第33話 うり坊王女は見抜かれる

「やあ、さきほどは失礼したね。この私とした事が、男性を前にして少しばかり我を忘れてしまったようだ。どうか許しておくれ。わっはっはっは」


自分の頭をぴしゃりと叩いて、マノンの母親が豪快に笑う。

壇上に立って挨拶をしていた時は近寄りがたい上流階級の雰囲気を纏わせていたが、こうして眼前にしてみると随分と親しみやすいキレイなお姉さんといった感じだ。


「まったく。お母様は朝から浮つき過ぎです。娘の前ではしたない姿を晒すのは止めて下さい」

「お。そんな事言っちゃってさぁ。人前でママの首をシメるのは、はしたなくないのかなぁ~? ん~?」

「う……。ま、まあいいです。それよりも、本日はお楽しみいただけましたか?」


余計なツッコミを無視してマノンはシロウ達の方に振り返ると訊ねた。


「ああ。こういう場に参加するのは初めてだったから良い経験になったよ。顔見知りも結構増えたし」

「皆様、シロウ様に興味津々でしたわね」

「そ、そうでしたね……本当に」


シロウ達は先ほどまでの事を思い返す。

当初こそ皆興味こそあれど決して男性に失礼があってはならないと、遠巻きにして近寄って来ようとはしなかった。

しかし、時間が経つにつれてシロウの親しみやすそうな態度を見た招待客が一人、また一人と挨拶に話しかけるにつれて、やがて他の人々も次から次へと押し寄せる事態となったのだ。

スツーカなどは、密集する人の群れから隠れる為にシロウの背の陰に潜んでしまったほどである。


「いくら公的な集まりでは無いとはいえ、我が王国の立場ある方々が一列になって順番待ちをしているところなんて、私も初めて見ました」

「うむ。私もだ。やはり男性という存在の与える影響は凄まじいものがあるな。この際なら整理券でも用意しておけば良かったか」


苦笑いを浮かべてマノンたち親子は頷くと、疲れたように息を吐いた。

彼女たちは彼女たちで、会場に混乱が起きないように色々と動いていたらしい。


「まるで大人気アイドルの握手会みたいでしたわね!」

「この世界にも、そういうのあるんだ……」

「へ?」

「ああ、いや。何でもないよ」


ぽりぽりと頭をかいて誤魔化す。

フィーナは不思議そうな表情を浮かべたが、結局気にしない事にしたようで両手をぱんと合わせて続けた。


「それにしても皆様、大変心満たされた様子でしたわね!シロウ様とお話した方は、どなたも幸せそうにしておられましたもの。 流石はシロウ様ですわぁ~!」

「うんうん。今までも当家で幾度か開いてきた社交会だが、これほどまでに皆が満足しきった顔で帰っていったのは初めての事だよ。まさかこれほど女性に優しく接してくれる男性がいるとはね。主催者として、シロウ君にはとても感謝しているよ」

「い、いや別に。俺は大した事してないですから」


いつものようにシロウを持ち上げるフィーナに便乗して、マノンの母が喜びを示す。

一方のシロウとしては次から次にやって来る美しく着飾った女性達とのお喋りを楽しんでいたに過ぎないので、過剰な誉め言葉はむず痒いだけなのだが。

しかしそれが彼女達にとっては謙遜と映るのだろう。ますます止まる事無く、ちやほやと褒めそやしてくる。


結局、彼女達の熱が収まる頃にはシロウは顔を赤く染める羽目になった。



「それじゃ、俺達もそろそろ帰りますね」

「おお、もうそのような時間か。全く、シロウ君と話していると時間が進むのが早いものだね。もし君さえ良ければ、今日は泊まっていかないかい? 是非とも今夜は我が家の特別なもてなしを堪能してもらいたいのだけれど」

「そ、そうです。是非今夜は泊まっていって。良かったらスツーカさんとフィーナさんも」

「まあ、お泊り会ですの? それは楽しそうですけども……」


ちらり。

お伺いの視線を向けられたシロウは申し訳なさそうに応えた。


「えっと。お言葉はありがたいんですけど。うちで家族が帰りを待ってるんで……」

「あ。そ、そうよね……」

「そうかい? うーむ、残念だ」


しょんぼりと残念そうに肩を落とす親子に罪悪感を刺激されるが、家で待っているエリスとキサラに伝えもせずに勝手に外泊する訳にもいかない。


やがて、シロウ達は迎えに現れたフィーナの家の車に乗り込む。

シロウとスツーカが先に乗り込み、フィーナも後に続こうとした所で背後から呼び止める声。


「君、ちょっと良いかな」

「はい、マノンさんのお母様。わたくしに何かご用ですの?」


フィーナが振り返ると、マノンの母は少し考え込むような顔つきでフィーナの顔を覗き込む。

不審な母親の行動に、マノンが首を傾げる。


「お母様?」

「な、なんですの? わたくしの顔に、何か付いておりますか? …………はっ、まさか先ほどのお料理の食べかすが!? た、確かに美味しくてついつい手が伸びてしまいましたの……。まさかわたくし、シロウ様に恥ずかしい姿をお見せしてしまったのでは!?」


何やら思い当たる事があったのか、だらだらと冷や汗を流すフィーナ。

しかしマノンの母は動じる事なくその顔を一心に見つめると、やがて納得したのか何度か小さく頷いた。


「……なるほど。やはりそうか」

「え、ええと?」

「ところで。貴女は、当家に古くから伝わる魔導具の存在を御存知ですかな。実は、このネックレスがそれなのです」


唐突に話題を切り替えたマノンの母は、己の首にかけられたアクセサリーを指で示して見せた。


「これは魔導具の中でも特殊な一品でしてな。身に着けた者に対して他の魔導具の効果を寄せ付けないという守護の力が込められております」

「……! そ、そうなのですね」

「はい。これは代々我が家の当主に受け継がれてきた品なのです。効果は秘匿しておりますれば、王家に連なるような方であろうと、御存知なくとも不思議はないかと」


フィーナの背に先ほどとは異なる冷や汗が流れる。


「……それで。何を仰りたいのですか?」

「私が知りたいのはただ一点。……いったい、あなた方はあの少年をどうなさるおつもりか? 以前に彼をあの学園に招き入れただけに飽き足らず、今ではあなたが側に侍っている。一体、彼を使って何を為そうとしておられる?」


懐疑的な視線が鋭く突き刺さる。

一挙一動を見逃さないと言わんばかりの強い眼光に、フィーナが内心で竦み上がる。

しかし、少女は決して怯懦を表に出さないように意識して振る舞った。


「わたくし達は、決してあの方に害を為すつもりはありませんわ。ただ、皆の幸せの為にわたくし達は、わたくしは――」


そこで口ごもり、フィーナは自分の胸元をぎゅっと掴む。

彼女に鋭い視線を向けていたマノンの母はその様子を少しの間見つめると、やがて張り詰めた雰囲気をふっと緩めた。


「……よろしい。どうやらあの少年に何かしようという訳ではないらしい。あなたを信じましょう」

「あ、ありがとうございます」


これ以上追及は無さそうで、フィーナはほっと息を吐く。

隣でずっと不思議そうな表情を浮かべていたマノンが母に訊ねる。


「お母様、先ほどから一体なんのお話ですか?」

「おお、娘よ。なに、ママはちょっと要らない気を回しちゃっただけさ。娘が夢中のお相手に、余計なちょっかいを出そうとしている者が居ないかとね」


ニヤニヤと娘を揶揄う母の言葉に、マノンが顔を紅潮させる。


「お、お母様! 余計な事はしなくて結構ですから! 大体、フィーナさんがシロウ様に何かするなんて有り得ません。それくらい、彼女を見ていれば分かります」

「ああ、そうだとも。いやー、若いって良いねえ。ママも、後10年若かったら絶対に黙ってないんだけどなぁ。マノン、こうなったら是非ともシロウ君と仲良くなってどんどんうちに連れてきてくれると、ママはとっても嬉しいんだけどなぁ~?」

「あ、あう……。ど、努力致しますわ」


赤くなって俯く娘を差し置いて、母親はフィーナの方に振り返った。


「フィーナ君もごめんね。妙な事言っちゃって。さ、彼らが待っているよ。気を付けてお帰り」

「は、はい。それでは、失礼いたします」


ぎこちなく、ぺこりとお辞儀してからフィーナは車に乗り込んだ。

その後、間もなく車は微かに音を立てて発進した。



「何だか話し込んでたけど、何かあった?」

「いえ、何でもありませんわ」


車の中で待っていたシロウの疑問を何でもない風に応えると、フィーナはごくりと息を呑む。

これまでは少年と過ごす心安らかな時間に甘えていたが、少女には使命があった。

学園で過ごす楽しさのあまり、今まで後回しにしていた事。


「シロウ様、大事なお話がありますの」

「え?」

「今度、わたくしの――」


一旦言葉を切って、シロウの顔色を窺う。

普段とは様子が違うフィーナを心配しているのか、シロウは気遣わしげな表情を浮かべている。

その姿に背を押されて、フィーナは思い切って続きの言葉を発した。


「――わたくしのお母様に、お会いいただきたいのですわ!」

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