第62話 昼前の来客
"何者かが、天上世界を崩壊させようとしている"
先日、シロウがオニキスから受け取った手紙には、要約するとそのような事が書かれていた。
「えっと……いったい、どういう事ですか?」
リビングで、シロウとオニキスが向かい合って座っている。
テーブルの上にはもてなしに出されたお茶の湯気が立ち、その中央には急遽用意されたお茶菓子が置かれている。
シロウが尋ねると、オニキスはしばし考え込みながら言った。
「ここのところ、どうにも調子が悪くてな。私だけではなく、天上人全体が、だ。……我々も、未だ詳細を掴んではいないのだが、どうやら何者かが『天上の園』に侵入し、我々に対して何かしらの工作を行っているようだ」
彼が語るところによると、ここのところ天上人たちの身体を流れる魔力がその"仕掛け"によって継続的に奪われているらしい。彼らは奪われる魔力の流れを追って元となる魔力集積装置を発見。破壊したが、同様の仕掛けが天上の園のあちこちに巧妙に隠されている状態だという。
「天上人の保有する魔力は地上人のものと比べて純度が違う。より純粋な分、極めて強力なエネルギーなのだ。犯人は、その高純度なエネルギーを使って何かをしようとしていると見て間違いない」
「な、何かって?」
「それは分からん。……しかし、何者かが我々に隠れて『天上の園』に出入りしているのがまず不可解なのだ。まさか、我々天上人の中に、手引きしている者でもいるというのか……?」
オニキスは思考の海に沈み込むように、深く考え込んで沈黙する。
もっともシロウとしてはそのような話を急に聞かされても、どうする事も出来ないのだが。
「えーっと。犯人、捕まるといいですね」
「……そうだな。目下、下手人の捜索に余力を割いている。あくまで我々の責務はこの世界を外敵から護る事にあるが、その合間を縫って、必ずや見つけだしてみせよう」
オニキスは出されたお茶を一息に飲み干して、席を立った。
「――今日は突然押しかけて、すまなかったな」
「あ、いえ。俺は大丈夫です。……でも、出来れば次からは家の外で話しましょうか」
シロウがリビングから廊下に繋がる扉に目を向けると、こそこそとこちらの様子を覗く二対の瞳と視線が合った。
「あ、お母さん。顔出し過ぎ! お兄ちゃんにバレちゃったじゃん!」
「あらあら~」
キサラとエリスは慌てて隠れるが、もう遅い。
興味津々で部屋の中を覗いていた二人に呆れながらも、シロウはオニキスを見送りに席を立った。
廊下に出たオニキスはエリスに一瞥を向けると、軽く会釈をした。
「貴様がこの家の主か。本日は邪魔をした。もてなしに感謝する」
「まあまあ、これはご丁寧にありがとうございます。うちでよければ、是非いつでも寄ってらしてくださいね」
丁重な見送りの言葉に、オニキスがこくりと頷く。
思ったよりも、コミュニケーションが円滑だ。
外見や振る舞いからは冷淡な印象を受ける彼だが、思いのほか柔軟なところがあるようだ。
「それではな、シロウ殿。また、何か進展があれば伝えよう。あの子鼠のような少女にも、よろしく伝えておいてくれ」
「ええ。頑張ってください」
シロウが玄関先で見送る中、オニキスは天に舞い上がっていく。
周囲を歩く人々が、驚きに目を見開いた。
「……何だか、あっちも大変みたいだなぁ」
今日の話はシロウからすれば、はっきり言って他人事だ。魔導生物に魔力の大半を移譲してからというもの、空を飛び回るような高度な魔術は使用できなくなった。
オニキスらに連れて行ってもらいでもしない限り、自発的にかの地を訪れる事は、もはやできないのだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん。さっきの人、何だったの?」
「オニキスさんだよ。俺が記憶を無くしてから最初に会った天上人で、色々と教えてくれた恩人なんだ」
シロウは以前の出来事を思い浮かべて答える。
魔術という概念に縁が無かったシロウにコツを教えてくれたのが彼だった。
そのおかげで、シロウもフィーナに対して魔術の扱いを教えることが出来たのだ。
かくして縁とは不思議なものである。
「へぇ~。……あ、そういやあの人が来たのを見て、お姉ちゃんが慌てて部屋に引きこもっちゃったの。もう帰ったよ~って伝えてあげて?」
「ああ、了解」
シロウは二階に上がると、スツーカの部屋をノックした。
「オニキスさん、帰ったよ。もう出てきて大丈夫だから」
少しして扉がゆっくりと開き、中からパジャマ着の少女が顔を出した。
「……ほ、ほんとですか? もうあの人、いませんか?」
「居ない居ない。お空に帰っていったから、安心していいよ」
「ほっ……」
スツーカが安心にそっと胸を撫で下ろした。
どうやら目の前で啖呵を切って以来、彼女はオニキスとトパーズの二人が軽くトラウマになってしまったらしい。
今朝もオニキスが現れるや否や、そそくさと部屋に逃げ込んでいってしまった。
反対にオニキスの方はというと、意外にもスツーカの事を地上人にしては珍しく気概のある少女として、好意的に思っている節がある。
「何かとままならないもんだなぁ……」
「……? な、なんですか?」
「いや、何でもないから。気にしないで」
怪訝そうな顔を浮かべるスツーカに、シロウは苦笑しながら手を振った。
「……あ。それと、夏休みだからってパジャマはちゃんと着替えた方がいいよ」
「あ、あうぅ……み、見ないでくださいぃ……」
☆★☆★
作者からのご報告です。
少し更新頻度が不安定になるかもしれません。
しかし、遅くとも2,3日に1話のペースで投稿する予定なので、引き続き何卒よろしくお願い申し上げます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます