第43話 うり坊王女は焦らない

「こ、こ、子供って! フィーナさん何言ってんの!?」


 目を白黒させて頬を紅潮させながら、シロウはあたふたと叫んだ。

 少年は同意を求めるように周囲を見回すが、その場を取り囲んでいた実の母親である女王を始め近衛達の反応は思っていたものでは無かった。


「フィーナももうそんな年頃なのね……。ちょっと早い気もするけど、親としては娘の巣立ちを見守るべきなのかしら」

「なんと、これはめでたい! 王家の血統に新たな男性の血が混ざるとは、これは我が国も千年の隆盛が約束されたようなものではないか!」

「フィーナ王女、万歳! クサカ・シロウ殿、万歳!」


 顔面に喜色を浮かべてお祝いムードの面々を眺めて、シロウは驚愕を禁じ得なかった。


「は、はあ!? みんな何を……」

「ふむ。何か問題があるのか? 貴様はその娘を気に入っているように見えたがな」

「ルベライト、アンタまで……え、これって俺がおかしいのか?」


 シロウが周りの反応に困惑しきり、ついには自分の常識を疑いだしていると。

 不意にその手を柔らかな感触が包んだ。

 感触を辿ってみると、シロウの右手を両手で握りしめたフィーナがうるうるとした瞳を向けている。


「シロウ様……。わたくしではダメですの?」

「え、いや、その。そういう事じゃなくて……」


 濡れた瞳がきらりと瞬いて、シロウの心を鷲掴む。

 普段のポンコツぶりから忘れがちだが、フィーナの顔立ちはとても整っている。

 ふんわりとした髪質は触ったら柔らかそうで、華奢な体格でありながらも意外と女性的な魅力が備わっており。有り体に言えば、とんでもない美少女なのだ。


 そんな美少女から子を為そうと迫られるのは、思春期真っ盛りの少年にとっては些か刺激が強すぎると言えた。


「緊張しなくてもいいのですわ。どうか、わたくしに全て任せてくださいまし……」

「あ、あの、その……」

「肩の力を抜いて……。ええ、そうですわ。目を瞑って……」

「う、うん……?」


 混乱しきったシロウは、訳も分からずに言われた通り力を抜いて目を瞑る。

 視界が真っ暗に閉ざされたまま次の指示を待っていると、心なしか、眼前の少女が距離を詰めてくるような感覚が――。



「だ、だめーっ!!」

「うわっ!?」

「きゃっ!?」



 大きな声に驚いたシロウが慌てて目を開くと、自分とフィーナの間を割り込むように少女の細い腕が伸びていた。


 咄嗟に走り込んだのだろう。

 顔を真っ赤にした彼女は、二人の間ではあはあと息を切らしている。


「ス、スツーカ?」


 シロウが名を呼ぶと、少女はシロウの顔を真っ直ぐに見つめて叫んだ。


「そっ、そういうのはっ。わ、私達にはまだ早い、と思います!」

「あっ、え。そ、そうだよな? これ早いんだよな?」


 少女の言葉を受けて、ようやくシロウにも正常な判断能力が戻って来た。

 やはりどう考えても、こんな場の勢いで決める事では無い。

 危うく流されてとんでもない事になる所だった。


「んもう、スツーカさん! いくら大事なお友達とはいえ、こんな大切な場面で邪魔なさるなんて意地悪ですわ!」

「あう、ご、ごめんなさい。でも、その、やっぱりまだ早いんじゃないかな、って……」


 寸ででせっかくの空気を壊されて、フィーナが不満そうに頬を膨らませる。


「フィーナ。俺もスツーカの言う通りだと思う。俺達、まだ知り合ってそんなに経った訳でもないしさ。そういう大事な話は、もっと時間をかけてからでも良いんじゃないか?」

「まあ、シロウ様まで! 先ほどは素直でとても愛らしかったですのに」

「う。ご、ごめん。さっきはちょっと急な話すぎて、俺も混乱しててさ……」


 先ほどの流されるままだった自分に頬を赤らめつつ、シロウは頭を下げた。

 その様子を見たフィーナは、不承不承ながらも仕方なく引き下がる。


「まあ、仕方がありませんわ。他ならぬシロウ様が望まないというのなら、わたくしも無理強いは出来ませんわね」

「……ごめんな」

「いいえ、お気になさらずとも結構ですわ!」


 申し訳なさそうに謝るシロウに気にしないよう告げると、フィーナはとても嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「だって、わたくしとシロウ様はこれからもずっと一緒なのですもの! もう急ぐ必要なんて、これっぽっちもありませんわ~~!!」

「わっ! ……だから、飛び込んでくるなっての!」


 真っ直ぐにシロウの胸に飛び込んだフィーナに押し倒されて、シロウは柔らかな花畑の上に倒れ込むのだった。





 場所は移り、教会にて。


「では、これより聖核の授与を行う。女王よ、受け取るが良い」

「はっ。偉大なる主の慈悲、謹んで拝受いたします」


 ルベライトが眼前に片手を掲げると、緋色に輝く水晶玉のような球体が掌の上に突如として現れる。

 彼はその緋色のオーブを女王に差し出すと、女王は恭しく片膝をついて両手で受け取った。


 椅子に座ってその儀式を眺めながら、シロウは隣に座るスツーカの耳元で囁いた。


「何かな、聖核って? なんか以前、何処かで聞いた事があるかも」

「え、えっと。私も詳しくは知らないんですけど、その……。私達が子供を産むために必要な物だって昔習いました」

「え?」


 シロウが疑問符を頭に浮かべたのを感じたのか、スツーカは学んだ内容を思い返すような仕草でぽつぽつと解説し始めた。


「え、えっと……。私達が子供を作るためには、男の人の協力が必要なんです。でも、この世界に男の人は殆ど居ないので、直接協力してもらうのは難しくって」

「そりゃそうだよな。天上人、あんな感じだし」


 シロウは壇上のルベライトに目線を向ける。

 彼は今も一国の女王と貴族達を前に、傲岸不遜を体現したような立ち振る舞いを崩そうとしない。

 以前知り合った二人もそうだったが、天上人は地上の民に対しては皆ずいぶんと偉そうだ。まるで同性以外は眼中に無いと言わんばかりである。


 スツーカも以前を思い出しているのか、シロウの言葉にこくこくと控え目に頷くと解説を続ける。


「そ、それで。ある時、天上人の方々が自分達の代わりとして生み出したのが聖核だそうです。あの玉には天上人の持つ子供を作る為の力が宿っていて、私達があの玉を手に祈れば、主が子供を授けてくれる、んだそうです」

「へー、そうなんだ。なんか凄いね」


 要するに、聖核とは一種のクライオバンクのようなものだろうか。

 話題が幾分気恥ずかしいものだったからか、それとも先ほどのやり取りと関連するものだからか。妙に緊張した様子のスツーカだったが、シロウが納得してみせるとほっと安心したように息を吐いた。


「聖核は各国の教会に配備されていますが、長く使われていると徐々に劣化していくのです。ですから、その前に取り換える必要があるのですわ。その為の新たな聖核を受け取る事こそが、この降迎の儀の目的なのです」


 話を聞いていたフィーナがもう片方の隣から割り込んでくる。

 どうやら、降迎の儀とは地上の人類が存続していく為の非常に重要な行事だったようだ。


「そうなんだ。……あれ? でもさ。聖核ってあれ一個だけなんだろ? どうやって大陸中の国に配るんだ?」

「聖核の中に込められたエネルギーを他の物に移し替えて各国に運ぶのだと聞きましたわ。その時々の大陸でもっとも大きな国が、地上を代表してその作業を行いますの。これも大国の威信を示す為の大切なお役目なんですのよ」

「へえ~。他の物って、例えば?」

「それぞれ国によって違いますわ。御神体の像を依代にする国もあれば、首都の記念碑などに宿す国もあるとか。やはり人気なのは大元の形に似せた球体だそうですわ」


 シロウからすると何とも不思議な生態だが、一方でこの世界では長く続いてきた文化らしい。

 長らくこの世界がどうやって存続しているのか疑問だったが、ようやくその答えを知る事が出来たようだ。


(あれ。でも、そうなると俺とフィーナの間で子供を作る場合って、一体どうするんだ?)


 先ほどから話を聞いていると、どうにもシロウが暮らしていた世界とは随分と生殖の方法が異なるらしい。

 果たして、シロウはこの世界で子を為す事が出来るのだろうか。


(……ま、今はまだ気にする必要もないか。……考えるの、なんだか怖いし)


 結論を先延ばしにすると、シロウは誤魔化すように息を吐いた。

 こうして。合間に大きな波乱があったものの、降迎の儀はどうにか無事に終了したのだった。

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