第52話 冒険者のお姉さん

「……それで。君達も同行するつもりかな?」


 女性は振り返り、シロウの後を追う女性陣に問いかけた。


「と、当然でしょ! 急に訳分かんない事言っちゃって。悪いけど、シーたんと二人きりになんてさせないから!」

「そうですわ! そうですわ! シロウ様はこの夏、わたくし達と遊ぶのです!」


 ナツキとフィーナが声を張り上げる。

 どうやら彼女たちは急な話に納得がいかないらしい。それも当然だ。何しろ彼女たちからすると、見知らぬ女性が突然現れてシロウを危険なダンジョンに連れ去ろうとしているのだから。


「……はあ。まあ、仕方ないか。君たち、皆魔導士の卵なんだよね? 私もなるべく気を配るけど、できるだけ自分の身は自分で守ってね。お姉さん、シロウ君だけで手一杯だから」


「い、いや。俺よりも彼女たちをお願いします」


 シロウは口を挟んだ。女性ばかりのグループで黒一点の自分だけが守られるのは、何となく居心地が悪い。

 無論、この世界ではそれが自然な形なのだが。


 シロウの言葉に、女性はにっこりと微笑んだ。


「ふふ。シロウ君って優しいんだね。えらい、えらい」

「わぷっ」


 彼女はシロウの後頭部に両手を回し、彼の頭を胸元に引き寄せて優しく撫でた。

 思春期の男子としてはご褒美そのものだが、同級生や妹分の目の前で年上のお姉さんに甘やかされるのは、さすがに羞恥の方が勝る。


「だ、抱きしめるのは勘弁してください!」


 シロウは女性の肩を掴んで強引に引き離した。


「きゃっ。……んもう、恥ずかしがらなくてもいいんだよ?」

「いっ、いえ。そういうのはちょっと……」


 彼女はまるで誘惑するように、蠱惑的な瞳でシロウを見つめた。

 何やら妙に色っぽいその様子に、シロウはそわそわして落ち着かない。


 シロウが戸惑っている間、彼らの背後では少女達がひそひそと囁き合う。


「……皆様、どう思われます?」

「シーたん、ああいうのド真ん中だよね」

「年上のお姉さん大好きだもんね、クサカ君って……」

「え……、お兄ちゃんってそうなんですか? あ。そういえば、時々ママのこと見てたかも」

「あ、あぅ……」


「……君さ、お友達から一体どう思われてるの?」

「ご、誤解っすよ……たぶん」




「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。私は冒険者のセレス。トレジャーハントをメインに活動しているわ。最近、他の街からこの王都に移ってきたばかりなの。よろしくね」


 女性が一通り皆を見回し、改めて挨拶をした。

 彼女の年齢は二十前後といったところで、学園の先輩より少しだけ年上の雰囲気を醸し出している。

 くっきりとした目鼻立ちに、抜群のスタイル。透き通るような空色の髪が巧妙に編み込まれており、まるで空に浮かぶ雲のようにふんわりとした美しさを保っている。以前知り合った天上人たちは男性ながら浮世離れした美貌を誇っていたが、彼女の容姿もそれに匹敵するほどの美しさを感じさせた。


 率直に言えば、シロウの好みど真ん中だ。少女達にとっては残念なことに、その見立ては正しかったと言わざるを得ない。


 挨拶を済ませると、セレスはシロウに意味ありげなウインクを送った。

 明らかに誘っている。警戒した少女達が威嚇するように少年の周囲を固めると、セレスは苦笑して口を開いた。


「ふふ。可愛い子たち。心配しなくても、貴女達から彼を奪ったりはしないから安心してね。ただ、ちょっと私の用事に付き合ってほしいだけなの。……ね? 良いよね、シロウ君」

「え? あ、はい。無茶な事じゃなければ」


 無茶と言えば、初対面のシロウを一月も拘束しようという時点で十分無茶のような気もするが、そこには触れずにおく。

 彼女の用事とは一体何なのだろうか。その口ぶりからして、シロウが拒否するとは思っていないようだが。


「良かった。じゃあ、早速本題に入ろっか」

「ダンジョンがどうとか言ってましたよね」

「そう。実は、この王都近郊で新しい迷宮——ダンジョンが発見されたの。あ、ダンジョンっていうのは、時々魔物が出現するとっても深い洞窟とでも思ってくれたらいいわ」

「ふむふむ」


 シロウ達が話を聞く姿勢に入ったのを見て、セレスは説明を続ける。


「その入り口は、誰にも見つからないよう何者かによって巧妙に隠されていたそうで、発見されたのは偶然、商人が迷い込んだから。その後、慣例に従って王国が接収したダンジョンの管理を冒険者ギルドが任されたの。私はその話を聞きつけて、誰よりも早くそのダンジョンを攻略する為にこの王都まではるばるやって来たってわけ。一流のトレジャーハンターとしてね」


 そう言ったセレスは自信に満ち溢れている。

 よほどダンジョン探索に慣れているのだろう。


「一流って言う割には、なんかボロボロなんですけど~。本当に信じていいのかなぁ?」


 ナツキが疑わしそうな瞳を向ける。

 彼女は傷だらけの装備を見回すと、笑って肩を竦めた。


「うーん、痛いとこ突いてくるなあ。本当は先行調査の間に一人で行けるところまで行くつもりだったんだけど、少しだけ厄介なのがいてね。どうにか倒すには倒したんだけど」


 彼女は疲れたような溜息をこぼした。

 どうやら彼女の装備に刻まれた無数の傷跡は、その厄介な相手とやり合った結果ということらしい。


「やっぱり一人じゃ限界あるなと思ってさ。一緒にダンジョンを探索してくれる相方を探そうかと思った矢先に、居合わせたシロウ君を一目見てピンと来たんだ。

『この子しかいない!』ってね。私、自分の勘は信じるタチなの」


 セレスはシロウの手を取った。


「ね、改めてお願い。私と一緒に、ダンジョンを攻略してくれないかな?」

「そうは言っても、俺。戦いはド素人なんですけど……」

「大丈夫!君の事は私が守ってあげるから。こう見えてもお姉さん、強いんだよ?」


 そう言ってセレスはぱちりとウインクした。思ったより茶目っ気のある女性だ。

 それに、若くして一人でトレジャーハンターをやっているからには、相当な自負があるのだろう。後ろをついて歩くだけなら、シロウにだって出来る。それで果たして何の役に立つのかは不明だが。


「それに、君には私の他にもボディーガードがたくさん居るみたいだしね?」


 ちらりとセレスが視線を向けると、少女達を代表してフィーナが小さな胸を張った。


「ふふーん。貴女に言われずとも、わたくし達がシロウ様をお護りいたしますわ! どうか、大船に乗ったつもりでご安心下さいまし!」

「うーん……」


 小柄なフィーナが張り切っていると、逆に不安だ。

 シロウを庇って怪我でもしないよう、しっかり見ておく必要があるかもしれない。


「とにかく、私には君が必要なの! さっき一緒に行くって言ったのは君なんだからね。 悪いけど、今さらやっぱり無しは認められないよ?」


 セレスが圧をかけるように詰め寄るので、シロウは半ば気圧されつつも頷いた。


「は、はい。分かってます」

「決まり! じゃあ、早速行こうか?」

「え?」


 セレスがシロウの腕を引きながら、すたすたと歩き始める。

 シロウは、彼女が今からダンジョンに突入しようとしているのではないかと狼狽えた。間違っても私服に手ぶらで入るような場所ではないはずだが。


 慌ててシロウが訴えると、セレスはきょとんとした表情で返した。


「え? まさかぁ。そのまま入ったらさすがに危ないよ。まずは入念に準備しないと。ね?」

「そ、そうですよね」


 シロウはほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら、着の身着のままで連れて行かれるわけではなさそうだ。

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