウさん……」


その背後を追いかける、小さなシルエットの二人組を連れて。

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