第44話 うり坊王女は相思相愛(?)

 翌朝、学園にて。

 ざわざわと騒がしい教室に入ると、シロウは欠伸をしながらいつも通り軽く手を振って集まった女生徒達の視線に応える。


「おはよう」


 シロウが偶然一番近くにいた数人のグループに挨拶すると、彼女達は朝から嬉しそうにシロウの周りを取り巻いた。


「おはよう、シロウ君!」

「おはようシロウ君。今日も早いね……って、その手どうしたの? 包帯でぐるぐる巻きだけど……」


 黒髪をまっすぐに伸ばした真面目そうな生徒が、シロウの右手に気遣わしげな視線を向ける。


「あー、まあ。ちょっとね。大した事ないから気にしないで」

「えー、でも、心配だよぉ。あ、そうだ! 今日はあたしが代わりにシロウ君の分のノート書いてあげるね!」

「あ、ミホずるい! じゃ、じゃあ私はお昼食べるの手伝う!」

「……なら私はお着換えの手伝いを」

「み、皆ありがとう。でも、これくらい大丈夫だから」


 段々とエスカレートしていく彼女達の介護プランを苦笑いでやんわりと断る。

 流石にクラスメイトの女子に着替えの手伝いまでしてもらうのは忍びない、というより恥ずかしい。


「えー。遠慮しなくてもいいのにぃ」

「そっか、でも私達に出来る事なら何でも言ってね! シロウ君の為なら何でもするから!」

「……いつでも歓迎」

「うん。困ったらお願いするよ」


 残念そうな少女達に手を振り、シロウは自分の机に向かう。


「やっほ、シーたん」

「おはようクサカ君。その手、大丈夫?」

「二人ともおはよう。ちょっと不注意で手を切っちゃってさ。治るまでしばらくはちょっと不便かもな」


 シロウが包帯に巻かれた右手を眺めて軽く溜息をつくと、心配そうなコペが覗き込んだ。


「本当に大丈夫? 何かお手伝いが必要ならいつでも言ってね」

「ありがとう。皆心配してくれて優しいなあ、ほんと」

「なーに言ってんの。このクラスは皆シーたん命なんだからさ、怪我なんてされたら心配で寿命縮まるっつーの。あんま心配かけんなよ、うりうり」

「気持ちは嬉しいけど、怪我人のほっぺたを突っつくんじゃないよ。おらおら」


 人差し指で頬をぐりぐりと突つかれながら、シロウは反撃とばかりにナツキの頬をぷにぷに摘まむ。


 しばし二人がきゃいきゃいと戯れていると、教室の扉ががらりと開いた。


「シロウ様~~~!! お逢いしとうございましたわぁ~~~~!!!!」

「うわ、出た」


 少女は朝から大きな声を上げて一直線にシロウの元へとやって来ると、人目も気にせず真っ直ぐその背中に抱き着いた。


「まあ! 『うわ、出た』とはずいぶんなご挨拶ではございませんこと!? せっかく愛しのフィーナがお側に参ったのですから、ここは愛を込めて情熱的なハグの一つでもなさるべきですわ!」

「おはようフィーナ、暑いからちょっと離れてくんない?」

「おはようございます、シロウ様。むぅ、朝から氷点下の冷たさですわね。

 ……でも、そんなつれないシロウ様も、これはこれで素敵ですの」


 ベタベタとくっつきたがるフィーナを押しのけていると、ナツキが驚きに目を丸くしながら尋ねた。


「……シーたん。なんか、ちょっと見ない間にフィーナちゃんとずいぶん仲良くなってない?」


 思いもよらないその質問に、シロウとフィーナは互いに顔を見合わせる。


「え、そうか? 前からこんなもんじゃなかったっけ」

「ええ、わたくしもこのようなものだった気がしますわ」


 不思議そうに首を傾げる二人。


「い、いやいや! こないだまでは二人とも、もうちょっとくらい遠慮っていうか、距離あったよ!? 前は二人ともそんなベッタリしてなかったじゃん!」


 その様子に我慢できず、ナツキが大声で突っ込んだ。

 いつの間にやら急接近した二人をどう受け止めていいのか分からず、彼女はいくぶん戸惑っているようだ。隣でコペも同意するように、しきりにうんうんと首を縦に振っている。

 彼女達の様子からすると、シロウ達の振る舞いはこれまでと大分違って見えるらしい。


「そうだっけ……。フィーナ、俺達そんなに今までと違うかな?」

「どうでしょう? でも、わたくしはベッタリでも全く構いませんわ!

 何しろ、シロウ様とわたくしの仲ですもの。 二人の間に距離なんて不要なのですわ! シロウ様もそう思いますでしょう?」

「何でもいいけど最近朝から暑いし離れてくんない?」

「ぶぅ。シロウ様ったらいけずですわ」


 シロウに促されてフィーナは渋々と背中から離れる。

 シロウの前に出た彼女はぐいぐいとシロウの肩を押して強引にスペースを作ると、彼の太股の間に小柄な身体を滑り込ませるようにして座った。


「むふー。これならわたくし満足ですわ!」

「こらこら、これじゃ結局暑いままだろ。……まったく、朝からフィーナは仕方がないな」

「シロウ様、せっかくですので頭を撫でてくださいまし」

「ん。こうか?」

「はぁぁあ~~、幸せですわ~~~。わたくし、もう今日はここから動きたくありませんわ~……」

「こら、授業が始まる前にはちゃんと自分の席に戻るんだぞ」

「わかりましたわ~……」


 ふにゃふにゃと朝からとろけるフィーナの頭をシロウが優しい手つきで撫でる。

 どう見たって、二人とも親密という言葉では表せないほどに距離が縮まっていた。


「……ねえ、休みの間に何があったと思う?」

「…………わ、わかんないよ」


 あっという間に二人の空間が出来上がるのを呆然と眺めていたナツキとコペが、互いに目配せしてヒソヒソと囁き合う。

 周囲では、他の生徒達もシロウとフィーナの様子を顔を赤くして見つめている。

 しばらくの間、教室中の注目を集めている事に気付かぬままに二人は仲睦ましくじゃれ合っていた。



 そうして、教室中がある種の異様な雰囲気に包まれる中。

 やがて担任のセリナが現れると、皆の視線が縋るように彼女へと向いた。


「あらあら。皆、どうしたの? そんなに揃って顔を赤くして。初夏とはいえ、今日はそんなに暑いかしら?」

「せ、せんせー! 朝からシロウ君達が目の毒なんです!」

「羨ましいんです!」

「あーん、私だってあんな風にいちゃいちゃしたいのに~!」

「オオ……オオオ……」

「二人の雰囲気に中てられて正気を失ってるわこの子」

「先生、何とかしてください!!」


 生徒達の慟哭の叫びを前に、セリナは困ったように頬に手を当てる。


「まあまあ。皆どうしちゃったのかしら。なんだか様子がおかしいみたいだけど……あら? まあ、クサカ君とフィーナさんは朝からとっても仲良しなのね。先生、嬉しいわ。うふふ」


 おっとりと微笑むセリナ。

 その声に気付いたシロウが、フィーナの頭をぽんぽんと叩いた。


「あ、ほら。いつの間にか先生が来てるぞ。そろそろ席に戻らないと」

「ええ、もうですの? 時間が過ぎるのは早いですわ。それではシロウ様、また後ほど。……ん、ちゅ」


 別れ際、頬に軽く口づけを一つ落として。

 ぴょこんとシロウの股の間から降りると、フィーナは自分の席へと戻っていく。


「あ、こら。……まったく。だからそういうのはせめて誰も居ない所でって昨日から何度も……、あ」


 頬をさすって文句ともつかない独白を呟きながら、周囲を見回してようやく。

 少年は静まり返る教室中の生徒達の視線が自分に集まっている事に気付いた。


「あ、いや。えーっと、これは……」


 慌てて言い訳の言葉を考えるが、何も言葉が浮かんでこない。

 いや。そもそも、フィーナとは別に言い訳するような関係では無いのだが。

 少なからず関係が近くなったのは、どうやら認めざるを得ないらしい。


「シ、シーたん……?」

「ナツキ。べ、別に俺とフィーナは付き合ってるとかそういうんじゃなくてだな。あー、ええと」


 まるで浮気男のような言い草に何故弁明しているのか自分でも分からなくなりつつも、シロウは誤魔化すように言葉を重ねる。

 しかし、その声を全て無視したナツキは緊張したようにごくりと息を呑み込み、恐る恐る訊ねた。


「……ほっぺにちゅーまでは有り、って事?」

「…………な、無しで」

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