第38話 子ねずみと伝説の誕生
フィーナの護衛が手配した送迎の車に運ばれて、シロウは再度王宮を訪れた。
到着して最初に車から降りると、向こうから見覚えのある女性が歩いてくる。
「やあシロウ君、こんにちは」
「ああ、マノンさんのお母さん。どうもっす」
ひらひらと手を振りながら目の前にやってきたマノンの母に対して、ぺこりと頭を下げる。
「ほーう、今日は学園の制服か。ふむ……前回のような礼服も良いが、これはこれで大変目の保養になるなあ……じゅるり」
「あ、あの?」
彼女は顎に手を当てて、イヤらしい目付きでシロウの身体をまじまじと眺めては鼻の下を伸ばした。それはまさにセクハラ中年といった顔つきで、せっかくの美人が台無しである。
何とも言えない表情を浮かべるシロウに気付いたのか、彼女は慌てて一歩下がると誤魔化すように笑い飛ばした。
「わっはっは。いやー、これは失敬。こうして先日に引き続きシロウ君に会えた喜びに、年甲斐も無く興奮してしまったよ。失礼を謝罪しよう」
「い、いえ。まあ別に構いませんけど……」
「おお、そうかい? なら、せっかくだしもう少しじっくりと見ておけば良かったかな。ははは」
そう言うと、マノンの母はまるで悪びれずに笑う。
これは今後も変わらなさそうだな、とシロウは内心で溜息を吐いた。
いくら同級生の母親とはいえ、美人の女性にじろじろと見つめられるのは思春期真っ只中のシロウとしては何処となくむず痒いので、出来る事なら勘弁してほしいのだが。
二人が話している内に少し遅れて車から出てきたフィーナとスツーカが、マノンの母を目に留めた。
「あら、あなたは……」
「おや、フィーナ嬢。それにスツーカ嬢も。なるほど、あの日と同じ顔触れというわけかな」
シロウを追って車を降りてきた二人が隣に並ぶ。
三人の顔を見比べて、マノンの母は納得したように頷く。
「仲良き事は美しきかな、というわけだね。良ければ、たまにはうちの娘も輪に混ぜてあげておくれ」
「そういえば、今日はマノンさんは一緒じゃないんですね」
「あの子はうちでお留守番さ。もしも君が居ると知っていれば、きっと来たがったと思うけどね。……とはいえ、今日の式典に参加するのはあの子にはまだ早いだろうしなあ……」
彼女は言葉の終わり際に意味を含んだ呟きをこぼす。
その台詞にはシロウも心当たりがあった。
「それって、例の『降迎の儀』ってやつですか?」
「おや、やはり君もその関係で招待されたというわけか。……すると、君達も
参加を?」
マノンの母がシロウの隣に立つ二人に視線を向けると、得意げに胸を張ったフィーナがずいと前に出た。
「ええ、わたくしは第三王女ですもの。当然、参列いたしますわ!」
「わ、私はただの一般人ですから……やっぱり外で待ってますね」
「まあまあ。ご心配なさらずとも、スツーカさんもわたくしとシロウ様のお友達として特別席をご用意いたしますわ! どうか安心してくださいまし!」
「あ、あうぅ……」
いそいそとスツーカがシロウの背に隠れる。
勢いで二人に付いて来たのは良いものの、車に揺られている間に気遅れしてしまった彼女は王宮に着く頃にはすっかりと縮こまってしまっていた。
少女達の様子を確認したマノンの母は思案気に顎をさすりながら頷いた。
「なるほどねえ。ま、普段からシロウ君と接している君達なら恐らく大丈夫だろう」
「"大丈夫"ってどういう事ですか?」
訳知り顔で頷くマノンの母に、シロウが疑問をぶつける。
彼女はどう返したものか少し考えると、確認するように問い掛けた。
「その前に、君は『降迎の儀』がどういうものか知っているかい?」
「ええっと……。確か、地上の人達が天上人を出迎える為の特別な儀式なんですよね。 十数年に一度、大陸の中でも一握りの大国だけが任せられる名誉あるお役目、とかなんとか」
シロウが先ほど、車に揺られながらフィーナから教わった知識を大雑把になぞる。
マノンの母は頷くと、にこりと微笑んだ。
「うん、概ねその通りだよ。本来ならば各国の王家に連なる者とその臣下以外にはその存在すら知らされる事のない、世間一般には隠匿された式典なんだけどね。ま、さしあたり君達は特別扱いって事かな。前例の無い事だけど、男性が参加するというなら誰も文句は言うまいなぁ」
マノンの母の言葉にシロウは頭を掻いた。
「実のところ、誘われたから見物しに来ただけなんで。
なんで俺が呼ばれたのか、自分でもよく分かってないんですけどね」
国にとって重要な儀式と言われても、シロウとしてはピンと来ない。
一般人には非公開との事なので当たり前といえばそうなのだが。
「……きっと女王陛下は、同じ男性である君が同席してくれれば、少しは天上人に対しての牽制になると考えたんじゃないかな」
「え?」
牽制とはどういう意味だろうか。
咄嗟に聞き返すシロウに、彼女は軽く笑って誤魔化した。
「ははは、何でもないよ。じゃあ、私はこの辺で失礼させてもらおうかな。
今度は是非とも我が家に遊びに来ておくれ。親子揃って全力で歓迎させてもらうよ。
それでは」
軽く手を振ってマノンの母は去っていった。
去り際に冗談めかしてお誘いの言葉を混ぜるのは彼女の癖なのだろうか。
先ほどのイヤらしい視線を思い返すと何となく身の危険を感じるので、一人で遊びに行くのは申し訳ないが遠慮させてもらおうと思うシロウだった。
シロウ達が王宮の離れに建てられた巨大な教会の中に入ると、そこには既に国中から大勢の貴族達が集まっていた。
秘密の儀式というからには少人数を想像していたシロウが驚きに口を開く。
「うわ、すごい人の数……。これ全部王国の貴族なのか?」
「これでも王国貴族の全体からするとほんの一部ですわ。彼らは各々の家の当主やその後継者の方々です。たとえ貴族と言えども、天上人に拝謁する権利を持つのはほんの一握りなのです」
「へぇ~」
シロウが相槌を打つと、その声に気付いた一部の貴族達が入口に立つシロウ達に振り返る。
ざわりと教会の中が騒めいて、にわかに貴族たちの間に波紋が広がっていく。
注目が集まり反応に困ったシロウがとりあえず笑顔で手を振ってみせると、彼女たちの騒めきは一層大きくなった。中でもまだ年若い後継者たちの間には、額に手を当ててふらりと倒れ込む者まで居る。
「まあ、シロウ様。そのようにサービスなさっては、如何に立場ある貴族の方々と言えども到底耐え切れませんわ。どうか手加減なさって下さいまし」
「軽く手を振っただけなんだけどな……」
未だに異世界の価値観には慣れないなあとシロウが困惑していると、おずおずとスツーカが口を挟んだ。
「あ、あの。こんなお貴族様ばかりの場所に私、混ざれません」
「んもう、スツーカさんもいい加減諦めて下さいまし。さあお二人とも、あちらに特等席をご用意してありますわ!」
あちら、とフィーナが指したのは王族専用に用意された豪華な椅子の隣。
貴族達の注目を一身に浴びる場所だった。
「あ、あわわわわ……」
特等席の配置を見てスツーカが顔を蒼白にしてぷるぷると身を震わせる。その様子は可哀相だが、残念ながら参加を決めたのは当人だ。ここは一つ覚悟を決めてもらうしかない。
「そんなに緊張するなら、手を繋いでてあげようか?」
気を使ってシロウが提案すると、スツーカは恥じらうように顔を赤らめて俯いた。
「え、ええと。その……大勢の方に見られるのは恥ずかしいです……」
「そ、そっか。そうだよな、ごめん」
どうやら気配りが足りなかったようだ。
シロウが謝ると、彼女は慌てて手を振った。
「い、いえ。あの、気持ちはとっても嬉しいです。ありがとうございます」
「いや、俺も何だか子ども扱いしてたみたいで、悪い」
「いえ……その、いつもそうして気遣ってもらえるだけで、私は……」
「スツーカ……」
少年と少女が互いに見つめ合うと、徐々に周囲の喧噪が遠ざかっていく。
気が付いた頃にはもう、他人の声は耳に届かずに。二人が熱を感じるのは互いの視線だけだった。
やがて、どちらともなくそっと手が触れる。先ほどまでは恥ずかしかったはずの触れ合いも、今この時間だけは気にならずに。遠慮がちに、二人の指が絡まっていく。
そうして二人が甘酸っぱい空間を作り出していると、不意にその間をフィーナが割り込んだ。
「まあ、スツーカさんだけズルイですわ! シロウ様、わたくしには仰って下さらないの?」
「いや、第三王女が人前で甘えた姿見せちゃ駄目だろ」
「んもう、そういう事じゃありませんわ~~~~!!!!」
「あ、あう……」
どうやらフィーナの横槍で正気に戻ったらしく。
恥ずかしさの余り、身体中を真っ赤に茹だらせたスツーカが顔を隠すように俯いた。
ちなみにこの後。
数多の貴族が集まる場でありながら、その注目を意に介さず堂々と男性といちゃついてみせた勇者として、彼女は生ける伝説とばかりに社交界の語り草となるのだが。
その事を彼女はまだ知る由も無く。
今はただ、恥ずかしさに身を捩るばかりであった。
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