第37話 うり坊王女のお誘い

 ある休日の事。

 他の家族は出払っていた為、二人で朝食を済ませたシロウとスツーカが出迎えたのはフィーナだった。


「――という訳で、今日はお二人にも是非参加していただきたいと思いまして」

「『降迎の儀』か……それって何の行事? スツーカ、知ってる?」

「い、いえ……私も、聞いた事ありません」


 聞いた事もないイベントの名前に、シロウが怪訝そうに首を捻る。

 なんせ異世界なのだ。未だ知らない文化だらけのシロウにとって、聞き覚えのない言葉など星の数ほど存在する。普段なら、この世界の一般常識に類する事はスツーカに教えてもらうのだが。

 しかし、今回に限ってはスツーカも頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。


 異世界人であるシロウにとって、地上に住む者の中で唯一彼の事情を知るスツーカは言わば生命線だ。

 これまでも異世界の常識に戸惑う度に、彼女に訊ねる事でどうにか乗り切ってきた。

 しかし、どうにも残念な事ながら今回は通用しないようである。


 二人の視線がフィーナに集中すると、彼女はふっふっふと勿体をつけて不敵に笑い、両手をぱちんと打ち鳴らして上半身を乗り出した。


「お教えいたしますわ! 『降迎の儀』とは、一般に知られていない国家レベルの機密なのです。本日はお二人を信頼して、詳細をお伝えする許可をお母様からいただきましたの。ですので、どうかお二人以外の方にはご内密に……」


 フィーナは常ならぬ緊張感を醸し出しながら二人に念を押すが、シロウからするとその様子はとんでもなく怪しい。

 まさか、壺とか買わされる展開になったらどうしよう。本日は貴方だけに期間限定のお得な商品をご案内、とでも言わんばかりの口振りだったが。

 などとシロウがふざけた事を考えていると、おずおずとスツーカが口を開いた。


「あ、あの……。シ、シロウさんはともかく、どうして私にまで……?」


 珍しくスツーカが会話に割って入る。


 実は、彼女もフィーナの本当の正体を知っている。

 というのも「お友達に隠し事は出来ませんわ」などと言って当の本人が打ち明けたのである。哀れにも、その場でスツーカは目を回して卒倒してしまった。

 気の小さい彼女にとって、身近に接していた少女が実は自分が住まう国の第三王女だというのはよほどの衝撃だったらしい。


 そういう事情から当然、彼女はフィーナの言葉にある『母親』が誰を指すのかも理解している。

 その母親の了解をわざわざ取ってまで、スツーカにも国の大事を伝える理由があるのだろうか?


 訊ねると、フィーナは当然のことと言わんばかりに答えた。


「ええ、この前はスツーカさんの了解を取らずにシロウ様をお借りしましたので。

 今後の事を考えると、もういっそスツーカさんも一緒に行動していただいた方が面倒が少ないかと思いましたの!」

「そ、そんな。私の了解だなんて……」


 フィーナはドヤ顔で胸を張る。

 一方のスツーカは困惑気味だ。


 この前とは、シロウが王宮に連れて行かれた時の事だろう。

 確かに。あの時はシロウが何処に連れていかれるのかも知らされずに、家で帰りを待っていたスツーカ達はずいぶんと気を揉む羽目になったのだ。


「あの時は申し訳ありませんでしたわ。いよいよお母様の前にシロウ様をお連れできると思うと、気が逸ってしまいまして……」


 ドヤ顔から一転して、フィーナはしゅんと申し訳なさそうに頭を下げた。

 本来ならば雲の上の人物である第三王女に頭を下げられた一般人のスツーカは、目を白黒させてあわあわと止めに入る。


「わ、わ。私はいいですから。顔を上げてください。お願いですから」

「……許してくださいますの?」

「ゆ、許します」

「まあ! やっぱりスツーカさんは心の優しい方ですの! わたくし、一人のお友達としてとっても誇らしいですわ!」


 フィーナはスツーカが思わず前に出した両手をがばりと掴むと、元気一杯にぶんぶんと上下に振った。


「あわ、あわわ」

「これからも、わたくしとずうっとお友達でいてくださいまし~~!!」

「は、は、はい~……」


 フィーナに引っ張られて勢いのままに揺さぶられたスツーカが、ぐるぐると目を回している。少女達の寸劇を眺めながら、シロウは腕を組んだ。

 結局、『降迎の儀』なる怪しげな儀式の詳細は何も聞けていなかったが。


(ま、何にせよ行ってみれば分かるか)


 ともあれ、シロウは元々楽天的な性格である。

 彼はあっさりと本日の予定を決めると椅子から立ち上がった。


「とりあえず俺も行ってみる事にするよ。この前と違って学園の制服でいいんだよね?」

「ええ、その通りですわ! 一般には知らされていない機密とはいえ、正式な国家の式典ですので。学生が参列する場合は学生服が正装となりますわ」

「なるほど。……最近、訳も分からずあちこち連れて行かれる事が多いし。たまには自主的に参加してみるのもいいよな」


 何やら納得した様子で一人うんうんと頷くシロウ。

 無事に誘えた事に喜ぶフィーナは、ぱちんと両手を鳴らすと後を追って席を立つ。


「でしたら、さっそく参りましょう! 表に迎えの車を手配してありますわ!」

「分かった。じゃあ、さっそく着替えてくるよ。それより、スツーカはどうする? 他人とたくさん顔を合わせる事になるだろうし、無理そうなら……」

「わ、私も……一緒に行きます」


 スツーカの言葉にシロウは僅かに驚きを覚える。

 他人の存在が苦手な彼女が、人の多そうな場所に自分から赴くのは珍しい。

 意外な返答に目を丸くしてシロウが少女の顔を見返すと、彼女は顔を赤くして俯いてしまった。


「やりましたわ~! スツーカさんも一緒でわたくし嬉しいですわ~!」

「きゃっ。フィ、フィーナさん……も、もう」


 喜色満面の様子で少女に抱き着くフィーナ。

 一方のスツーカにしても珍しく、口許が楽しそうに緩んでいる。


(俺の知らない間に随分と仲良くなったんだなあ、二人とも)


 転校してくるやいなや、あっという間に周囲に馴染んだフィーナはともかくとして。

 スツーカが身内以外の人間と仲良さそうにしている姿などこれまでに見た試しが無かった。

 異世界に来てから特に身近な間柄の二人がこうしていつの間にか仲良くなった事をしみじみと嬉しく思いながら、シロウは出かける準備のために自室へと戻るのだった。




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 シロウが去った後、残されたフィーナは先ほど気になった事を呟いた。


「……わたくし、本当は、スツーカさんには誘っても断られるかもしれないと思っておりましたの。以前、人前に出るのは苦手と仰っておられたので」


 今日も、本当はシロウだけを誘おうかと思っていた。

 しかし考えてみれば前回もフィーナの都合でシロウを独り占めにしたのだ。

 彼女とは同じシロウを慕う者として、公平でないのはのではないか。

 何となくそう思って、フィーナは彼女も誘う事にしたのだった。


 やがて、スツーカは肯定するようにこくりと頷いた。


「わ、私。人がたくさんいる場所は落ち着かなくて……」

「そうですわよね。なら、今日はどうして?」


 フィーナが聞き返すと、スツーカはちらりとシロウの部屋の方角に目を向ける。

 そして少年が部屋に入った事を確認すると、少女はぼそぼそと呟いた。


「い、以前の仕返し、です。……フィーナさんに」

「へ?」


 フィーナが目を丸くする。

 到底思いもしなかった言葉が返って来た為だ。


「し、仕返しですの? わたくし、何か恨まれるような事をしてしまったかしら!?」

「あの、この間の……休日。あの時は二人きりを邪魔された、ので」


 そう言うと、スツーカは恥ずかしそうにフィーナから目を逸らす。


「この前の? ……ああ!」


 フィーナがぽんと手を叩く。デパートに買い物がてら三人でデートに行った時の事だろう。あの時、何かと理由を付けて割り込んだ自覚は確かにフィーナにもある。

 何しろあの時の彼女自身が言ったのだ。二人きりを邪魔してごめんなさいと。

 今日は、どうやらその事に対する彼女なりの意趣返しという訳らしい。


「まあ、スツーカさんは案外いじわるですわ~~!!」


 ショックを受けた振りをしながらふにゃりと抱き着くフィーナを受け止めて、スツーカは小さく笑った。


「ふ、ふふ。ごめんなさい、冗談です。……半分は」

「は、半分ですの?」

「…………」

「無言は怖いから止めてくださいまし!」

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