第55話 帰り道

「やっぱり、俺もちょっとは戦えるようになりたいな」

「シロウ様?」


帰り道。シロウの何気ない呟きに、フィーナが不思議そうに聞き返した。


「突然どういう風の吹き回しですの? 荒事はお嫌いだと思いましたけれど……」

「いや。今日のセレスさんを見てさ。 あんな風に動けたら格好良いなぁって」


目にも止まらぬ速さで次々と敵を仕留め、岩の身体を持つゴーレムを一撃で粉砕する脚力。彼女の勇姿にシロウの少年心がくすぐられていた。


その会話を耳にしたセレスが、苦笑しながら口を挟んだ。


「ふふ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、私のレベルに達するには厳しい訓練を長期間続ける必要があるから、おすすめはしないよ?」

「うーん……訓練か……」


シロウは腕を組んで考え込む。フィーナとの魔術の勉強を兼ねた軽い訓練程度なら楽しめたが、果たして本格的な戦闘訓練に耐えられるかと言われると非常に怪しい。


「ぐぬぬ……やっぱ俺に戦いは無理かあ……」

「あ、危ないことは止めておきましょう。ね?」

「そうだよな……皆に心配かけるのもあれだし」


スツーカが心配して止めると、シロウは諦めがちに肩を落とした。

セレスはくすりと笑いながら続ける。


「君くらいの魔力があるなら、魔導士としての修行を重ねた方がいいんじゃない?」

「やっぱりそうっすか?」

「ええ。魔導を極めれば、自分の身体能力を戦闘向けに補助する事もできるからね。彼らがそうしているように」

「彼らって……?」

「空に君臨する、傲慢な天上人たち。君は彼らの戦いを見たことがあるかしら?」

「は、はい。一応」


以前、三日三晩に渡って彼らとこの世界を襲った巨大な外来生物との争いを見せられた記憶が蘇る。天と地がひっくり返るような規模の戦闘。空を魔術の光線が飛び交い、大地に余波が降り注ぐ。まるでこの世のものとは思えない光景だった。


「実のところ、彼らの身体能力自体は地上の女性たちとそれほど違わないの。もちろん、体の作りによる多少の違いはあるけれど」

「はあ……」

「違いは魔力。彼らには主から授けられた強大な魔力と、長い寿命の中で熟達させた高度な魔導技術があるわ。だから、彼らは私たちよりも強い……悔しいことにね」


セレスはどこか苦々しい表情で語った。


「へえ~。じゃあ、もしも皆が魔力が使えなくなったりしたら、天上人もアタシたちと大して変わんないって事?」

「ふふ、そうだね。彼らの住まう空に浮かぶ大地『天上の園』は、膨大な魔力によってこの次元に現出した神の奇跡。もし、世界からほんのひと時でも魔力が奪われたらどうなるか……。その時、私たちと大差ない身体能力の彼らが遥か上空に投げ出されたらどうなるかは……君たちの想像にお任せするね」

「ひぃっ……」

「こ、怖いこと言わないでください」


空から彼らが次々に墜落してくる場面でも想像してしまったのか、スツーカとコペが青白い顔で身震いする。


「セレスさん、ずいぶん彼らの事に詳しいんですね?」

「あ、ああ。職業柄、秘密めいたものに触れる事が多くてさ。ほら、私トレジャーハンターだから。遺跡から発掘されるお宝の中には、古代の歴史書や天上人について記した書物なんかもあるから、色々調べてる内に詳しくなったんだ。ふふ、凄いでしょ」


セレスは心なしか得意げに胸を張る。


「ま、心配しなくても、あのダンジョンの魔物相手なら私一人でも十分だからさ。シロウ君は何も気にしなくてもいいんだよ?」

「今日なんて、結局後ろを付いて行っただけで終わりましたからね。頼まれたから同行しましたけど。俺、本当に必要なんですか?」

「だって、話し相手が居ないと暇でしょ?」

「俺、話し相手で呼ばれたんですか……」

「ふふ。ごめんなさい。冗談よ。私一人だと、あの小部屋みたいな仕掛けは突破できないもの」

「ああ、最後の……」

「ええ、最後の……」


シロウとセレスは部屋の中での出来事を思い出し、かすかに顔を赤らめた。

その様子を目ざとく見咎めたフィーナとナツキが口を挟む。


「むぅ……何やら、わたくしのセンサーがビンビンと反応しておりますわ……」

「怪しい……。ホント~~~に、何にも無かったの?」


疑う二人のジト目を受けて、シロウは慌てて答える。


「な、何もないって何度も言ってるだろ? そうですよね、セレスさん」

「……ふふ、どうかしらね?」


セレスは悪戯っぽく笑った。


「あ、ずるい! 自分は落ち着いたからって……」

「……ふーん。やっぱり、何か落ち着かなきゃいけないことしてたの?」

「だ、だから何でもないってば!」


話題が泥沼に突入しようとする中、セレスは仕切り直しをするように軽く咳払いをした。


「……ごほん。まあ、それはともかく。今後ああいう事態に対応する為にも、あのダンジョンを攻略するまでは君も引き続き同行してほしいの」

「わ、分かりました」


シロウが答えると、周囲の少女たちが騒ぎ出す。


「わ、私たちも付いていくからね! 二人きりでシロウに変なことしないか、ちゃんと見張ってるんだから!」

「そうですわ! そうですわ! セレスさん! あなたにシロウ様は決して渡しませんわ~~!!」

「わ、私も。乗りかかった船だし、出来れば一緒にいきたいかな」

「あ、あうぅ……わ、私も……お邪魔ですけど……」


ナツキとフィーナのみならず、コペとスツーカまでも遠慮がちに続く。


「あー、君たちは別に要らないんだけど……。ま、別にいっか。それじゃあシロウ君。また連絡するね?」


そう言って、セレスは手をひらひらと振りながら去っていった。


「お兄ちゃん、人気者だね?」

「なんだかなあ……」


キサラのからかいに、シロウは複雑な感情で答えた。

どうやら、まだしばらくダンジョン散策は続くようだ。

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