第57話 異世界人とお祭り その2
「コスプレイベント?」
祭りを楽しんでいる真っただ中。
シロウは聞き馴染みのない言葉に思わず聞き返した。
「うん。向こうでやってるみたい。一般参加や見学なんかもお気軽にだって」
コペが指さした方向には、確かにイベントが行われそうな大きなスペースが広がっている。
「行ってみる?」
「時間はいくらでもあるし、ちょっと見物していこうか。みんな、良いかな?」
せっかく近くを通りがかったので、どうせならとシロウたちはイベントを見ていくことにした。
「うおお、色んな恰好の人がいるな」
シロウたちの目の前には、様々な衣装に身を包んだ女性たちがいた。
華やかなドレスを着たお姫様、鋼の鎧を纏った騎士、カラフルな羽根を背にした妖精。あるいは漫画など創作上のキャラクターに至るまで。
衣装のクオリティは様々だったが、皆一様に楽しそうに笑顔を浮かべていた。布の質感や装飾の細部にまでこだわったコスプレイヤーもいれば、手作り感溢れる温かみのある衣装の人もいる。
キラキラと輝く衣装が会場全体を華やかに彩り、まるで異世界に迷い込んだような雰囲気が漂っていた。
「うわぁ、どの人もすごいな」
「本当だね。こんなにたくさんのコスチュームを見ると、なんだか夢の中にいるみたい……」
コペが目を輝かせながら、次々と登場するコスプレイヤーたちをうっとりと眺める。
その様子を見たナツキが、何気なく言った。
「コペはホント、こういうの好きだよねぇ」
「べ、別にオタ活のつもりで言ってるわけじゃないからね? 私は単純に、自分の好きな事を楽しんでる人たちを見るのが好きなだけだもん」
少女は顔を赤くさせて、そっぽを向いた。
するとその視線の先に、白磁の鎧に身を包んだ一人の凛々しい女騎士の姿が映る。
「あ……、あれってもしかして 『銀恋』のフローティア……? すごい、小説の挿絵で描かれてた彼女の姿が完璧に再現されてる……」
震える声で衝撃に目を見開いた少女は、女騎士の姿で勇ましくポーズを取る女性をまじまじと見つめる。
一方のシロウには、どうにも見覚えのないキャラクターだった。
「コペ、あのキャラ知ってるの?」
シロウが何となく尋ねると、少女はこれ以上無いほど大きく食いついた。
「クサカ君『銀恋』知らないの!? あのね、正式名称は『銀の剣と王冠の恋』っていうんだけど、内容はフローティアと王子様との運命的な恋物語でね! フローティアは作品のヒロインで、強くてとても誇り高い女騎士なの。最初は敵同士なんだけど、徐々にお互いに惹かれ合って、禁じられた愛を育んでいくんだ」
少女は興奮気味に続ける。
「『銀恋』は、二人の恋が避けられない戦争の運命をどう変えていくか、そして厳しい試練に立ち向かう彼女たちの愛がどれほど強いかという、愛の軌跡を描いた感動の作品なの! それでね、フローティアの忠義の心と、ほのかに胸に宿った相反する気持ちが織り成す心の葛藤が前半の見どころで、例えば原作の3巻では……」
「——ちょ、ちょっと待った! ストップ!」
「……はっ」
どこまで続くか分からない解説に、シロウは慌てて彼女の話を遮った。
その声で正気に戻ったコペは、自分が延々と一人で話し続けていた事に気付き、恥ずかしそうに頬を染める。
「ご、ごめんね? 知らない作品の内容を語られても、ピンと来ないよね」
「ああ、いや。何となくイメージは掴めたけどさ。今はイベント中だし、色々見て回ろうよ」
「う、うん」
コペは小さく頷いた。
シロウは内心でほっと息をつく。
どうやら、知らない作品についての長々とした説明を延々聞き続けるという拷問は、何とか回避できたようだ。
その時、明るい声がシロウたちの耳に飛び込んできた。
「一般参加を希望している方はこちらにどうぞ! 衣装の貸し出しも行っておりますので、どなた様でも飛び入り大歓迎で~す!」
声の方を見ると、イベントスタッフらしき若くエネルギッシュな女性が、メガホンを片手に大声で呼びかけている。
彼女は人ごみの中にシロウの姿を見つけると、驚いたような表情で猛然と走って来た。
「ちょっとそこのあなた、見事な男装ですね! まるで本物の男性みたいですよ! いったい何のキャラですか? あ、それともオリジナル? その顔はどうやってメイクしたんですか? 体格は筋トレで?」
「え、ええと。あの?」
女性の勢いに、思わずシロウが後退った。
「どうやらこの方、シロウ様のことを男装した女性だと思っていらっしゃるようですわね」
フィーナが顎に指を添えて、冷静に分析する。
さすがのシロウも、男装と間違われたのは初めてだ。これもコスプレ会場ならでは、ということか。
とはいえ、間違われたままでは話が進まない。シロウは大人しく説明することにした。
「えっと、すいません。実は……」
「え?」
「し、ししし、失礼いたしました!」
女性はメガホンを放り捨てると、勢いよく地べたに身を投げた。
まさかの土下座だ。
「こ、このたびは男性の方に大変失礼な事を申し上げまして。決してわざとではないというか、こんな奇抜な恰好をした女が集まるような場所に、まさか男性様が現れるとは思わなかったというか、そのぉ、ですね……」
彼女は額にだらだらと汗を流しながら、しどろもどろに言い訳を並べる。
その姿は、何とかしてシロウからお許しをいただこうと必死だ。
「い、いえいえ。別に怒ってませんから。ただ、女性と間違われたのは初めてだったので、面食らっただけです」
シロウが宥めると、彼女は地獄で一筋の救いの糸を見つけたような、希望に満ちた表情で顔を上げた。
「な、なんて麗しくも優しいお声にお言葉……。私ごときに優しく接していただけるなんて、あなたはひょっとして天使様……?」
「いえ、ただの男子学生です。ほら、いいから起きて下さい。手を貸しますから」
シロウが手を差し伸べると、彼女は感動のあまり震える手でシロウの手をそっと掴んだ。緊張のせいかその手は大量の汗で湿っていて、べちょべちょとした感触が少し気持ち悪い。
「お、おお……。男の子を触ってしまった……。私、ひょっとして暑さで幻を見ているのかな……。しかも相手は年下の、ピチピチの学園生……。これは何らかの犯罪に当たるのでは……!?」
女性は自分の手を見つめて、ブツブツと何事かを呟いている。
「はっ。こ、この手に付着した汗の何パーセントかは彼の身体から流れ出たもの。 つまり、この手の平の上でたった今。私と彼は複雑に絡まり合い、一つになっているというの……?」
「シーたん、この人いったい何言ってんの?」
「さあ……」
何となく分かるような、分かりたくないような。
少なくとも、あまり関わり合いになりたい類の相手ではなさそうだ。
シロウはなるべく深く考えないようにしながら言った。
「ま、まあともかく。別の場所も見て回ろうか」
「あ、うん」
シロウたちがその場を離れようとすると、スタッフの女性は我に返って顔を上げた。
「あ。ちょ、ちょっと待ってください!」
「えー……。な、なんですか?」
シロウは渋々振り返る。
彼女と関わることに、心なしか本能が警鐘を鳴らし始めていた。
「あなたの立派な男装……いえ。それは結果的に間違いだったわけですが。ともかく、私はあなたという最高の逸材に惚れてしまいました! あなたは絶対にコスプレが映えるはず! 是非、試しに一度コスプレしてみませんか!?」
「はぁ?」
突然の話で訝しげに首を傾げるシロウを置き去りに、彼女は一人興奮を加速させていく。
「私たちは、こんな時の為に多数の貸し出し衣装を取り揃えています! その中には、あなたという一等星をさらに輝かせる衣装がきっとある! 嗚呼、私には聞こえるのです! あなたという唯一の主を求める衣装たちの声が!」
陶酔したような顔つきで、彼女は語り続ける。
女性は目をギラギラと輝かせて、シロウの隣にいる少女たちに詰め寄った。
「お連れの方々はどうです!? 皆さんも、彼の多彩な魅力をぜひご覧になりたいですよね!王子様や騎士、吸血鬼に探偵など、彼の魅力を最大限に引き出す様々なコスチュームが揃っています! どうでしょう、この機会に彼の新たな一面を掘り起こしたいとはお思いになりませんか!?」
女性の勢いに圧されて、少女たちが互いの顔を見やる。
「……ま、まあ。アタシ、そういうのはよくわかんないけど……」
「シロウ様のコスプレ姿は、確かに見てみたいですわ……」
あっさりと丸め込まれた二人が女性側につく。
「お、お前らなぁ……。二人はどう思う?」
シロウがスツーカの方に目を向けると、彼女は困ったようにあわあわとしながらも、ごくりと喉を鳴らして言った。
「あ、あの……。わ、私もできれば、見て、みたいです……。シロウさんの……コスプレ」
「うぐっ」
滅多にないスツーカのおねだりに、シロウの心が揺らぐ。
シロウの内心で天秤が激しく上下する中、不意にぽんぽんと腕を叩かれる。
そちらに目を向けると、コペが胸の前で手を合わせてお願いのポーズを取っていた。
「クサカ君」
「な、なに?」
「……お願いっ! 一緒にコスプレしてくれないかな? 私たちも付き合うから!」
彼女は今までにない真摯な態度で詰め寄った。
その表情は真剣そのもので、彼女のかつてないほどの熱意が伝わってくる。
「……わ、分かった。 みんながそこまで言うなら。俺、何でも着るよ」
シロウは諦めて降参の意を示した。
どうも自分だけが着せ替え人形になるというわけでもないようだし、シロウとしてもついでに少女たちのコスプレが見られるのなら嬉しいイベントだ。
彼の言葉を聞いたスタッフの女性が喜びの声を上げる。
「な、何でも着てくれるんですか!? た、例えば私がイベント参加用の私物として持ってきたけど、流石に公然わいせつで捕まる気がして自重したこのボディスーツなんかでも――」
「せめて、公序良俗に反しない範囲でお願いします!」
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