第42話 異世界人は驚愕する

「貴様ら、道を空けろ」


 背後からかけられた声に慌てて近衛たちが道を譲ると、その奥からルベライトが悠々と歩いてきた。

 その姿を確認したシロウは怯えるフィーナを背に隠して一歩前に出ると、真っ向から対峙した。


「な、なんだよ。何しに来た。アンタはもうフィーナには手を出さないって話だろ」

「ふん。心配せずとも、貴様の意に反してまでその者を処するつもりはない。

 それよりもあまり昂るな。手の傷が開くぞ」


 睨み付けるシロウを軽くあしらうと、ルベライトはシロウの肩越しにフィーナを"視"た。


「な、なんですの……?」

「……やはりな」


 彼は何事かを納得したように頷く。

 説明が無い以上、当然のように周囲は置いてけぼりだ。


「あ、あの……。我が娘が一体どうしたというのでしょうか……?」


 おずおずと、皆を代表して女王が遠慮がちに尋ねた。

 その表情は娘の無事が保証された安堵と、ルベライトの妙な行動に対する不安が混ざり合って複雑な色を浮かべている。


 女王の質問に、ルベライトはどう答えたものかと考え込む。

 やがて一つの解答を見出すと、彼は自らの考えを口の端に乗せた。


「先ほど、この娘が魔術を扱っているのを俺もこの目で視ていた。結論から言うと、この娘が扱っている魔力は一般的な魔導士の扱うものとは異なっている」

「……?」


 女王が理解に苦しむように眉間を寄せる。

 魔力とは全て同一ではないのだろうか。専門家ではない女王では知識が及ばない。


「それって、どういうこと?」


 理解が追いついていない女王に代わって、シロウが質問する。

 まだまだ知識の浅い彼としても、出来る限り噛み砕いて説明してほしい所だ。


 彼らの様子を見たルベライトは、やれやれと頭を振ると解説を始めた。


「我ら天上人の身に宿る魔力は、偉大なる主からの授かり物なのだ。我らは生まれながらにして自由自在に魔力を体内で生成し、操る事が出来るよう主によって創造された。一方で貴様ら地上の民が扱う魔力とは、この世界に満ちる『魔素』という物質を変換してエネルギーとしたもの。だからこそ、我々の魔力は地上人を遥かに上回る」


「つまり、その二つは本来全く別の物ということか」

「そうだ」


 シロウの結論にルベライトは首肯した。


「世界には、この二種類の魔力しか存在しないはずだった。

 ……シロウ。貴様が現れるまではな」

「お、俺?」


 突然名指しされたシロウが大袈裟に驚く。

 まさか、このタイミングで名前が呼ばれるとは思いもしなかったのだ。


「貴様の魔力は特別なものだ。主から授けられた我々の力とも、地上の民の扱う魔素由来のものとも違う。云わば、第三の力というわけだ。オニキスの奴などは、主が新たにこの世界へと齎した力だと思い込んでいたようだがな」

「第三の力……」


 シロウにはいまいちピンと来ないが、彼が適当な事を言っている様子はない。

 しかし、異世界から迷い込んだシロウには元々この世界の誰よりも強力な力が備わっていた。それがこの世界の人々にとって全く未知の力であっても、特に不思議はないように思える。


「そ、それで! その話と娘にどのような関係が……?」


 焦れたように女王が口を挟む。

 どうやらルベライトに対する畏怖よりも娘への心配が勝さったらしい。

 娘を案じる母の顔付きで話の続きを促す。


「そう急くな、女王よ。……その娘、フィーナと言ったか。理由は知らんが、シロウと同じ力をその身に宿している。と言っても欠片ほどだがな」

「え?」


 フィーナがシロウと自分の手のひらを見比べる。

 シロウにとってもその話は寝耳に水だ。

 別段、二人の間で特別な何かを行った覚えは無い。


「あ。もしかして……」


 黙って話を聞いていたスツーカが、ふと声を上げる。


「スツーカ、何か気付いた事でもあるのか?」

「シ、シロウさんとスツーカさんがお二人で行っていた放課後の特訓。ひょっとして、あれが原因なのでは……?」

「ああ、なるほど」


 言われてみれば確かに、あの訓練の結果としてフィーナは魔術を身に付ける事が出来たのだが。


「とは言っても、二人で教本通りに魔術の練習をしていただけだよ」

「で、ですわよね」

「……ほう。興味深いな。シロウ、貴様はこの娘の教導役だったのか?」


 二人の会話を耳聡く聞いていたルベライトが食いつく。


「そこまで大した事じゃないよ。せいぜい、俺なりに上達のコツを教えたりしてたくらいで……」


「それが原因かもしれんな。シロウ。再三言うが、貴様の魔力は特別なのだ。その力がこの世の法則にどこまで作用するかは誰にも分からん。もしかすると、貴様はその娘を応援するあまり、無意識に己の力をその娘に分け与えたのではないか? そうであれば、魔導の才を持たぬ娘が突如として魔術を扱えるようになったのも頷ける」


「な、なるほど……」


 ルベライトの考察に何となく納得したような気分で、シロウはうんうんと頷いた。


「その……フィーナは大丈夫なのでしょうか」

「さあな。だが、先ほどの様子からするに、既に第三の力はこの娘の中に深く根付いている。本来の力の持ち主であるシロウから離れなければ、問題はなかろうよ」

「まあ!」


 思わずといった様子でフィーナが喜色の混ざった声を上げる。

 しかし、ルベライトはそこで止まらなかった。


「そうだな……。いっそ貴様らで子供を作るが良い」

「は、はあっ!?」


 突然の爆弾発言にシロウが驚愕する。

 思春期の少年にとっては、到底聞き流せない台詞だ。


「そう驚くな。もしもその力が子に遺伝する類のものならば、やがては第三の力を持つ人類が地上に溢れるかもしれん。そうなれば、非力な地上の民といえども十分に主の御力となれよう?」

「う、うーん……」


 そうは言っても、はいそうですかとは答え難い。

 もごもごと言葉にならない台詞を口の中で噛み砕きながら、シロウは言語化できない感情に身悶えた。


「子供、ですの」

「フィ、フィーナ。心配しなくても大丈夫だからな。俺は別にその、変な事をするつもりは……」

「シロウ様、そんなに慌てて一体どうなさいましたの?」


 シロウの大層な慌てっぷりを見たフィーナが不思議そうに小首を傾げる。


「え!? い、いや、それはだって……その……」

「ふふ、シロウ様ったら。急に慌てるなんて可笑しいですわ」


 口に手を当ててくすくすと上品に笑うと、フィーナは楽しそうに向き直った。


「分かりましたわ。わたくしとシロウ様の子供、是非作りましょう! 今から!」


「は…………? はぁぁああ~~!?」


 幼げな容姿をした美少女の衝撃的な発言に思わず卒倒しかけたシロウの驚愕の叫び声が、広大な王宮の端から端まで響き渡るのであった。

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