第61話 ダンジョンお散歩デート その2

「さて、またしても通路が塞がってるわけだけど……」


第三層もあらかた探索を終えた頃。

シロウたちは再び透明な壁の前で立ち往生していた。


「前回はどっかその辺に小部屋がありましたよね?」

「うん。だから今回もきっと何処かに……。あ、あった。ここだね」


セレスはあっさりと壁際の苔と蔓で隠された扉を発見する。

扉を開くと、中には前回とは大きく異なる雰囲気の部屋が広がっていた。


正面には巨大なスクリーンのような、四角く黒い板状のモニターが窓枠に囲まれている。その前には二対のチェアが置かれていた。


「……映画館?」

「それも、二人用のね。なんでこんな場所がダンジョンの内部にあるのかは知らないけれど」


シロウの疑問調の呟きにセレスが答えた。


「二人用ってことは……もしかして、また?」


コペの台詞に、フィーナが素早く手を上げる。


「はいはい! 今度はわたくしがシロウ様とご一緒しますわ!」

「部屋の作りからして、危ない事も無さそうだし……ねえ?」


フィーナとナツキの言葉にセレスはやれやれと首を振る。


「ふぅ、分かってないなぁ君たち。ダンジョンの中はどんな危険があるか未知数なんだから。いざという時、シロウ君の身を護れるのは私だけ。だから今度も私が一緒に入るよ」


「ぶぅぶぅ! 横暴ですわー! わたくしもシロウ様と映画デートしたいですわー!」

「はいはい。可愛い子豚さん、お外でちょっと待っててね~」

「わたくしは子豚さんじゃありませんわぁ~~~!! あ、あう。だ、だから押さないでくださいまし~~!!」

「あ、ちょっと! 私も納得いってないんですけどー!?」


セレスは手際良く二人を扉の外に放り出すと、爽やかな笑顔で振り返った。


「さて! シロウ君はお姉さんと一緒に映画、観よっか?」

「あ、はい」


何故か、そういう事になった。



"ようこそ、お客様。ポップコーンとお飲み物を用意して、座席でお待ちください"


前回と同じように、人工音声が部屋に響いた。


「ポップコーンと飲み物って……そんなこと急に言われてもなあ」


一応休憩の時のためにおやつとジュースは持ってきてあったのだが、残念ながら既に消費してしまった。

シロウが困惑していると、不意に何処からか、ポップコーンとドリンクの入った容器がふわふわと宙を浮かびながらシロウたちの眼前に出現した。


「ほら、これを受け取れって事じゃない?」

「一体どうなってんだ、この部屋は……」


シロウとセレスはポップコーンとドリンクを受け取ると、座席の肘掛けに備え付けられたホルダーに置いた。


二人が席に腰かけると、いつしか部屋の中にゆったりとした音楽が流れ始め、ひんやりと心地よい風が室内をそよいだ。

湿気とほどほどに蒸し暑い気温のおかげで汗ばむ身体が、徐々にそよ風によって冷まされていく。


「はあ~。快適っすね。……なんでダンジョンまで来て涼んでるんだって話ですけど」

「それはね、きっと夏だからよ」

「そんなもんっすかね」


人間にとって最適な温度に調整された快適な室内で時折ポップコーンをつまみながら、二人はだらりと脳の働かない会話の応酬を始める。


「でも夏って俺、好きなんですよ。確かに外は暑いけど、クーラーの効いた部屋の中でアイス食べて漫画読んでる時の幸せは何にも代えられないっていうかぁ……」


「ふふ。私も気持ちは分かるよ。漫画は読まないけど、魔導の力で冷気が保たれた部屋で一日を過ごしていると、外に出たくなくなるもんね」


「ああ、こっちにはクーラーの代わりにマジックアイテムがありますもんねぇ。家でもエリスさんが俺の借り部屋に設置しておいてくれて。おかげで助かってます」


「君の元居た世界では、夏場はどうしていたの?」


「ん~。あっちではエアコン、冷気とか温風を放つ機械があってですね……」


「へえ~。何それ、便利そうだね。私たちの世界も、魔導が無ければそういう風に技術が進化していたのかな」


「そうかもですねぇ。こっちにもテレビなんかはあるわけだし。必要が無かったから作られなかっただけじゃないですかね~……」


シロウは背もたれにぐてりと寄りかかる。

思いのほか座り心地の良い椅子に、慣れないダンジョンの気疲れが解れていく。


「はぁ~~。快適過ぎてなんだか俺、眠くなってきました」

「ふふ。私が退屈しちゃうから、ちゃんと起きていてね。……あ。見て? そろそろ始まるみたい」


セレスに促されてシロウが正面のスクリーンに目を向けると、そこには先ほどまでの黒塗りの画面から打って変わって活気ある何処かの街並みが映し出されていた。


通りを行き交う人々の中には、おおよそ半々ほどの割合で男性と女性が入り混じっている。

シロウがつい何か月か前まで当たり前に、そして今となっては決して見ることの出来なくなった光景だ。


「……おお。何だか懐かしい気持ちになるなぁ。どうやって撮影してるんだろ」

「きっと、魔術で想像を再現しているんじゃないかな。この映像を作った人は、きっと魔導の天才なんだね」


そのままシロウがぼんやりと画面を見つめていると、映像は次々に切り替わっていった。

画面の中では、大学生くらいの男女が偶然出会い、少しずつ仲良くなっていき、やがて恋が芽生えるという、特にひねりのない普通のラブストーリーが展開されていた。


(……やばい、本格的に眠くなってきた。そもそも俺、恋愛物って元々あまり観たことないんだよな)


シロウは隣に座るセレスにばれないように、小さく欠伸を嚙み殺した。

隣をちらりと窺うと、セレスはスクリーンに映る男女を真剣に見つめている。


(すごく熱中してるなぁ。……これ、終わった後に感想とか話し合うやつじゃない? マズイ、寝落ちしたら怒られそうだ)


映像の男女は徐々に関係を深めていき、ドラマチックなすれ違いを乗り越え、そしてついにキスシーンを迎えた。

すっかり集中力を無くしたシロウが隣を窺うと、セレスは顔を真っ赤にして熱中している。


(キスシーンで照れる20代前半のお姉さんか。……あり、だな!)


そんなくだらない事を考えて時間を潰しているうちに、映画はとうとうエンディングを迎えた。

愛し合う二人は立ちはだかる障害を跳ね除けてついに結ばれ、二人で手を取り合って共に未来へと歩き出す。そんな、最後までありがちな展開だった。


「ふぃ~、やっと終わった……」


映画が終わり、シロウは凝り固まった身体をパキパキと鳴らす。


「……あ、じゃなくて。思ったより悪くなかったです……ねっ!?」


シロウが気持ちよく背伸びをしながら隣を向くと、セレスは滂沱の涙を流していた。


「うっうっ……。良かったぁ……。二人はああして結ばれる運命だったんだね……」

「セ、セレスさん……?」


どうやら彼女は感動のあまり涙していたようだ。

シロウには全く刺さらなかったが、彼女にとっては傑作だったらしい。


「うぅ……シロウ君も楽しめた?」

「あ、えーと……は、はい! とっても面白かったです!」


シロウは空気を読んで、頷いておくことにした。

こういう時は、下手に逆らってもろくなことが無い。


「ほ、本当? シロウ君はどの辺が気に入った? 私はね、男の子が彼女とデート中に手品を見せようとして、袖の中の花を取り出そうとしたら代わりにハンバーガーが出てきて二人で分け合うシーンが特に印象深くて……」


「なにその意味分かんない話。そ、そんな場面ありましたっけ?」


意味不明な説明に逆に興味が湧いてくる。

シロウは後半には半分寝ていたようなもので、残念ながら内容はほとんど記憶に残っていなかった。


「え? とっても大事なシーンだったじゃない。そのハンバーガーに仕掛けられた発信機のせいで、二人を追う謎の勢力に見つかってそのまま大規模な包囲戦が展開されて――」

「今観てたの恋愛ものじゃなかったんですか!?」


まさか、シロウが見逃していた間にそんな超展開が進行していたとは。

シロウが愕然としていると、やがて耐え切れなくなったように、セレスはくすりと笑った。


「ふふふ。……冗談だよ。そんな展開、あるわけないじゃない」

「ええっ!? 嘘だったんですか! だ、騙されたぁ……」

「騙されたー、じゃないよシロウ君。さてはキミ、ちゃんと観てなかったなぁ~?」

「うっ」


痛いところを突かれて、シロウが狼狽える。

不味い。これは怒られるやつかもしれない。


シロウが謝ろうとしたその時、人工音声が流れだした。


"お疲れ様でした。第四階層への道を解放いたしますので、日を改めて再びご来場下さい"


ピンポンパンポーン♪ とまるでアナウンスのような効果音が流れ、それきり人工音声は沈黙した。


「ほ、ほら! これで次に進めますよ! 良かったですね!」

「あ、話逸らした」

「そ、そんな事ありませんって。ほら、もう結構な時間が経ってますし、早く外に出ましょう。みんな待ちくたびれてますから」


シロウはこれ以上追及される前にどうにか有耶無耶にするべく、努めて明るく声を上げた。


「……もう。仕方ない子だね、キミは。仕方ない、ここは誤魔化されてあげようかな?」

「あ、ありがとうございます」


シロウがお礼を言うと彼女はくすくすと笑い、シロウの耳元に顔を近付けて言った。


「……その代わり。今度は外で二人っきりの映画館デート……しよっか?」

「え?」

「ふふ、約束。忘れちゃだめだからね?」


そう言い終わるとセレスはにっこりと微笑み、動揺するシロウを置きざりにして出ていった。

一人取り残されたシロウは、どきどきと跳ねる胸の鼓動を感じながら呟いた。


「……綺麗なお姉さんが、健全な男子高校生にそんな台詞言うのは反則だってのっ……!」


シロウの呟きは誰にも聞こえる事はなく、シアタールームのひんやりとした空気の中にゆっくりと溶けていくのだった。

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