第53話 ギャル、嫉妬する
王都から街道を少し進んで逸れた先にある広大な森林。
このたび新しく発見されたダンジョンの入り口は、その奥地にひっそりと隠されていた。
王国の法に則れば、その領土内に存在するダンジョンの所有権は全て王国に帰す。
管理を委託されたギルドは、まず第一に安全性を確かめるべく、調査を目的に冒険者を派遣。その報告をもって、ギルドが認定している危険度区分の中に割り振られる。そこで万が一にでもA級以上の危険性があると判断された場合、王国軍が出動して迅速に封鎖等の処置を行う手はずとなっている。
調査に出た冒険者の報告によってギルド上層部が定めたダンジョンの危険度は”D”。
これはダンジョンの区分で言えば、いわば初級者向けと言ったところである。
そうした低難度ダンジョンの中には、例えば戦闘経験の浅いエリュシア魔導学園の生徒たちによる実戦に向けたトレーニング施設として活用されている場所もあるほどで、しっかりと準備していけばさしたる危険性は無いというのが一般的な通説だ。
数日後、準備を整えたシロウたちはセレスに連れられ、ダンジョンの内部に足を踏み入れた。一度発見されたダンジョンにはギルドから転移ポータルが設置されるため、行き来は一瞬だ。
シロウは”ダンジョン”という言葉から、陽の光が届かない薄暗い洞窟のような空間を想像していたが、実際に入ってみると壁に等間隔で設置された灯りが目に入った。首を傾げながら、その意外な明るさに驚く。
「最近見つかったって割には、思ったより整備されてるんですね?」
「このダンジョンは、元々は何者かの手によって管理されていたようなの。その誰かさんがしっかりと整えていてくれたおかげで、今でも照明なんかは問題なく使えるみたい」
「へえ。でも、ダンジョンの管理って本来はギルドの仕事ですよね? 一体誰が何の目的で、そんな事してたのかな」
「……さあ? 昔の人の考える事は分からないよね。そんな事よりシロウ君。その恰好は?」
「え、変ですか?」
シロウたちはエリュシア魔導学園の制服を着ていた。この制服には、戦闘用の特殊なコーティングが施されている。その性能は下手な防具を買うよりも信頼性が高いと評判で、実際に多くの在校生がダンジョン探索や冒険においても愛用しているという。コーティングは魔導による衝撃や物理的なダメージから身体を護る効果があり、軽量で動きやすいデザインだ。
「いいえ、全然変じゃないわ。ふふ、やっぱり制服も似合ってるね。とっても素敵」
「え、えっと。それほどでもないですよ」
シロウは照れくさそうに後頭部を掻いた。この世界に来てからチヤホヤされる事にもようやく慣れてきたシロウだったが、セレスのような絶世の美女に褒められては平静を保つのが難しい。
「セ、セレスさんこそ。何ていうかその、お似合いです」
「ふふ、ありがとう」
セレスは一流の冒険者であり、トレジャーハンターだ。彼女の装備はその名に相応しく、シロウにはとてもかっこよく、それでいて可愛らしくも見えた。淡いブルーの上着は動きやすいデザインで、襟元には小さなリボンがあしらわれている。ジャケットの下には白いブラウスを着ており、袖口には繊細なレースが施されている。
スカートはフレアタイプで、丈は動きやすさを考慮したミディアム丈。ウエストには魔法の道具や武器を収納できるポーチが整然と配置されたベルトを巻いている。足元は防御力と可愛らしさを兼ね備えたブーツで、上部には小さなチャームが付いている。
全体的に、冒険者としての機能性とファッション性が見事に調和していた。
「君も見た通り、今まで使っていた装備はボロボロになっちゃってね。今回の探索に間に合うよう、急いで新しく仕立てたんだ。似合ってるって言ってくれて嬉しいな」
そう言ってセレスは可愛らしくウインクを飛ばした。
彼女は先日が初対面にも関わらず、グイグイと距離を詰めてくる。油断したら鼻の下が伸びてしまいそうで、シロウは自制に苦労していた。
「……むぅ。シロウ様、シロウ様! わたくしはどうですか? 似合っておりますか?」
「フィーナの制服姿は普段から見てるだろ」
「んもう!! そういう事じゃありませんわ~~~~!!」
年上の美人なお姉さんに今にも誑し込まれようとしているシロウを見かねてフィーナが突撃するが、あっさりと撃沈した。
屈辱にフィーナが崩れ落ちる中、代わってナツキがシロウの腕を取った。今日は一段と制服を着崩しており、よく見ると服の隙間から胸元がちらりと覗いている。
「ね、ねえねえ。じゃあ、アタシはどうかな。ちょ、ちょっとくらいなら、その。触って確かめてみても……いいよ?」
少女は赤い顔に精一杯の蠱惑的な表情を浮かべてシロウを挑発する。
しかし、シロウは不思議そうに彼女の顔を見返した。
「お、おい。ナツキまで。急にどうしたんだよ」
「……つーん。何でもありませーん。ほら、行こ?」
「ちょ、ちょっと引っ張るなって。危ないだろ」
顔を背けながら強引に腕を引っ張るナツキに、シロウは小首を傾げながらも付いていく。
そうして、一行はダンジョンに一歩踏み出した。
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先行して魔物を排除していくセレスの手際は流石としか言いようが無く、その後ろを歩くナツキたちはまるで平和な街中を散歩しているような心地だった。
「なんだ、ダンジョン探索とか言うから身構えてたけど、楽勝じゃーん」
「だよな。魔物と戦ったりするのかと思ってたけど、今のところ姿すら見てないし。このまま行くと、歩いてるだけで最奥まで辿り着けるんじゃないか?」
シロウが冗談めかして笑う。実際、のんびりと雑談しながら歩いているナツキたちの視界に生きている魔物が映ったことはない。いずれも、セレスが瞬きの間に処理してしまうからだ。彼女は歩いてる最中に時おり残像を残して一瞬で消えると、次の瞬間には魔物を仕留めて平然と戻ってくる。魔物との距離が離れていてもお構いなしだ。
流石はプロの戦闘職といったところか。荒事に縁のない生活を送るナツキからすると、もはや別世界の住人である。
(何この人。キレイで強くてスタイル良くて、冒険者としての実力も凄くて、その上人当たりもいいなんてさあ。こんなん完璧超人じゃん。ズルくね?)
聞けば、そこまで年齢が離れているわけでもない。
にも関わらず、自分と彼女の間には途方もない格差が広がっているような気がした。
(アタシだって、悪くない……よね? シーたんは、どう思ってるのかな……)
本当は、比べてほしくなんてない。
彼女と比較された時、勝ち目なんてあるのだろうか?
ナツキにはまるで自信が持てなかった。
「ふふ、可哀想な子」
(えっ!?)
セレスの声に、まるであざ笑われたような気がしてナツキはハッと振り向いた。
「——ですよね? だから、皆でその子猫の飼い主になってくれる人を探したんですよ。でも結局その日の内には見つからなくて、仕方なく張り紙をしておいたら、後でそれを見た人が引き取りに来て。無事に貰われていきました」
「そうなんだ。それは良い事したね。その子も喜んでるよ、きっと」
「だと嬉しいっすね。あー、今頃どうしてるかな、ねこのすけ」
「……君、ネーミングセンスないんだね」
(なんだ、子猫の話かぁ……)
ナツキは自分の考え過ぎと気付いて、ほうと息をつく。
今日は妙だ。いつもより心がざわついて落ち着かない。
(アタシ、焦ってるのかな)
ナツキは隣を歩く少年の横顔をちらりと窺う。
彼は、セレスと楽しそうに日常の何でもないような出来事について話し合っていた。
(……むむ、なんかイライラする)
その様子を見ていると、苛立ちが胸の中にじわじわとせり上がってくる。
(シーたんの年上好き。浮気性。ばか、ばーか)
ナツキは八つ当たり気味にシロウの脇腹を突っついた。
「わ。な、なんだよ」
「……知らないっ」
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