第34話 異世界人は招かれる
玉座の間。
部屋の両脇に整然と並ぶ王国貴族達の視線を一身に集めながら、シロウは極度の緊張にごくりと息を呑んで立ち尽くした。
隣から一歩前に進み出たフィーナが玉座に座る女性に対して跪き、頭を垂れる。
「女王陛下。クサカ・シロウ様をお連れいたしました」
女性は威厳のある仕草でこくりと頷く。
如何にこの国の在り様に無知なシロウであっても、目の前の女性がこの国の頂点に位置する人物であることが容易に窺い知れた。
(な、なんで俺が女王様に謁見する事になったんだ!?)
混乱が脳裏を埋め尽くす。
ある日家まで迎えにやって来た物凄く高級そうな車に乗せられて、気付けばあれよあれよという間に此処まで連れて来られていた。まったく現状に理解が追いつかない。
しかし、少なくとも一国の女王の前でこうしてただ呆然と佇んでいるのは、物凄く失礼なのではないだろうか。
シロウは慌ててフィーナを真似て跪こうとするが。
「畏まらずとも良い」
足を曲げようとした矢先。
他ならぬ女王に静止されて、シロウは困惑しながらもひとまず体勢を起こした。
続いて女王はゆるりと立ち上がると、シロウの前まで悠然と歩いて来る。
一体何事なのか。訳も分からずに見つめるシロウの眼前で、女王は絨毯の上に片膝を付く。
そうして少年の右手を取ると、その手の甲にそっと口づけを落とした。
「わっ!?」
「クサカ・シロウ様。尊き御身を、我が神聖エルジナ王国が迎える栄誉に預かりし事。これぞ天の大いなる慈悲であり、我ら一同感謝に尽きません。どうか今後も我が国をお見捨てなきよう、伏してお願い申し上げます」
女王が跪いたまま頭を深々と下げると、その様子を見守っていた貴族達も一斉に片膝を付いた。
しんとした静寂が玉座の間に広がる。皆がシロウに向けて頭を垂れており、誰一人として声を上げようとはしない。
混乱の余りきょろきょろと落ち着かなさそうに辺りを見回すシロウだけが、哀れにも一人だけ浮いてしまっている。
(シロウ様、シロウ様。この場は次のように仰って下さいまし)
(え。あ、ああ。分かった)
場の空気を壊さないように静かに近寄ったフィーナが耳元でぼそぼそと呟く。
動揺するシロウは、言われるがままに少女の言葉を繰り返した。
「こ、此度の歓迎、大義である。あー、えっと。我が主も、汝らの誠心をいと高き座より御覧になっておられる。これからも忠を尽くす限り、偉大なる主の慈愛は大地に降り注ぐであろう」
意味もよく分からずに何とか最後まで言い切ると、女王は膝を付いたまま胸に手を当てて深々と礼をした。
「慈悲深き御言葉、感謝いたします」
言い終えて女王が立ち上がると、続けて立ち上がった周囲の貴族達からぱちぱちと拍手の音が響く。
手を打ち鳴らす彼女達は先ほどの厳かな表情から一転して、シロウの顔をまじまじと眺めては嬉しそうな笑顔を浮かべている。特に若い貴族たちなどは、まるで待ち焦がれていたアイドルを出迎えたファンのような表情。よく見れば、その中には先日のパーティで見知った顔も幾人か混ざっている。
急速に緩まっていく場の雰囲気についていけずにシロウが困惑していると、女王がぽんぽんとシロウの肩を叩いた。
「いや、本当によく来てくれた。皆も待望の男性を目にして大いに喜んでいるぞ。今日は我がエルジナ王国の王として、そしてフィーナの母として。君を歓迎させてもらおう」
「は、はあ……。ありがとうございます」
「ふふ、本当に女が不躾に触れても怒らないのだな。報告に聞いていた通りの男性で嬉しいぞ」
訳も分からず硬直するシロウの顔を愉快そうに眺めると、女王は玉座へと戻るとゆったりと座り直した。
「王宮に一室を用意したので、本日は是非ともそちらで休んでもらいたい。後ほど、改めて挨拶に伺わせていただこう」
「は、はい」
「それではフィーナ。部屋まで彼を案内してさしあげろ」
「かしこまりました。さあ、シロウ様。参りましょう」
手を引くフィーナにエスコートされて、シロウは玉座の間を後にした。
名残惜しそうな貴族達の追いすがる視線が後ろ髪に絡まる。立場ある彼女達と言えども、やはり男性に対する興味は尽きないらしい。
玉座の間に繋がる扉を閉めた近衛に軽く会釈してある程度離れると、周囲に人目が無い事を確認してようやくシロウははぁ……と溜め込んだ息を吐き出した。
「つ、疲れた……。なんだったんだ、一体」
「お疲れ様ですわ、シロウ様」
手を繋いだまま振り返ったフィーナが、精魂尽き果てた様子のシロウを労わる。
少年と反するように少女はうきうきと楽しそうだ。今も跳ねるような足取りで歩を進めている。
「そういうフィーナは何だか嬉しそうだね」
「ふふ。だって、ようやく目的が一つ果たせたのですもの。今日は記念すべき素晴らしい日ですわ」
シロウの顔を見つめて大袈裟なほどに喜びを表現するフィーナ。
彼女が浮かれるあまり両腕をぶんぶんと振ると、引っ張られてシロウの腕も上下に激しく振り回される。その姿はまさに感無量といった様子だ。
一方、シロウは彼女に聞きたい事が沢山ある。
訳も分からず王宮まで連れて来られたかと思いきや、突然女王に謁見させられる始末。いい加減シロウの混乱は極致に達していた。
「あのさ、さっきのはどういう事? なんで俺、ここに連れて来られたんだ? それに、女王様の話から察するにフィーナの正体って……」
「お待ち下さいまし」
矢継ぎ早に飛び出す質問に首を振ると、フィーナは改めてシロウの手を引く。
「詳しいお話は、お部屋でゆっくりと致しましょう?」
「あ、ああ。分かった」
そうして、二人は連れ立って部屋に向かった。
案内された部屋は、シロウが見た事もないほどに豪華な客室だった。
天井から吊るされた煌びやかなシャンデリアの灯りが部屋中をほのかに照らしている。
「はぇ~、すっごい部屋。 こんな良い部屋を用意してくれるなんて、流石は女王様だなぁ」
「うふふ。ここは王宮でも特別な賓客をお迎えする為の部屋なのですわ」
「へえ」
庶民丸出しで物珍しそうに部屋を見回すシロウを微笑ましそうに眺めながら、フィーナは据え付けられたソファに腰を下ろした。
「さて。ここなら落ち着いてお話が出来ますわね」
「あ、そうだ。フィーナには色々聞きたい事があったんだった。つい部屋の豪華さに夢中になってた」
「まあ。シロウ様ったら子供みたいで可愛らしいですわ」
くすくすと笑うフィーナ。その振る舞いからは普段の彼女が学園で見せる明るく無邪気な姿とは異なり、何処となく気品が感じられる。
「何だか、今日のフィーナはいつもと違うな。さっきは楽しそうだったけど、何だか今は少し落ち着いて見えるよ」
「あら、そうですか? わたくしとしては、普段と変わらないつもりですけれど」
「んー。やっぱり何処か違う気がするな。いつもはもっと……」
「もっと?」
「あ、いや。なんでもない」
危うく失礼な事を言いそうになって、シロウは思わず口を噤む。
その様子を見たフィーナが可笑しそうに笑う。
「まあ、変なシロウ様。……でも、確かに王宮では少し気を張ってしまうのかもしれませんわ。お母様の娘として、臣下に見せるべき姿というものがありますから」
「そうだよ、それそれ。転入してきた時の自己紹介で"良い家の生まれ"みたいな事言ってたけどさ。もしかして、フィーナって……」
最も気になっていた事をシロウが訊ねると、フィーナは背筋を伸ばして向き直る。
「はい。わたくしの本当の名はエルフィーナと申します。このエルジナ王国の第三王女ですわ」
「はえー……」
口をぽかんと開けてシロウが驚く。
先ほどから薄々察していた事とはいえ、改めて自己紹介されると驚愕を禁じ得ない。
「……あ、あの。どうかなさいましたか?」
「い、いや」
言葉を途切れさせるシロウに、フィーナが表情を暗くする。
「……その、申し訳ございませんでした。偽りの名で正体を隠していたのは決して悪気があった訳ではなく、立場上仕方がなかったのですわ。どうか許して下さいまし」
「え? あ、ああ。別にそんな事は気にしてないよ。俺は何にも怒ってないから安心してくれ」
「まあ……!」
その言葉にぱっと表情を輝かせるフィーナ。しかし、次の瞬間には不思議そうに小首を傾げた。
「でもそれなら、何をそんなに言いづらそうにしていますの?」
「あー……。いや、別に大した事じゃないんだけどさ。何となく、フィーナが王女様って分かってから今までの事を振り返ると、こう……」
シロウはこれまでの記憶を反芻する。
隙さえあればくっ付いてくるフィーナ。褒めて撫でてとまるで尻尾をぶんぶん振り回す小型犬のようなフィーナ。
何かあると抱き着いてきては、くんくんとシロウの匂いを嗅ごうとして周囲に引き剥がされる、変質者一歩手前の醜態を晒すフィーナ。
これまでの日常を思い返して、シロウは素直な感想を呟いた。
「……ちょっと、この国の将来が心配になってさ」
「んまっ!! シロウ様ったらひどいですわぁ~~!!!」
フィーナは勢いよく立ち上がるとシロウの胸をポカポカと叩いて抗議する。
「あはは、ごめんって」
「もう! シロウ様ったら、もう!」
そうして彼らは笑い合う。
気が付けば、少年と少女は自然と普段通りの二人に戻っていた。
☆★☆★☆
気が付けば、初投稿から一ヵ月が経っていました。
この一月の間、毎日更新を継続できたのは応援してくださる読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
これからもモチベの続く限り更新速度を保っていきたいと思いますので、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします!
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