第50話 異世界人は注文する
「わあ~。やっぱり男の子ってたくさん食べるんだねえ。
キサラちゃんに聞いてた通りだよ」
ひとまず涼しい場所に移動することにした三人は、学園近くのレストランを入った。
メニューの中からシロウが注文したLサイズのハンバーグオムライスを見て、マヤが目を丸くする。
「そうですか? 食い盛りの男子なんて大体こんなもんっすよ」
「はえ~。そうなんだ。お姉さん、男の子の知り合いなんていないからなあ」
シロウがデミグラスソースのかかった熱々のオムライスを頬張りながら答えると、マヤは感心したように何度も頷く。
「うんうん、感心感心。やっぱり、若い子はいっぱい食べないとね~。立派な冒険者になる為には、何よりも身体が資本だもん!」
「若い子って、マヤさんも十分若いじゃないっすか」
そう言うと、シロウは改めて眼前のマヤを眺める。
先ほどは奇怪な言動に気を取られていたが、落ち着いてみると、化粧っ気が薄いにも関わらず顔の目鼻立ちがくっきりしていて、随分と美しい女性だ。
今は真っ黒なフードを脱いでいるが、その下の服装はシンプルでありながらも彼女の拘りが感じられる。緑を基調とした薄手の服ながら、女性的な一部分が大きく主張している。ウエストには細身のベルトが巻かれており、スタイルの良さを引き立てている。腰回りには小さくスリットが入っていて、身動ぎの際にちらりと覗く肌色が艶めかしい。
総じて、非常に魅力的な女性と言って差し支えない。
シロウは目のやり所に困って、隣の席にちょこんと座ってバニラアイスをつついているスツーカの横顔を見つめた。
「なんですか? シロウさん」
「あ、いや。ごめん。落ち着いた」
「……?」
不思議そうな表情のスツーカを尻目に、シロウは正面を向き直る。
「そもそも、俺は本格的に冒険者をやるつもりはありませんし」
「えーっ! そうなの? キサラちゃんの紹介で冒険者登録したって聞いたから、私てっきりシロウ君も狩人志望だと思ってたのにぃ!」
マヤは驚愕の表情を浮かべる。
「 せっかく男の子の後輩ができると思って、張り切って恰好良く登場したんだよ!? 先輩として、初対面で良い所見せたら憧れてくれるかなって! なのに、冒険者になる気が無いなんて、お姉さんは悲しいよ!」
ショックを受けた様子でがくりと机に項垂れるマヤ。
先ほどの奇行が果たして格好良かったかは別として、事前に彼女が立てたプランの中では、シロウが冒険者に乗り気のはずだったのだろう。
「あの。もしかして、今日の要件ってそれですか? 先輩冒険者として何か手ほどきしてくれるつもりだったとか?」
「へ? ううん、違うよ。ただ、最近キサラちゃんが会う度にお兄ちゃん自慢してくるからね? 私もシロウ君を一度見てみたいな~って」
「そ、そっすか……」
要するに暇だったから会いに来てみた程度の話らしい。
シロウは別に見世物ではないのだが、この世界だとよくある事なので気にする方が面倒だ。
「でも、どうせキサラにせがまれて近い内にギルドに顔出す予定だったんで。少し待ってくれればこっちから会いに行きましたよ?」
「そんなの待てないの! お姉さん、早くシロウ君の顔が見たかったんだもん!」
(だもん、と来たか……)
シロウは段々と、目の前の女性の相手をするのが億劫になってくる。
そんな事より夏休みだ。せっかくの長期休暇をこんな所で無駄にしている場合ではない。
「その。俺たちも急がしいんで、何も用事がないのならこの辺で……」
シロウは食べ終えた食器を店員に渡すと、その場をそそくさと立ち去ろうとした。
すると、マヤは慌てて立ち上がると全力で引き留めてくる。
「あ、あ。ちょっと待ってぇ。用件ある。あるからぁ!」
「え、本当は何か用があったんですか?」
「うん、待ってね。今考えるから!」
「それじゃ俺たち失礼します」
「あーあー、待ってぇ~!」
シロウは慌てて追いすがるマヤに腕をがっちりと抱え込まれた。
流石に戦闘職とあって身体能力に雲泥の差があるのか、シロウがいくら引き抜こうとしてもびくともしない。
どうやら、何としてもこの場から逃がさないつもりのようだ。
がっつりとホールドされた腕に、とてもボリューム感がある彼女の柔らかな感触が伝わってくる。非常に不味い。
このまま行くと最悪の場合、思春期が暴走してしまう未来を予見したシロウは、仕方なく逃走を諦めた。
「わ、分かりました! もう逃げませんから、放してください」
「やだ! そう言って逃げる気なんでしょ! 見てなさい、狩人は一度狙った獲物は絶対逃がさないんだから!」
「誰が獲物だ! いいから放してくれませんかね!」
店内でギャーギャーと喚きながらもみ合っていると、当然の事ながら客の視線が集まってくる。
ただでさえ、シロウという注目の塊のような少年が存在する上に、この騒ぎだ。
瞬く間に周囲の客が何事かと騒ぎ出す。
「お、お客様。大丈夫ですか!?」
「え?」
「へ?」
「あの、そちらの女性に襲われているのではないかと……。い、今すぐその手を離さないと兵士を呼びますよ!」
勇気ある店員が険しい表情を浮かべながらマヤに向けて叫ぶ。
どうしよう、何やら大事になってしまった。
シロウがそう考えていると、見る見る内にマヤの表情が真っ青に染まっていく。
「あわ、あわ、あわわ……。わ、私何もしてませ~~ん!! ご、ごめんなさ~~~い!!」
彼女は大声で謝ると、瞬時に店の外へと脱兎の如く駆け出した。
瞬きをする間も無いほど一瞬の逃走劇に、その場に居た全員が呆気にとられる。
「……あ。へ、変質者が逃げた!」
「追え!」
「男に手ぇ出すとは、なんて女だ!」
「捕まえて兵士に突き出せ!」
食事を済ませて寛いでいた客たちが次々と追いかける。
ちゃんとお会計は済ませたのだろうか。シロウが半ば現実逃避気味にそんな事を考えていると、先ほどの店員が心配そうな表情を下げて言った。
「あのぉ……。お怪我はありませんか?」
「あ、いえ。俺は大丈夫なんですけど……」
シロウは口ごもる。
先ほど不審者と間違えられて逃げていった女性は実は知り合いなんです。そうかばい立てしようにも、シロウ自身は彼女とは今日が初対面だ。
会ったばかりの女性をどう弁護したものか悩んでいると、店員は気遣いのこもった視線を向けた。
「ああ、大変な目に遭ってお辛いでしょう。どうぞ、落ち着くまで好きなだけゆっくりなさってくださいね。何か食べたい物があれば、何でも仰って下さい。お代は結構ですので」
「あ、え。……はい。どうも、ありがとうございます」
「そちらのお嬢ちゃんも、ゆっくりしていってね。……でも、次はちゃんと勇気を出して彼を守らないとダメよ?」
「あ、あぅ……ごめんなさい」
「いいのよ。次から頑張れば。それでは、ごゆっくり」
スツーカに余計な忠告をして、店員は仕事に戻っていった。
結局、溢れでる店員の善意に屈したシロウは、黙って席に座り直すとメニューを開く。このまま何も頼まずに出るのも、それはそれで心苦しいからだ。
結局何をしに来たのかよく分からなかったけど、どうか彼女が追手に捕まって兵士に突き出されませんように。
シロウは食後のコーヒーとデザートにシュークリームを注文し終えると、慌てて逃げ去っていったマヤの無事を祈るのだった。
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