第48話 子リスは黒歴史を隠したい

「はい、では今日はここまでにしましょう。

 この続きは38ページから行いますので、各自予習と復習を欠かさないように」


 老教師は授業を終えて教室を出ていく間際、思い出したように言った。


「ああ、そういえば。今日から長期休暇を利用した戦闘訓練の参加受付が始まりました。興味がある者は忘れずに申請して下さいね」


 言い終えて教師が退出すると、シロウは隣のコペに問いかけた。


「なあ、戦闘訓練って何の話? なんか物騒だけど」

「そっか、クサカ君は知らないのかな? 毎年この時期になると、学園が参加者を募集してるんだよ。将来、魔導の技術を活かして王国の兵に志願したり、冒険者になって魔物を退治したりする職業に就こうと思ってる子に向けた訓練なんだって」


 コペの説明に、シロウはなるほどと頷く。


「へえ、そうなんだ。でも、戦闘に使えそうな魔導って、普段の授業でそれなりに教わるけどなあ」

「魔導だけじゃないよ。魔物に関する知識とか、有事に際しての咄嗟の判断とか心構えみたいな。そういう、より実践的な内容だって。私も参加した事無いから、話半分だけどね」

「ほーん」


 平和な日常に身を置いているのですっかり忘れそうになるが、この世界には様々な魔物が存在している。中には人を襲う凶悪な魔物もいて、それを狩る事を専門にした職業の人々も当然のように存在するのだ。

 その中には冒険者という名の人々も含まれ、更にその枠の中にシロウも混ざっている。

 つまり、あながち他人事ではない、のかもしれない。


「……俺も受けた方がいいのかなあ、それ」

「え。 クサカ君、戦う人になりたいの? 兵士さんとか?」

「あ、いや。別にそういう訳じゃないんだけど……」


 せっかく剣と魔法、そして魔物が実在する異世界にやってきたのだ。

 魔物相手に大立ち回りするような冒険譚に憧れないと言えばウソになる。

 しかし、シロウは自分が武器を手に、狂暴な魔物と命のやり取りをしている光景をまるで想像できなかった。以前にも天上人の誘いを蹴って平和な暮らしを選んだ以上、いまさら戦いの場に身を投じるのも馬鹿らしい。


 考えてみれば、子供の頃から取っ組み合いの喧嘩すら殆どせずに生きてきたのだ。

 元来怒るのは苦手だし、痛い思いもなるべくならしたくない。

 平和主義万歳、である。


「うーん、やっぱり俺は止めとこうかな。この教室だと誰か参加するのかな?」

「どうかなあ。魔導士として国や貴族に仕えるのは一番の出世ルートだろうし。将来そっちを目指す人なんかは参加する、かも?」


 この国で魔導に携わる者として生きる人々の歩む道程は、大きく二つに分かれる。

 一つは豊富な魔導の知識を活かして、研究や開発職に従事する道。彼女らは魔導を利用したインフラの整備を始め、王国を豊かにする様々な研究を行っている。

 そしてもう一つは、魔導士として戦う者の道。その多くは女王の忠誠を誓い諸勢力からの国防の役目を担ったり、あるいは一介の冒険者として一般の人々の代わりに魔物を討伐している。


 それら先達の魔導士たちの献身によって、今日の平和で便利な生活は保たれているのである。

 魔導士のこなす役割に想いを馳せつつ、シロウはコペに話題を向けた。


「なるほどなぁ。そういうコペはどうなの?」

「わ、私!? 私なんて全然戦いに向いてないよ。ちびだし、足も遅いし」


 彼女は慌てて手のひらを振る。


「そうは言うけどさ。魔導士にとって体格ってそんなに重要なの?」


 魔導の力は知識、技術、洞察力、そして何よりも創造力に依存している。

 才能さえあれば、体格に関わらず活躍できるのが魔導士という職業だ。


 実際、シロウがギルドで出会った冒険者の中にはコペにも負けず劣らず背の小さな魔導士もいた。だが他の冒険者が言うには、その人物はギルドでも指折りの討伐実績を持つ有能な魔導士だという。

 小柄だからと言って、必ずしも戦いに向かないとは限らないのではないか。


 シロウが思ったことをそのまま伝えると、コペは複雑な表情を浮かべた。


「確かに、有名な冒険者だと体格の不利を魔導で補っている人もいるって聞くけど。そんなの一部の才能に恵まれた凄い人だけだよ。私には無理だってば」

「そんなもんかぁ……。ま、そもそもコペは性格的にも荒事に向いてなさそうだもんな。誰にでも優しいし」


 シロウが納得したように頷くと、コペは僅かに顔を赤らめた。


「え。……私、クサカ君から見て優しいかな?」

「うん。俺が初めて学園に来た時からずっと親切にしてくれてるしね。おかげで随分助かってるよ。ありがとう」

「え、えへへ。迷惑じゃないなら良かった」


 シロウの感謝を受けて、コペは嬉しそうにはにかんだ。

 そんな二人の会話を聞きつけて、前の席のナツキが笑いを堪えながら振り返る。


「ぷくく。ねえねえ、シーたん知ってる? 実はね、小さい頃のコペは意外と血の気が多かったんだよ」

「ちょ、ちょっとナっちゃん! クサカ君に余計な事言わないで!」


 焦ったコペが口を塞ごうと手を伸ばすが、ナツキは器用にひょいひょいと避ける。


「それでね。いつの事だったか忘れたけど、突然『私、世界一の剣豪になる!』とか言って身の丈に合わないおっきな木の棒を担いできてね。

 剣術修行なんて言ってぶんぶん振り回すんだけど、身長に見合ってないから自分の身体が引っ張られて……ぶぇっ」


 突然口元をがしっと掴まれて、ナツキの回想が中断される。


 コペが彼女の口を片手で塞ぎ、にっこりと笑顔を浮かべている。

 彼女の顔を見たナツキは、まるで恐ろしいものでも見たかのような表情で引き攣った声を上げた。


「コ、コペ、さん……?」

「ナっちゃ~~ん。 ちょっと、あっちで一緒にお話しましょうね~~?」


 コペは猫なで声でナツキの腕を引っ張る。

 一見にこやかだが、よく見るとその目は笑っていない。


「や、やだなー。ほんの冗談じゃーん。そんな怒らなくても……へぶっ」

「ふふ。全然怒ってないよ。だから、ちょっとこっちに来て。ね?」

「シ、シーたん。アタシのこと助けてくれたりとかは?」

「南無」

「は、薄情者~!」


 シロウが手を合わせると、全てを諦めたようにナツキは連行されていった。

 口は災いの元。シロウはその言葉を胸に刻むのだった。

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