第56話 異世界人とお祭り その1

「今度こそ、遊びに付き合ってもらうからねっ!」


 発端は、ナツキのそんな言葉だった。


「どうしてこうなった……」


 シロウは自分の胸元を見下ろす。

 そこにいたのは、奇妙な恰好をしたスツーカだった。


「あ、あの、ご、ごめんなさい。シロウさん、お願いだから、動かないで……」

「あ、ああ。ごめん!」


 シロウとスツーカは互いに抱き合うような体勢でもつれ合っていた。

 お互いの身体を密着させるように、紐のようなものが複雑に絡まっている。


「お、落ち着いて。ゆっくり解けば、大丈夫だから」

「あう、あうう……」


 顔を真っ赤にしてぐるぐると目を回しているスツーカを眺めながら、シロウはどうしてこうなったのか、その原因に思いを馳せるのだった。





「もう! せっかく今日こそ海で遊べると思ったのに~」


 ナツキがぷりぷりと怒りながら歩いている。


「あ、あはは……。仕方ないよ、ナっちゃん」

「ぐぬぬ、ずっと楽しみにしてたのに……」


 コペが宥めるが、あまり効果は見られない。


「ごめん……。まさか、こうなるとは思わなくてさ」

「あ、ううん! シーたんはちっとも悪くないよ」


 シロウが申し訳なさそうに言うと、ナツキはぶんぶんと手を振った。


「まさか、クサカ君が水着になった途端、警備員さんに追い出されるなんてね……」

「刺激が強すぎるって言われても、ちゃんと海パン履いてたんだけどなぁ」


 シロウが記憶をなぞっていると、ナツキが呆れたように言った。


「いきなり上半身裸で現れたら、そりゃあねえ……。シーたんは、いい加減に自分の魅力を理解した方が良いと思うよ?」

「今更だけど、価値観が違う……」


 果たして、シロウがこの世界に馴染めるのはいつの日か。


「第一、その男性向け海パンっての? 一体どこでそんな破廉恥な物買ったの?」

「破廉恥て。普通に店で買ったけどなあ。ほら、あの商店街の端にある……」

「……シーたん。そこ、大人のお店だよ。女の人が妄想用に使う小道具とか、そういうの置いてある怪しいお店」

「……マジ?」


 ナツキがこくりと頷くと、シロウは頭を抱えた。


「た、確かにお店の人の反応が妙だったんだよな……。いつもの事だと思ってスルーしてたけど。じゃあ、俺って公共の場に大人のグッズを装着していった変態と思われたってコト!?」

「あ、あはは……。まさか、お店の人も男の人が実際に使うなんて思ってなかったと思うけど……。シーたん、ドンマイ☆」

「ぐああああっ! 恥ずかしすぎるッ……!!!」


 悶絶していたシロウは、ふとある事に気付いた。


「……ん? そういえばナツキ。なんでその店に詳しいんだ? まさか、お前……」

「んなっ! ば、ばか! アタシは噂で聞いただけだってば!」

「だ、だよなあ。ナツキに限ってそんな、なあ?」

「ホントだからね!? 何かアタシが誤魔化してるみたいにしないでくれる!?」


 ナツキを誤解を解こうと焦っていると、少し前方でスツーカと歩いていたフィーナが、シロウたちに向けて大きく手を振った。


「シロウ様~~!! 何やら、こちらで催し物をやっておりますわ~~!!」

「ん、何かやってるんだって。ちょっと見ていくか?」

「え? あ、うん。行ってみよっか」


 シロウたちはフィーナの指す方向に向けて歩き出した。





 催し物のブースに近づくと、様々なゲームや食べ物の屋台が並んでいた。

 近くに掲げられていた看板を見るに、どうやら祭りをやっているようだ。


「へえ、今日ってお祭りあるんだ。昼から屋台もやってるんだな」

「見てみて! おっきなぬいぐるみが当たるんだって! シーたん、やってみたら?」


 ナツキが早速、くじ引きの屋台に夢中になっている。


「ええ? 俺、こういうくじ運無いんだけどな……」

「お兄さん、うちの景品はどれも大当たりだよ! 今なら出血大サービスの無料でいいから、是非とも引いてってくんな!」


 威勢の良いお姉さんがググイとシロウにくじの入った箱を押し付けてくる。


「じゃあ、せっかくなんで……」

「本当かい!? いやぁ。男の人も引いてったくじ引き屋なんて、これは良い商売文句になるぞ! ささ、お好きなのをどうぞ!」


 シロウががさごそと箱の中を漁る。

 やがて取り出したくじには、38番と書かれていた。


「38番というと……おお、こいつか。はいよ、お兄さん」

「これは……ブレスレットですか?」


 そのブレスレットは手作り感の漂う、比較的チープなものだった。細い革紐に、色とりどりのビーズが編み込まれている。全体の作りは素朴で温かみが感じられるが、よく見ると所々に不思議な文様が描かれているのがわかった。


「ああ、それは以前、あたしが古物商から二束三文でまとめて買い取ったものの一つさ。見ての通りただのブレスレットだけど、何だか独特な模様が描かれているだろう? もしかしたら何か魔力が込められた一品かと思ってね」


 シロウは興味深げにブレスレットを眺めながら尋ねた。


「何か特別な効果でもあるんですか?」

「さあ?」


 お姉さんは肩をすくめる。


「それは分かんないけどさ。せっかく当てたんだから、持っていきな」

「はあ……」


 そう言って、お姉さんはシロウに景品のブレスレットを手渡した。


 ひょっとして、自分が要らない物をくじ引きと称して押し付けたいだけなのでは……。

 そんな思いが脳裏をよぎったが、シロウは大人しく受け取った。



「うーん、これ。どうしよう」


 屋台を見て回りながら、シロウがブレスレットを眺めて首を捻る。

 ビーズで彩られた見た目は、自分でつけるにはいささか女の子っぽいデザインだ。

 特別な効果もないようだし、誰かにでもあげた方が有意義かもしれない。


「スツーカ、これいる?」

「えっ……。く、くれるんですか?」


 シロウは、たまたま隣を歩いていたスツーカにブレスレットを差し出した。


「スツーカも見てたろ。どうせくじで当てただけの物だし、俺には必要ないからさ。遠慮せず受け取ってよ」

「あ、ありがとう……。え、えへへ」


 スツーカは手渡されたブレスレットをまじまじと眺めている。

 そんなに嬉しかったのだろうか? そうなってくると、逆に安物のくじ景品を渡した事への若干の罪悪感が湧いてくる。


「……あの、スツーカの誕生日っていつ?」

「え?」


 シロウが聞けば、それはまだしばらく先のことだった。


「あのさ、その時はもっとちゃんとした物を渡すから! 楽しみにしてて!」

「は、はあ……。 あ、ありがとうございます……?」


 何故か突然の熱意を見せるシロウに、スツーカは戸惑いながらも頷く。


「あーっ、スツーカちゃん良いなぁ。ねえシーたん、アタシには何か無いの?」

「ん、ナツキも何か欲しいのか? じゃあ、これやるよ」


 シロウは片手に持っていた串焼きを差し出した。


「わー、ありがとー! ……って、こういうのじゃないんだけどぉ……」


 不服そうに串焼きを受け取ってかぶりつくナツキ。


「……美味しいけどさあ」

「だろ? 屋台の食べ物ってなんか美味しく感じるよな」


 シロウがにこりと微笑むと、ナツキは少し考え込んでから頷いた。


「……まあ、これはこれでありだよね。ほらほら、シーたん。こっちも食べてみてよ。はい、あーん」

「むぐ。……うん、美味い」


「まあ、シロウ様! わたくしのチョコバナナもどうぞ! あーんして下さいまし!」

「クサカ君。ポップコーンも食べる? ほら、口開けて。 あーん……」

「あ、あの……か、かき氷……どうぞ」


 シロウは少女たちが次々と差し出してくる食べ物を順番に平らげていく。

 気分はまるで、餌付けされる雛鳥の心地だ。


「む、無理無理! これ以上は一度に食べらんないから!」


 シロウは口に手を当ててギブアップを宣言する。


「あら、そうですの? 残念ですわ」

「ふふ、そうだね。クサカ君に食べさせてあげるの、何だか楽しくてクセになっちゃいそう」

「ほどほどにしてくれると助かるよ……」


 程良く満たされた腹をさすりながら、シロウは少女たちの笑顔に囲まれて、このひと時を心から楽しんでいた。

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