第58話 異世界人とお祭り その3

 衣装の着替え用に仕切られた簡易的な更衣室の中から出てきた少女たちの姿に、シロウは釘付けになった。


 真っ先に目に留まったのはフィーナだ。

 彼女は、まるで中世の絵画から抜け出してきたかのようだった。黒を基調としたメイド服に身を包んでおり、彼女の金髪はシンプルなヘッドドレスにまとめられ、服の黒い生地と白いエプロンが対照的に映えている。

 袖口とスカートの裾に施されたフリルが彼女の可愛らしさを一層引き立てて、フィーナの明るい笑顔がますます輝いて見える。


「シロウ様! わたくしの衣装はどうですか? 似合っているでしょうか!?」

「ああ。フィーナに滅茶苦茶似合ってて可愛いぞ」

「きゃ~~~~~!! シロウ様に褒められてしまいましたわぁ~~!!」


 フィーナが頬に両手を当てて、くねくねと嬉しそうに身をよじる。


 その後ろからナツキがやってきた。


「ア、アタシは……その、どうかな?」


 ナツキは普段のギャルっぽい垢抜けたファッションとは打って変わって、ゴスロリのような服を着ていた。黒いドレスに、白いレースとリボンがふんだんにあしらわれており、何処か退廃的な雰囲気を醸し出す。彼女の髪は可愛らしいカチューシャでまとめられており、普段とはまた違ったナツキの魅力を引き立てている。


 肩をすくめて腕で自分を抱きしめるような仕草は、普段の彼女からは想像もできないほどしおらしく、どこか恥ずかしそうにしている姿が新鮮だ。頬はほんのりと赤く染まり、その照れた表情が彼女のギャップを際立たせている。


「ナツキは……なんというか、印象変わるな」

「ま、まあ。アタシにはこんな可愛いの似合わないしさ。シーたんも言いたい事ははっきり言っていいよ?」


 ナツキは顔を伏せて、ちらちらと不安そうに視線を向けている。


「確かに印象は変わるけど。でも、俺は良いと思うけどな」

「……ほ、ほんと? アタシ、可愛いかな?」


 ナツキは遠慮がちに尋ねる。


「うん、可愛い。自信持っていいと思う。ナツキは可愛いよ」

「~~~~!! あ、ありがと! ほ、ほら。それよりコペはどうよ? なんか拘ってるっぽくて可愛いっしょ!」

「きゃっ。ちょ、ちょっとナっちゃん! 引っ張らないで! 取れちゃうから!」


 真っ赤に染まる顔を隠しながら、ナツキは背後に立っていたコペを前に押し出した。


 コペは小柄な体格を活かした妖精のコスに身を包み、その可愛らしさを引き立てている。彼女の衣装は、淡い緑と青のシフォンで作られており、軽やかな羽が背中から伸びている。小さな花のアクセサリーが髪に飾られ、耳には繊細な蝶のようなイヤリングが揺れている。ふわりとしたスカートは優雅に揺れ、まるで物語の中から飛び出してきたような幻想的な雰囲気を醸し出している。コペはその姿に少し照れながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ、見てみて、クサカ君。ここ、本当に色んな衣装があってね。私みたいな小さい子向けのコスもたくさんあったんだ」

「へえ、そうなんだ。よく似合ってて可愛いな」

「だよね! やっぱりこの羽の部分が大事だと思うの。妖精らしさっていうのかな。一説にはこの羽は飛ぶためじゃなくて、魔力を伝達する器官としての役割を持っているらしくて、だから身体のサイズと比較してこれくらいが本来は正しくて……」


 よほどコスプレが嬉しいのだろう。

 彼女はテンションが上がったまま帰ってくる様子が無い。


 シロウは残る一人の姿が見えないことに気付いた。


「あれ、スツーカは?」

「あら、先ほどまでわたくしの隣に……。あら」


 フィーナが更衣室に向かうと、扉の陰から少女を引っ張り出した。


「ほら、こっちですわ! 隠れていては、せっかくの晴れ姿をシロウ様に見せられませんわよ!」

「あ、あうう」


 スツーカが姿を現すと、彼女の恰好は一風変わったものだった。

 森の祭司ドルイドを思わせる深い緑のローブに身を包んでおり、細やかな木の葉や花の刺繍が施された布が、柔らかく自然との調和を表現している。フードから垂らされた蔓のような飾りが少女の恥じらいに震え、ローブの裾がまるで風に吹かれた草原のようにふわりと広がり、遠慮がちに優しく揺れた。


 少女が深々と被ったフードを脱ぐと、その髪には美しくも可愛らしい花のアクセサリーが飾られている。手には細い木の杖が握られており、その先端には赤いクリスタルが光を反射していた。彼女はまるで森の精霊のような雰囲気を漂わせ、頬をほんのり赤らめながら恥ずかしそうに立っている。


「……」

「……おお」


 幻想的でありつつ愛らしさをも感じさせる衣装に身を包んだスツーカに、シロウは思わず言葉を失った。

 二人は無言で見つめ合う。


「シロウ様。どうか褒めてあげてくださいまし。彼女はシロウ様にお見せするために、勇気を出したのですわ」

「あ、ああ。……スツーカ、よく似合ってる。なんていうか、その……可愛いよ」

「……あ、ありがとうございます……」


 ぎこちない空気を醸し出す二人。

 その甘酸っぱい雰囲気をぶち壊すように、スタッフの女性が近づいてきた。


「ふぉーー!! 大変可愛らしい御姿ですよ、お嬢様がた! こうして、日常とは一味違う魅力を引き立てる。うーん、コスプレってやっぱり素晴らしいですね!」

「ですよね、ですよね! なんだか私、楽しいです!」


 奇声を上げる彼女に感化されたのか、コペが目をキラキラと輝かせて同意した。


「おお、分かりますか、お嬢様!」

「はい! コスプレって、自分の殻を破るみたいな感じがして、とっても楽しいです!」

「それはとても素晴らしい感性ですね! どうやら、貴女には”こちら側”の才能があるようです!」

「そ、そんな! わ……私なんかが!?」


 盛り上がる二人を遠目に、ナツキは呆れたような白い目を向ける。


「何でもいいけど、コペを遠い世界に連れていくのは止めてよね……」




「それでは、皆さんの着替えが終わったところでいよいよ本命のお時間です。ささ、衣装は一足先に更衣室に運び込んでおきましたよ。どうぞ心行くままお召し替えを」


 スタッフがシロウを更衣室へと促す。


「お、お召し替えって言われても。俺複雑な造りの服なんて着たことないし、着替え方が分からなかったら困るんですけど……」

「で、でしたら、不肖ながら私がおおお手伝いいたしましょうか!? あ、いえ。 決して下心があるわけではなくて、私は純粋にコスプレを楽しむ人々の助けになりたい一心でして、その……うへへ」

「ひ、一人で着替えますから結構です!」


 シロウは慌てて更衣室に入った。

 何だか、元の世界でセクハラに悩む女の子たちの苦労が少しだけ分かった気がする。


「あの人、訴えたら勝てるんじゃないかな……」


 実際に司法に訴えたとしたら、とんでもない大事になることは容易に想像がつくのでさすがにやらないが。


「さて、衣装ってのは……、うわ。こんなにあるのか」


 シロウが更衣室の仕切りの中を覗き込むと、中にはずらりと様々な衣装が用意されていた。

 その中で一番着るのが簡単そうなものを選んで袖を通す。


 彼が選んだのは、大人びた黒色のジャケットコートだった。肩から下にかけて流れるようなシルエットにはしっかりとした素材感があり、シンプルながらも安っぽさは無い。普段の制服姿と比べると、少年らしい面影を残しつつも何処か洗練された大人の雰囲気を漂わせている。


「うーん。これって似合ってるのか? ……分からん。ま、いいか。何でも」


 シロウは簡単に確認を済ませて、あっさりと鏡の前から離れると、更衣室から外に出た。


「わあ……」


 誰ともなく、感嘆の溜息が漏れる。

 待ち構えていた少女たちとスタッフの女性は、シロウの姿に釘付けだった。


「ええと、とりあえず目に付いたのを着てみたけど。これでいいのかな?」


「す…………すばらしい!! この道ウン年目にしてこれほどの芸術に出会うとは! 私は感動のあまり声も出ません! ああ、出ませんとも!」


 スタッフの女性が感動のあまり大声で叫んだ。あからさまな突っ込み待ちを無視しつつ、シロウは少女たちの反応を窺う。


「ク、クサカ君。それってひょっとして、『マリパテ』のアディウス様の衣装?」

「え? コペ、これも知ってるの?」


 一際大きな反応を示しているコペに、何となく嫌な予感を感じつつシロウが尋ねると、彼女は興奮しながら言った。


「もちろん! あのね。『マリパテ』は森の魔法使いマリィとアディウスという古代竜族の血を引く青年が契約を結ぶ代償として恋の感情を奪われるところから物語が始まるんだけど……」


 再び解説に夢中になったコペは置いて、シロウは他の少女たちに尋ねる。


「と、とにかく。この格好、別に変じゃないよな?」


「変どころか、ますます魅力に溢れておりますの! さすがはわたくしのシロウ様、最っ高にかっこいいですわぁ~~~~!!」


 フィーナが天にも昇るような恍惚の表情を浮かべる。

 彼女がシロウを褒め称えるのは毎度のことだが、その様子からすると、どうやらお気に召したようだ。


「ね、ねえ。他にも衣装ってあるんだよね?」


 ナツキがそわそわした様子でスタッフに尋ねる。


「勿論ですとも! この私に限って手抜かりはございません。このまま日が暮れるまでファッションショーを開催できるだけのコスチュームを、既に運び入れてありますとも!」


 自信満々のスタッフに、ナツキが畏敬の視線を送る。


「アンタ……、ふふ。やるじゃん」

「数少ないチャンスは確実にモノにする。それが私の人生における哲学です」


 彼女たちが熱い握手を交わす。


(何やってんだ、こいつら……)


 シロウは呆れた表情を浮かべる。

 その話を聞く限り、どうやらシロウは彼女たちが満足するまでの間、着せ替え人形の真似事をさせられるらしい。抵抗しようにも、残念ながら場の総意はシロウのコスプレファッションショー開催に大きく傾いていた。


「……次の衣装、着てくるよ」

「ま、待ってます、ね」


 ふりふりと小さく手を振るスツーカに見送られ、シロウは踵を返す。

 大人しく服屋のマネキンに徹する覚悟を決めて、少年は更衣室へと戻るのだった。

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